18.

 先頭に立つ獅子王は、以前の来訪と同じ革の旅装に加え、黒い布で顔の下半分を隠していた。王は広場の中ほどまで馬をゆっくりと進める。従う騎馬隊は、広場の入り口で静かに待機していたが、全員が鎖帷子の防護コートに身を包んでいた。


 「き、貴様!これは、どういうつもりだ!」


 ワナワナと体を震わせて、リチャードが叫ぶ。


 「久方ぶりですな、国王殿。こちらで不用品が出たと聞き、貰い受けに参った。」


 獅子王は、チラッと馬上からシャラを見たが、視線はすぐにリチャードに戻った。


 「ふざけるな!イムズ砦を攻撃しているそうではないか!」


 「ああ。ここへ来る途中、目障りな物があったので、片付けることにしました。」


 「構わん!たったこれだけの数だ!全員、この場で討ち取れ!」


 兵に命ずるリチャードを獅子王は鼻で笑った。


 「不用品を取りに来ただけ、と言っておるのに。全く気短なことだ。何もタダで貰おうと言っているのではない。」


 獅子王の合図と共に、騎馬隊の後方から荷車が進み出る。その上には木箱が山と積まれていた。荷車を進めた3人のログレス兵は、リチャードの手前までやって来ると、箱の1つを開ける。中から金貨が覗いた。


 「貴国が要らんというものを高値で買い取るというのだ。悪い話ではなかろう?」


 それに、と獅子王はたたみかけた。


 「剣を交えたいなら、それも良かろう。アルテア城ごとき、この百騎隊で充分落とせるからな。だが、我らの帰りが遅いと、邪魔な砦に待たせておいた兵士らが迎えに来るかもしれん。ああ、ついでに。北のセドニア国境にも、2千の兵を待たせてある。今頃、セドニア兵と酒盛りでもしながら、親睦を深めておるだろうよ。セドニア国王殿は、話の判る良き御方だ。…で?どうなさる?アルテア国王殿?」


 獅子王が右手を挙げた途端、騎馬隊が一斉に剣を抜く。


 リチャードは顔面蒼白で、ヨロヨロと椅子にへたり込んだ。


 「取引は成立したようだな。ご不用の品、確かに貰い受ける。」


 馬上の獅子王が顎で合図すると、ジェイドとリュークは、シャラの両脇を抱え、火刑場から離れようとした。


 「嫌だ!僕は行かない!僕はー」


 必死に抗うシャラの背中を何かがドンッ!と押した。


 驚いて振り返ると、白鹿が再び鼻面でシャラの体を押した。


 「お前は…僕に『行け』と言うのか?」


 白鹿はシャラを見上げた。その瞳に、シャラは王妃の優しい微笑を見たような気がした。


 シャラの体から力が抜けた。


 2人の騎士に両腕を抱きかかえられ、騎馬隊の後ろに待機していた馬車に押し込まれる。横を通り過ぎる時に、チラッと馬上のフィリップを見たが、布で覆った横顔からは何の感情も伺い知れず、まるでシャラのことなど気にしていないようだった。


 乗り込む間際に振り返ったが、白鹿の姿は何処にも無かった。

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