17.

 「火を付けよ!」


 声と共に、足元の薪の山に火が付けられる。見守る群衆から悲鳴が上がった。


 が、それと同時に、離れた別の場所でも悲鳴が上がった。


 「暴れ馬だ!」


 いななきと共に、3頭の無人の裸馬が人垣に突っ込んで来た。群衆は悲鳴を上げて逃げ惑い、馬を止めようと慌てる兵士達とで、広場は大混乱となる。


 人垣を背にしていたシャラも、火の付いた枯れ枝から昇る煙に咳き込みつつ、驚いて首を振り向かせようとした途端、視界には別のものが飛び込んで来た。


 (あれは…。)


 広場の外れから疾風の如く駆け出でたのは、1頭の大きな白い牡鹿。シャラの立つ薪の塚に飛び入ると、足を蹴立て、角を振り立て、広がり始めた炎を蹴散らそうとしている。


 周りに居た刑吏や兵士達は、呆気に取られてその光景を見ていたが、6人の騎士達が群衆の中から飛び出して来ると、騒然となった。


 「ジェイド!」


 足元を舐めかける炎の熱に呻きながら、シャラが叫ぶ。


 「お待たせしました!今、お助けいたします!」


 騎士達はシャラを目指して走りつつ、それぞれが手に下げた木桶から、薪の塚に水を投げ入れ、燃え立ち始めた炎の勢いを弱めた。


 リュークは空の木桶を手近な兵士に投げ付けると、振り向きざまに剣を抜き、止めようと追ってきた背後の兵士を一閃で斬り倒す。


 昇る炎をものともせず、真っ先にシャラの許に辿り着いたジェイドは、手足を縛った鎖を急いで解き、煙にむせ込み崩れるシャラを薪の塚から引き摺り降ろした。


 シャラと、それを支えるジェイド、そして2人の傍に寄り添った白鹿とを円陣で囲み、5人の騎士は兵士達と対峙する。


 「反逆者どもを討ち果たせ!」


 王の叫び声を合図に、兵士達が一斉に襲いかかる。


 騎士達は、圧倒的な強さで兵士達を倒していった。だが刻一刻と、広場のあちこちから駆け付ける兵士の数は増え、ジェイドもシャラを庇いつつ、繰り出される兵士達の槍を巨体に似合わぬ敏捷さで、右へ左へとなぎ払わねばならなかった。


 群衆の中で声が上がった。


 「森の神はシャラ様のお味方だ!シャラ様をお助けしろ!」


 人々は手近にあった石を拾い、兵士達に投げ付け始める。


 悲鳴と怒号。剣を打ち付け合う音と、物の壊れる音。


 シャラの叫びと、椅子から立ち上がったリチャードの叫びが交差する。


 「止めよ!同じ国の者同士で争ってはならぬ!」


 「殺せ!逆らう者は全員殺せ!」


 その混沌を止めたのは、シャラでも王でもなく、1頭の早馬の使者だった。


 膨らんだ群衆を蹴散らしながら、広場の中ほどに馬を急停止させた兵は、馬上からあらん限りの声を張り上げた。


 「国王陛下に申し上げます!ログレス軍が南の国境より侵入いたしました!!」


 ピタリ、と皆の動きが止まった。ログレス軍の名前に、民衆も兵士達も顔色を失う。むろん、リチャードも。


 「現在、ログレス軍がイムズ砦を攻撃中!その数、7千ー!」


 最後まで報告することなく、使者は馬上からドサリと地面に落ちた。その背中には、矢が刺さっている。


 「7千ではなく、8千だ。馬鹿者。情報は正確に、だな。」


 騒ぎに気を取られ、ログレスの騎馬隊が侵入していたことに、その場の誰もが気付いていなかった。

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