1.
初秋の陽射しが穏やかに降り注ぐ、白亜のアルテア城。
その中庭の片隅で、16歳の華奢な青年が木刀を使って素振りをしていた。
稀代の美女といわれた母親譲りの端麗な顔立ちは、真剣そのものだ。波打つ銀色の髪が、動くたびにフワリと揺れる。
木刀を振りかぶって、下ろす。シュッ!
振りかぶって、下ろす。シュッ!
「お見事です、シャラ様。お疲れになったでしょう?今日の稽古は、もうお止めになっては?」
傍らに立つ騎士の言葉に、シャラは眉をひそめた。
「たった今、始めたばかりではないか。汗一つかいていないぞ。後で打ち合いの相手をして貰うからな。」
「えっ!」
騎士の顔色が悪くなった。構わずシャラは素振りを続ける。
振りかぶって、下ろす。シュッ!
振りかぶってー。
「シャラ様!」
背後から突然大声で呼ばれ、シャラは思わず振り向く。
その途端、しっかり握っていたはずの木刀はスルリと手から抜け落ち、振りかぶった勢いでシャラの背中にドンと当たった。
「あっ!」
「大丈夫ですか!お怪我は!?」
「心配ない。うっかりしてしまった。」
苦笑するシャラの横で、2人の騎士が言い争いを始める。
「ジェイド!急に声など掛けるな!危ないだろうが!」
「お前こそ!何でシャラ様に剣の稽古をさせている?あれほど駄目だと言っただろう!」
「お止めしたんだ!したのだが、どうしてもと言われ、仕方なくー」
「何としてでもお止めしろ!稽古なぞ、無駄などころか危ない!」
「しかし、ご本人には言えんだろうが!才能が無いから、稽古しても無駄だとはー!」
『本人』の顔がピキリと強張った。
「黙れ!そなた達が稽古をさせないから、僕は剣が上手くならないのだ!才能が無いわけではない!」
『本人』の存在を忘れていたらしい騎士達は、慌てて身を縮める。
柳のような眉を吊り上げて怒っていたシャラは、突然笑い出した。
「でも、まあ…アルテア最強の騎士達に囲まれて育ったのに、ちっとも剣が上手くならないのは、やはり才能が無いのかもしれないな。」
フフッと笑うシャラに、騎士が応えた。
「シャラ様には剣の才能が無くても、勉学の才がおありですから。剣は我らにお任せ下さい!」
「リューク。それは褒めているのか?けなしているのか?かなり微妙だぞ。」
3人は、声を上げて笑い合った。
シャラの警護にあたる6名の騎士達は、アルテア城内でも異色の存在だ。
最古参は、先ほどドスドスと走って来た熊のように大柄なジェイド。8年前、シャラが8歳の時に担当騎士としてやって来た22歳の大男は、いかつい風貌に反し、温和で優しい人柄で、王子はジェイドにすぐ懐いた。おまけに剣の腕前が並外れていたため、父王の目にも留まり、すっかり気に入られた。
「今後、シャラの警護については全てをジェイドに一任する。何人たりとも是を覆してはならない。」
シャラを溺愛していた父王は、そう宣言し家臣達を驚かせたが、その時すでに病を患っていた父王は、間もなく世を去った。
その後、ジェイドは
アルテア最強ー。12歳で
シャラは、常に傍らにいて親身になってくれる騎士達に、感謝せずにはいられない。
「そういえば、ジェイド?何か用があったのでは?」
シャラは落とした木刀を拾い上げながら尋ねた。
「おお、忘れておりました!明日のログレス国との折衝には、国王様が直々にお越しになるそうです。」
「えっ!? 獅子王様が!?」
「はい。先ほど到着した使者によると、当初ご予定だった王弟様が急病だそうで。代わりに国王様がお越しになるとの事です。」
そんな馬鹿な、と思わずシャラは呟いた。王がわざわざ国を空けて、弟の代理を務めるだろうか?そもそも、明日は和平協定の最終的な確認だけだ。代わりなど幾らでもいるだろうに。
「使者の話では、ログレス国王様は今回の和平協定に、並々ならぬ意欲をお持ちとか。両国の親睦をより深めたいがゆえのご訪問、とのことです。」
うーん、と唸りながら、手にした木刀で肩をポンポンと軽く叩く。騎士達の顔が再び青くなり、ジェイドは「お止め下さい。」と、かすれ声で言った。
「おかしい。相手は、あの『獅子王』だ。何か魂胆があるのかもしれない。」
『獅子王』。
アルテア国の南隣、ログレス国の国王。
当代一の剣の使い手にて、妖剣・ノイムントの保有者。
16歳で王となり、その後12年、破竹の勢いで小国ログレスを周辺に並ぶもの無き大国へとのし上げた男。
刃向かう者は女子供でも容赦なく斬り捨てる、冷酷無比な軍神。付いた仇名が『獅子王』。
が、その一方で、占領地となった旧敵国の民衆からは評判が良く、中には「ログレスになって良かった。」と喜ぶ民もいるとか。
「油断は禁物。交渉担当の者達と、もう一度打ち合わせをしておこうか。リューク、皆を集めてくれ。」
そう言ってリュークの方に顔を振り向けた為、ポンポンと肩を叩いていた木刀の縁が、シャラの顎から頰をかすめ打つ結果となった。
「いっー!」
「だからダメだと言ったのに!すぐに冷やしましょう!」
うずくまり顎を押さえて痛がるシャラから、ジェイドは木刀を取り上げた。
「…大事ない。心配するな…。」
「畑で
リュークの独り言にシャラが睨む。
「才能が無いからだと、誰か言っていたが?」
またもや身を縮めたリュークの姿に破顔すると、シャラは立ち上がり、背筋を伸ばした。
「今日の稽古は、これで終いだ。行くぞ!」
歩き出すシャラの後ろで、ジェイドが「未来永劫、稽古は終いにしていただきたい。」と小さく呟いたが、シャラは聞こえない振りをした。
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