13.

 自室に籠もって、ひと月以上経つ。


 謹慎を言い渡されていたシャラは、久し振りに王に呼ばれ、広間へと向かっていた。


 が、その足取りは重い。既に用件は判っていたからだ。シャラの後ろに従って廊下を歩く、ジェイドを始めとする6人の騎士達も無言のままだ。


 案の定、広間には重臣達が緊張した面持ちで集まっていた。誰も言葉を発せず、誰もシャラと目を合わそうとはしない。


 シャラは広間の中央、王座に収まるリチャードの前に進み出た。


 「参上いたしました、陛下。」


 ニヤニヤと機嫌が良さそうだったリチャードは、シャラが見つめると忌々しげに顔を歪め、視線を逸らした。


 王に代わり、脇に控えた老将軍が口を開く。


 「シャラ様。セドニア国が北の国境付近に兵を集めております。いくさに備え、指揮官として迎撃の準備をなさって下さい。」


 「判った。」


 セドニア国に送った親書の件は、シャラの耳にも届いている。昨夜、将軍も部屋を訪れ、内密に派兵の話があることを教えてくれた。


 「兵の数は?」


 「…。」


 シャラの問いに、老将軍は唇を噛み、答えない。


 「兵は、何人預けて貰えるのだ?」 


 「…兵は、お出しできません。」


 「!? 何だと!」


 沈痛な面持ちの老将軍に、シャラは驚いて聞き返す。


 「先ほど、ログレス軍に動きあり、との情報が入りました。国王陛下より、イムズ砦に兵を集結させ、ログレスの侵攻に備えるよう、ご指示を賜りました。ですので、セドニアに向ける兵の余裕がございません。」


 「しかし、全く兵を出さぬなど…。」


 シャラは絶句した。苦しそうな老将軍の表情を見るに、1兵も出すなとは、リチャードの嫌がらせだろう。


 「民兵を用意すれば良かろう。」


 棘のある笑みを浮かべて、リチャードが口を開いた。


 「お前は民に人気があるのだろう?だったら、民を集めて兵に用いることも容易かろう。」


 「畏れながら。農民達は収穫の時期にございます。今、農民達を徴用するは、国の食糧不足を招きます。」


 「ならば、お前が独りで戦に行け。」


 リチャードの言葉に、シャラは怒りよりも呆れ果てた。


 「陛下。ログレスに侵攻の兆しがあるのなら、今、セドニアと事を構えるのは、決して得策ではございません。最悪の場合、挟み撃ちになります。なにとぞ、セドニアとの和平の話をお進め願います。」


 一瞬、フィリップの顔が頭を過ったが、ログレスと話し合えとは、シャラの口からは言えなかった。


 リチャードは、フン、と鼻であしらった。


 「和平も何も、セドニア王は勝手に文句を付けてきて、勝手に我が国に害を為そうとしているのだ。それなのに何故、我らが下手に出る必要がある?向こうが頭を下げて来るのが筋であろう。アルテア王家の名誉の為に、シャラ、お前がケリを付けろ。」


 シャラはリチャードを見た。その隣に立って、皮肉な笑みを浮かべるミカエルを見た。


 民を徴兵するか?ここで地に額を付けて、王に兵を出してくれと懇願するか?僕の命と引き換えとして、セドニア王に詫びを入れるか?


 シャラは頭の中で、様々な道を探る。だが。


 (いつまで、こんなことを続けるのだろう?)


 王が騒ぎを起こすたび、国は疲弊し、民は危険に晒される。そして、シャラへの嫌がらせが、その混乱に拍車をかける。


 亡き王妃の微笑む姿が、優しい声が脳裏に甦る。


 『泣いてはいけませんよ。』


 シャラは、しっかり息を吸い込んで、腹を決めた。


 「陛下。僅かでも民を危険に晒すことは出来ません。セドニアに、話し合いの為の正式な使者をお送り下さい。」


 「貴様。私の命が聞けないというのか?」


 「お言葉ながら、そもそもは陛下が相手を侮辱したのが始まりです。お詫びになるなら、陛下が先かと存じます。」


 その言葉に、重臣達は顔色を失った。シャラの背後に控えていた騎士達にも、緊張が走る。


 「貴様!私が悪いと言うつもりか!」


 リチャードは悪鬼のような形相で怒鳴った。シャラは、リチャードを見据えた。


 「兄上、大概になさいませ。このまま兄上の見栄や自尊心で民を蔑ろにすれば、愚王の誹りを受けるでしょう。私憤を捨て、アルテアの民の為、アルテア王家の為に、正しきご判断を願います!」


 「私を愚か者呼ばわりするとは、許さんぞ!!」


 しばしの睨み合いの後、シャラは冷たい声で言った。


 「兄上、どうしてもお考えを改めていただけないなら、僕は言わざるを得ません。このままでは『王家の恥』です。」


 リチャードの体が王座の中でビクンと跳ね、一瞬、瞳が恐怖に見開かれる。が、その目はみるみる吊り上がり、金切り声が上がった。


 「王に対して不敬である!シャラを死罪に処す!!」


 居並ぶ者達からどよめきが上がった。「お考え直し下さい!陛下!」そんな悲鳴を上げる者達も居た。


 シャラの背後を守っていた騎士達も、一歩前に出ようとしたが、シャラは右手を広げてそれを制した。


 「陛下にお願いがございます。僕の配下にある6名の騎士達は、打ち捨てるには惜しい人材です。陛下の御許にて、有用にお使いいただきたい。」


 「シャラ様!」


 ジェイドの悲痛な叫びに、シャラが振り向き微笑んだ。


 「そなた達には、引き続きアルテアの為に働いて貰いたい。頼んだぞ。」


 以前より騎士達を欲しがっていたリチャードは、シャラの願いを受け入れた。


 「明日の正午、城下の中央広場にて火刑に処す!こやつを捕らえよ!」


 その場に居た者達は項垂れたが、シャラだけは満足そうに微笑んでいた。

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