16.

 「縄など要らぬ。見苦しい真似はしない。」


 シャラは、一番気に入っている深草色の上着に袖を通し、薔薇を左胸に飾った。


 自ら馬に乗り、城下町の中央広場にやって来ると、既に多くの人々が集まっている。シャラの姿を見て、多くの者が涙ぐんだが、シャラは安心させようと馬上から人々に笑んでみせた。


 広場の真ん中に火刑の準備は出来ていた。兵士達に制された数百人の人垣と、刑場を挟んで真向かいには、設えた高座に笑みを隠そうともしないリチャードが座り、不機嫌そうなミカエルがその脇に立っていた。


 シャラは馬を降り、王に一礼すると、自ら火刑の場へ足を踏み入れる。


 薪が組まれ、その上に枯れ枝を敷き詰めた不安定な塚をパキパキと音をたてながらしっかりと踏み締め、中央に立てられた木柱の元にまで登る。ようやく自分がこれから火炙りになることを実感し、僅かに身震いした。


 恥ずかしさに赤面しつつ、付き添っていた刑吏に声をかける。


 「すまないが、やっぱり縛って貰えるか?」


 太い柱を背負うように後ろ手に鎖で縛られ、足首も柱にきつく固定される。刑吏は黒い覆面の下で声を震わせた。


 「シャラ様、どうかお許し下さい…。」


 「許しなど乞うな。立派に国の命を果たせ。」


 微笑みながら、シャラの目が正面に居るリチャードを捉えた。視線が一瞬交わったが、リチャードの方が目を背けた。


 (やはり、兄上は僕が怖かったのだな。)


 シャラは昨夜、地下牢でリチャード宛の短い手紙を書いた。公然と侮辱した詫びと、兄の全てを許す言葉と。


 今まで憶えていないふり、許したふりをしていたが、シャラの心の中には、わだかまりがあったのだろう。リチャードにも。


 今は心から「許す」と言える。13年前、3歳のシャラの服を脱がせたことも。


 刑が済んだら兄に渡るよう、牢番に頼んで将軍に託しておいた。


 兄の気持ちが少しでも落ち着いて、アルテアのことを考えくれるようにと、今のシャラには祈るしかない。


 「そなたは王家の恥です!」 


 そう叫んで、王妃は兄を打った。王妃も苦渋の決断だったに違いない。アルテア王家の名誉を守る為に、禍根を残さぬ為に。シャラにその意味が判ったのは、ずっと後のことだったが。


 ずいぶんと寄り道をしたが、今ようやく、正しい場所に辿り着いたのだ。


 「火を付けよ!」


 声と共に、足元の薪の山に火が付けられる。見守る群衆から悲鳴が上がった。

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