2.
「随分のんびりとしたご到着ですな。昼には来られると聞いておったが。もう、今日はお見えにならないのかと思いましたぞ。」
大遅刻だ!と、アルテア国王・リチャードは内心で怒り狂っていた。
ログレス城からアルテア城へ。早馬なら半日もかからない距離なのに、どうやったら日没間際に到着するというのか!小国相手と、なめているのか!
が、さすがに大国ログレスへ正面切って喧嘩を売ることも出来ず、リチャードは玉座から大広間の中央に立つ男を睨めつけた。
黒髪・長身のその王は、精悍な体を革のベストとズボンに包み、マントを付けた旅装のまま、アルテア国王に向かって快活な笑顔を見せた。
「いや、申し訳ない。手土産を選ぶのに、時間がかかってしまいまして。」
傍らに控えていた騎士は、王の合図を受けると跪き、脇に置かれた大きな木箱から布に包まれたひと抱えの壺を丁重に取り出した。騎士は跪いたまま、リチャードに捧げるようにそれを見せる。壺は白磁の輝くふっくらとした胴体に、気品ある藍色の細やかな草花模様を纏っていた。
「おお…。」
リチャードは思わず玉座から身を乗り出した。
「東方から伝わった壺です。アルテア国王殿は美術品がお好きとか。一流を知る方には、一流の贈り物でなくてはと思い、選ぶのに時間がかかった次第です。どうぞお納めを。」
ログレス王の言葉に自尊心がくすぐられ、リチャードはコホンと一つ咳払いをする。
「しかしですな。近衛を100名お連れとか。泊める場所がありませんぞ。」
「どうかお気遣いなく。城下の空き地にて、野営の準備をさせております。私もそちらに泊まりますので。」
さらりと言ってのける王に、リチャードは慌てた。
「それは困る!客人の王をもてなしもせず、城の外で眠らせるなど、我が国が笑いものになります!貴殿だけ、城にてお泊まり下さい!」
リチャードの言葉に、ログレス王は眉を寄せた。
「いや、私も武人。充分な警護の兵も付けず、他国の城で羽根を伸ばしてのうのうと休んだとあれば、武将の名折れとなります。お気持ちはありがたいが、野営で結構。」
それでは困る!、いや、こちらが困る!と押し問答の末、ログレス王は考えながら言った。
「では…城の中庭の片隅にでも、天幕を張らせていただきましょうか。むろん、一式持参しておりますので。警護として、20名ほど兵を城内に入れていただければ結構です。」
リチャードは、王の提案にポカンと口を開けた。城の庭で野営をするバカが、どこにいる?
だが、ログレス王は面白がっている。
「これなら、貴殿は私を城に泊めたことになり、私は自陣で休んだことになる。ご自身の膝元で他国の王が野宿など、なかなかに酔狂だとはと思いませんか?」
私も初めての経験だ、と笑う王に呆れながらも、リチャードの心は小躍りしていた。
あの『獅子王』を私の足元に侍らせる…今までアルテアを小国だ、貧乏だと小馬鹿にしていた周辺国の王達は、肝を潰すに違いない。
リチャードは、またコホンと咳をして、よろしかろうと提案を受け入れた。
「では、さっそく準備を。」
一礼するログレス王の口角が僅かに上がったことに、リチャードは全く気付いていなかった。
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