15.
…これは夢だ、とシャラは思った。『あの日』の記憶だ。
3歳の僕が、広間で侍女に手を繋がれ、王座の脇に立っている。
広間の中央には王妃が居て、父王からの厳しい言葉に曝されていた。
当時は判らなかった王の言葉も、今なら判る。
シャラの暗殺を指示した罪を問われ、王の怒りを正面で受け止めながら、無言のまま凛として立つ王妃の姿がそこにある。
王城よりの追放。無期限の蟄居。
王の裁きに、王妃は優雅に一礼すると、扉へ向かって歩み去る。
「ははうえ!」
…そうだ。あの時、僕には何が起きたのか判らなかった。が、王妃様が遠くに行ってしまうような気がして、引き留めようとしたのだ。
「ははうえ!」
握られた侍女の手を振りほどこうとしたが、3歳の僕には出来なかった。
そして、王妃様は振り返ることなく、二度と会うことは無かったのだ。
「ははうえ!」
夢の中の小さな僕は、侍女の手を懸命に振りほどいて…出来た!
「ははうえ!」
今、王妃様は振り向くと、駆け寄る僕に微笑み、優しく抱き締めてくれた。王妃様は少し、やつれて見えた。
「母上…。」
いつの間に、僕は母より少し背が高くなったのだろう?
母の細い体を抱き締め、その髪に顔を寄せると、花の香りがした。
抱擁を解くと、母は困ったように微笑して、指で僕の涙を拭ってくれた。僕は、自分が泣いていたことに気付かなかった。母は何も言わず、𠮟らなかった。
母が背中を向けて歩き出した。僕は必死で母を留めようとしたが、母の後ろ姿はどんどん遠ざかる。
「待って下さい!母上!…ははうえ!」
母はもう、振り返ってはくれなかった。
チリチリチリと、どこに居るのか、微かに虫の声が聞こえてくる。
目を覚ましても未だ薄闇の中で、花の香りと胸の苦しさが残っていた。
両膝を立て、壁にもたれかかるようにして地下牢の床に座っていたシャラは、頭から包まったシーツと、胸に抱いていた一輪の薔薇の花を指先で確かめた。
ジェイドと入れ替わるようにやって来たリュークが、汚れ避けのシーツと、部屋の臭いを紛らわす為の赤い薔薇の花を密かに差し入れてくれたのだ。
(薔薇の香りのせいで、あんな夢を見たのだろう…。)
冥府に着いたら、王妃様にまたお会い出来るだろうか? 父上や、僕を産んだ母上は、笑顔で迎えて下さるだろうか?
シャラは祈るように、薔薇の花びらへ唇を寄せた。
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