Bros

りょう

0.

 キィ…キィ…キィ…。


 紅葉に色付く山々に囲まれた、小国アルテア。


 その王城の奥深く。広々とした遊戯室に、木の軋む微かな音が響く。


 キィ…キィ…キィ…。


 愛する末息子の為にと、父王が特別にあつらえた真っ白な揺り木馬。馬のたてがみと尾の部分には、王子の髪の色と同じ銀糸が植え込まれ、その目にはエメラルドの宝石がキラキラと輝いている。


 だが、お気に入りの木馬に揺られても、幼い王子に笑顔は浮かばない。


 キィ…。


 部屋の真ん中辺りには、積み木の塔が作りかけのまま、絨毯の上に放置されている。


 先程まで一緒に塔を作っていた乳母と侍女は、王妃様に呼ばれて部屋を出て行ったきり、ずっと帰って来ない。


 いつも遊んでくれる、歳の離れた2人の兄も、今日はまだ来ない。


 独りぼっちの不安と寂しさは遂に堰を越え、王子の目からジワジワと涙が溢れ、そのふっくらと柔らかな頰を伝った。もうすぐ4歳になるシャラは、愛くるしい顔をクシャクシャと歪め、しゃくり上げるように泣き始める。


 昨日、王妃様にぶたれた。

 初めて、ぶたれた。


 いつもは優しい王妃様が、とても怖い顔をしてシャラの頰を叩いた。よろけて倒れ、泣いてしまった。


 一緒に遊んでいた兄上は、もっとぶたれた。王妃様は大きな声で叫んでいたが、シャラには意味が判らなかった。


 王妃様は、まだ怒っているだろうか?


 幼い王子はシャツの袖でゴシゴシと目を擦る。


 王妃様は、シャラがぐずるたびに言うのだ。

 「王家の者が泣いてはいけません。涙は目の前にあるものを曇らせます。そなたは王様の御子。泣かずに最後まで戦って、アルテア王家と民を守るのですよ。」


 泣いていたら、また王妃様に叱られる。


 時々シャラは間違えて、王妃様を「ははうえ」と呼んでしまう。すると王妃様は嬉しそうな、怒ったような変な顔になって

 「そなたの母親は、亡くなった第2王妃殿です。私のことは『王妃様』と呼びなさい。」

 そう叱られるのだ。


 昨日は、また間違えて「ははうえ」と呼んでしまったのだろうか?王妃様は、ご機嫌が悪かったのだろうか?


 シャラは王妃様が大好きだ。いつもの王妃様はシャラを膝の上に乗せ、お話しを聞かせてくれたり、笑いながら甘いお菓子を口に入れてくれる。花の香りがする胸に抱かれて眠くなってくると、シャラは王妃様が母上だったらいいのに、と思うのだ。


 父上のお部屋に行ってみようか?父上なら、どうしたら王妃様が許してくれるか、教えて下さるかもしれない。


 シャラがたどたどしく木馬を降りた時、入り口の扉がカタンと静かに開く音がした。


 現れた2人の男の姿に、シャラの顔が輝く。王妃様のお部屋で何度も見かけた騎士達だ。


 王妃様は、もう怒っていないのかもしれない!迎えに来てくれたのかもしれない!とシャラは嬉しくて騎士達に走り寄った。


 「おうひさまはー」


 それ以上は言葉にならなかった。


 なぜなら幼い王子の口が、騎士の大きな手の平で塞がれてしまったからだ。

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