第5話 紅茶とビール
いつもと違う場所で、いつもと同じような話を繰り返す。
「つまり、多くの場合において「ざまぁ」の原因となるのは、「追放」宣告時の不必要な挑発的言動であり……」
今日の任務は、民間人に対する「追放」の手ほどき。
私の肩書きも、今だけは『雇用促進課』課長だ。
本来、『追放企画部』部長の私が務めるべき仕事ではないのだが、依頼とあらば断れないのが宮仕えの辛いところ。
……課長になって日が浅いマリアンに振るのも悪いしな。
「状況によっては、敢えて適度な「ざまぁ」を受けるという判断も必要です。極めて危険な『特定「追放」種』は……」
自動演奏のマジックアイテムにでもなったつもりで、無感情に語り続ける。
仕事に臨む姿勢として褒められたものではないが、そんな不誠実な仕事ぶりとは裏腹に会場は大盛況。
商工ギルドの大会議室に、立ち見客まで出始める有様だ。
増え続ける「追放」の需要と「ざまぁ」への懸念……という背景だけが理由ではない。
受講料が無料だからだ。
多少なりとも金を取っていれば貴重な臨時収入になったものを、人気取りを優先した依頼者のせいで私自身もほぼタダ働き。
◇
マリアンが『追放執行課』として独立しても、私の業務量は変わらなかった。
彼女の独立にともない『追放調整課』の事務職員を増員することも考えたのだが、取り扱う情報の性質上、そう簡単に適任者は見つからない。
そもそも、部署全体が「課」から「部」に昇格したのにもかかわらず、割り当てられる予算は変わらなかった。
『追放執行課』の予算を削るわけにもいかないし、最初から新規雇用など不可能だったのだ。
その予算の割り当ての連絡書にも、今回の特別任務の依頼書にも、宰相閣下の名前が書かれていたが、おそらくは……
私が何人の隠し子を穏便に「追放」したのか、覚えているのだろうか?
◇
全三回の講義を終えて、本日使用した資料を整理する。
作業が終えて帰ろうとする私のところに、居残る受講生が近寄ってきた。
「……少しお時間をいただいてもよろしいでしょうか?」
彼は、一番熱心に受講していた商会主。番頭級が居並ぶ中で、特に目立っていた。
隠された才能などなくても、地道に学べば誰でも適切な「追放」が出来る。
「あの、「追放」とは直接関係がないのですが……」
……その手の前置きは、あまり聞きたくない。
聞きたくはないが、聞いてしまった以上、続きも聞かなければならない。
溜息を嚙み潰して、作り笑顔で頷く。
「実は、わたしの娘が……」
続きを聞いた私は、作り笑顔のまま白目を剥く。
……隠し子だけで親衛隊でも作るつもりなのだろうか?
◇
ここで黙殺しても、いずれ依頼が回ってくるのは確実。
まだ見ぬ未来の依頼を楽にするため、現状で可能な助言を全て与えて、商工ギルドを後にする。
……早めにマリアンにも話を通しておくべきだろう。
溜まっている依頼書を頭の中で数えながら王宮に帰還すると、門衛から制止を受ける。
白目がちの不審者だからではない。宰相閣下がお呼びとのことだからだ。
勝手知ったる王宮内を歩き、閣下の執務室に直接向かう。
作法に則り入室すると、書類の海で溺れる閣下の頭部だけが見えた。
……大丈夫、まだ私はあそこまでいっていない。
「……お呼びと聞きましたが」
急な呼び出しに対する当てつけのように、髪を整えながら用向きを尋ねる。
「来たか。有り難くも、また勅命だぞ」
閣下は顔を上げもせず、海から救出した一枚の羊皮紙をこちらに放り投げた。
実際にやられると結構腹が立つことに気づき、心の手帳に注意事項を追記する。
……親しき仲にも礼儀あり。
このクソ忙しい時に、マリアンに「ざまぁ」されるわけにはいかない。
「……おい。何だ、これは?」
羊皮紙に目を通した私は、手帳を表紙ごと破り捨てた。
有り難い勅命の内容は、以下の通り。
・『辺境』にて反乱の兆候あり。
・首謀者はいずれも「追放」された者たち
・この由々しき事態は、『追放企画部』の怠慢に起因する。
・よって、責任者は直ちに『辺境』に向かい、事態の収拾に当たるべし
「……そんな報告は受けていませんよ。私の古巣のやつらなら、こんな動きを見逃すはずがありません」
可能な限り穏便な「追放」を心がけてはきたが、確実に「ざまぁ」を防げるなどとは当然思っていない。
したがって、古巣に『辺境』での経過観察を頼んでいたのだが……
「あぁ……諜報課の連中なら、今はほとんど国外に出払っているぞ。何やら、大陸に覇を唱える下準備だそうだ」
私が出した嘆願書に対する答申。それに記載されていた、種をばら撒くことに対する言い訳。
……種を蒔き過ぎたなら、土地を増やせばいい。
順序が真逆、前代未聞の農業理論。
庶民に知られれば、全国一斉「ざまぁ」は間違い無し。
即座に答申書を破り捨てたのだが……王妃に責められでもして、引っ込みがつかなくなったのか?!
「……」
いつの間にか泣き笑いでペンを走らせている閣下に、文句を言っても仕方がない。
今にも飛び出そうな咆哮を何とか飲み下して、哀しき朋友に背を向けた。
「……閣下。この件が片付いたら、何かご依頼なさいませんか?」
扉に手をかけたところで、部署創設以来、初めての営業活動を試みる。
「……不敬だぞ」
私は誰を「追放」するとも言っていないのに、果たしてどちらが不敬なのか。
◇
足早に『追放企画部』の事務室に戻る途中、廊下の角からふくよかな侍女が飛び出してきた。
進むでもなく避けるでもなく、羽根箒を掲げて私の前に立ち塞がる。
「……調子はどうだ?」
それなり以上に長い付き合いだ。姿形は変わっても、気づかないはずがない。
「お陰様で、ぼちぼちっす。紅茶でも……と思ったんですが、お忙しそうっすね?」
……いつものように、愚痴をぶち撒けたい思いはある。
しかし、彼女が事情を知れば、きっと同道しようとするだろう。
こんな「追放」じみた「ざまぁ」征伐に付き合わせるわけにはいかないし、付き合わせたくない。
「……いや、今日はビールを飲みたい」
『辺境』に赴くとなれば、冷えたビールなど望むべくもない。
たとえ愚痴のつまみがなくとも、彼女に王都最後のビールを注いでもらうのは……悪くないかもしれない。
「了解っす!じゃあ、着替えたらいつもの店に行きますね。……何を着て行って欲しいっすか?」
下から私の顔を覗き込む、部下にして相棒の額を弾く。
「何を着てても、一緒だ」
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