3.

 「絶対におかしい。」


 ジェイドから広間のやり取りを聞いたシャラは、そう呻いた。


 シャラの自室は2部屋しかない。今、シャラと騎士達が集まるこの部屋と、隣に続く寝室だ。


 使い込んだ6人掛けの黒クルミのテーブルと椅子。壁沿いに、本の詰まった2つの書棚。扉脇に置かれた花台の上の紫色のアスターが、殺風景なこの部屋にようやく彩りを添えている。小さな部屋に大柄な騎士達が6人揃って立ち並ぶと、さすがに窮屈そうだ。


 「次兄様には自邸を与え、公爵の位も授けられたのに、シャラ様には何のお声もかからない!」


 騎士達が怒っているのは知っている。


 だがシャラは、兄王からの冷遇を気にしてはいなかった。


 贅沢をしたいとは思わない。


 表に立つな、と言われるなら、陰で国の役に立てれば良い。今回の和平交渉のように。政治に興味を持たない兄達に代わり、家臣達と打ち合わせ、意見を言うことは出来るのだ。兄達には見えない所で。


 ただ申し訳なく思うのは、この騎士達に対してだ。大した報酬も与えてやれないのに、自分に忠義を尽くしてくれる。


 優秀な騎士達を当然の如く兄王は取り上げようとしたことがある。が、それはジェイドに一蹴された。「先代様のご遺志ですので。」


 すまない、と心の中で呟いてから、シャラは目の前の問題に向き直った。


 「スティーブン、将軍に伝えてくれ。国境近くのイムズ砦に馬を走らせ、ログレス軍の侵攻に備えるようにと。それから、城門を閉めたとしても油断は出来ない。野営の兵80名の動きも、夜通し監視するように。」


 かしこまりました、とスティーブンは急いで部屋から出て行った。


 「考え過ぎではありませんか?」


 ジェイドが困ったようにシャラに言った。


 「合わせたところで、たかが100人。城を襲うにしては、余りに少な過ぎます。」


 「そうですよ、いくら百騎隊とはいえー」


 「『百騎隊』?百騎隊とは何だ?」


 シャラは声の主に聞き返した。騎士の中でも一番若い22歳のケインだ。


 「えっ!? そっ、それは…。」


 先輩騎士達が自分を一斉に見た為か、ケインの顔は強張り、モゴモゴと口ごもる。


 「わっ、私も噂で聞いただけなのですが。ログレス国王様は、兵の中から最も優秀な者を100人集め、近衛として使っておいでとか。いくさの際には王と共に先陣を切ることもあり、『一騎当千の百騎隊』などと言われているそうです。」


 「お前、随分とログレスの情報に詳しいんだな。」


 冷ややかなリュークに、ケインは「噂を聞いたんです!」と慌てて答えた。


 「『百騎隊』か。ますます油断は出来ないな。」


 獅子王の意図が何処にあるのか判らない。シャラは不安を覚える。


 「僕も広間を覗きに行こう。」


 椅子から立ち上がりかけたシャラをジェイドが止めた。


 「部屋から一歩も出るな、と陛下からのご命令です。見つかったら、また酷く叱られますぞ。それにログレス兵の出方も判りません。万が一の場合に備え、シャラ様はここに居て下さい。広間の様子は、我らが報告しますので。」


 「そうか…。頼むぞ。」


 騎士達が出て行き、小さな部屋は急に静かになった。1階の大広間で始まった夜会の軽やかな音楽が、風に乗って2階の端にあるこの部屋にも聞こえてくる。


 シャラは椅子から立ち上がり、窓を開けて小さなバルコニーに立った。


 (獅子王か。会ってみたかったな。)


 軍事・政治に長けた王だ。ぜひ話をしてみたかった、と思う。


 夜空を見上げれば、星々に囲まれて消え入りそうなか細い三日月が、何か訴えている。


 ログレスとの和平協定の締結をシャラは密かに楽しみにしていたのだ。


 (順調に事が運ぶと良いのだが…。)


 冷たさを増した秋の夜風に少し身震いをして、シャラは部屋の中に戻った。

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