14.
王城地下にある石造りの牢屋には、灯りも家具も何一つ無く、有るのは苔と汚物の臭いだけだった。
唯一の出入り口である木の扉に付いた覗き窓と、高い天井近くの壁に開けられた換気口の2つの穴から、僅かに光が差し込むだけで、空間自体がボンヤリとしている。
湿った床に座るのは躊躇われたが、一晩中、立っている訳にもいかず、両膝を抱えるように丸まって、床に直接腰を落とした。
夜も更けて。扉をコツコツと誰かが叩く音がする。
「シャラ様!」
聞き慣れた声に、シャラは慌てて立ち上がり、扉に近付いた。
「ジェイドか?」
覗き窓から、涙に濡れたジェイドの顔の上半分と、窓の縁にかけられた太い指が現れた。
「シャラ様…なんとおいたわしいことか…。必ずお助けしますので、今しばらくご辛抱下さい。」
「余計なことはするな!陛下に知れたら、そなた達が酷い目に遭うぞ。」
シャラは笑った。
「ずっと言ってやりたかったことを言えたから、とてもスッキリした。僕は満足だ。それに目障りな僕が居なくなれば、兄上も少しは真剣に
ジェイドは返事をしない代わりに、眉を寄せた。
「牢番が言っておりましたが、ミカエル様がお見えになったとか?」
フン!と、シャラは口を尖らせた。
「ログレスの国王様に手紙を書け、と。僕が助けを求めれば、軍を率いて来るだろうから、と言っておった。どうせ、混乱に乗じて兄上を王座から追い落とし、自分が王になるつもりだろう。誰がログレスになぞ、助けを求めたりするものか!」
シャラは、フフッと笑った。
「断ったら、兄上はワーワー喚いていたが、僕を殴りたくてもこの部屋に足を踏み入れるのは嫌だったらしく、そこで地団駄を踏んでおられたぞ。」
さも可笑しそうなシャラと反対に、ジェイドの太い眉が更に寄る。
「のう…ジェイド。」
シャラは声を落とした。
「僕は、今さらながらに気付いた。幾ら綺麗事を並べても、僕にも陛下を疎み、嫌う気持ちがあったのだ。僕は今まで自分の心に蓋をしてきた。本当は、もっと早く兄上と向き合って、互いの心の内を話し合うべきだった。そうすれば、今とは違う結果になったのかもしれない。…それを避け続けてきた、当然の報いだと思っている。」
「シャラ様…。」
「大臣達も、先ほど見舞いに来てくれたのだ。後のことは、よくよく頼んでおいたから、もう思い残すことは無い。」
そう言って大きく笑顔を作ってみせたが、ジェイドの表情は険しくなるばかりだ。
「そうだ! 1つだけ忘れていた!ログレスの鼠が城内に深々と入り込んでいるようだ。僕の服の寸法まで知られておる。落ち着いたら、鼠退治をした方が良いな。」
ジェイドは、今それどころでは…と言わんばかりに、困ったように目を伏せて、咳払いをした。
「とりあえず、取り上げられたシャラ様の大切な剣は、我々が既に入手しております。後でお返ししますので、どうかご安心下さい。」
「いや、それはもう必要ない。」
「シャラ様!」
「…そうだな…。うん、そうだな。そなた達、今でも僕の頼みを聞いてくれるだろうか?」
「むろん、何なりと。」
「ジェイド。リューク。マルサス。カール。スティーブン。ケイン。…皆で、僕の剣を持ってログレスへ行け。それを獅子王様にお渡しし、僕の最期の望みだと言えば、皆、ログレスで召し抱えて貰えるだろう。まあ、そなた達の腕前なら、何も言わずとも雇っては貰えるだろうが。」
「何を仰るのですか!我々はー」
「故国を捨てさせるのは申し訳ないが、兄上の下に居るよりは、獅子王様にお仕えする方が心安かろう?僕は、そなた達に何の報いも与えてやれなかった。皆には、心から感謝していると伝えてくれ。」
「…シャラ様…」
「それと…獅子王様に、僕が別れを言っていたと伝えて欲しい。」
シャラは、部屋が暗くて良かった、と思った。頰の熱さも、ジェイドには見えないだろう。
「シャラ様。何のご心配も要りません。必ずや、お助けします!」
「だめだ!余計なことはするな!」
シャラの制止も聞かず、ジェイドは地下牢から去って行った。
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