第3話 コーヒーと紅茶

 『追放企画調整課』の朝は早くない。自由出勤だ。


 常勤職員はまだ二人しか在籍していない新設部署であるし、マリアンは今日も現場に直行している。

 私が席に着いた瞬間が始業時刻だ。


 とはいえ、だらだらと過ごすわけにはいかない。

 昨夜のうちに運び込まれた依頼書が、机の上に高い山を築いている。


 昼までの分のコーヒーをまとめて淹れた私は、早速依頼書の仕分けに取り掛かった。


     ◇


 いくつかの依頼を順当にこなしたことで、『追放企画調整』に舞い込む依頼書は、爆発的に増加した。

 しかし、本当に私たちが受けるべき依頼は、驚くほどに少ない。


 依頼の内容は、概ね二つに大別される。

 貴族家の跡継ぎ問題と、国家機関の雇用問題だ。


 跡継ぎ問題については、基本的に処理は簡単。国法に則って、適切な助言を送るだけの話だ。

 一族の繁栄を考えれば、才能がある子に跡を継がせたい。その気持ちはよく分かるが、国法は国法。

 明確な不祥事でも起こさない限り、この国では長子相続が原則と決まっている。


 ……我々が断ったことで、怪しげな裏社会の人間を頼り、結果として「ざまぁ」される事例も報告されているが、それは我々が関知するところではない。


 雇用絡みの問題については、ほとんどの場合、「追放」対象者の適性と業務内容との不一致が原因。

 わざわざ「追放」などせず、適切な職場に異動させてやれば万事解決だ。

 官民問わずに探せば、彼らが活躍できる場所は必ずある。


 そこで、多額の費用をかけてでも手配するのは、鑑定眼に長けたその道の専門家。

 素人判断で対象者の人生を決めるわけにはいかないし、関係者以外の第三者的視点から評価してもらうという意味合いもある。


 もちろん、専門家をもってしても理解できないような『才能』も存在する。

 その場合は、対象者の自宅や近所の空き地、裏山に不審な実験の痕跡等がないか、くまなく調べるのだ。


 ともかく、ここを疎かにすることで「ざまぁ」が起きるのは、お互いにとって不幸でしかない。


     ◇


「……これは、再調査だな」


 機械的な仕分けの手を止めて、一つの依頼書を手元の箱に移す。


 『才能鑑定結果報告書』を確認する際、注意しなければならないことがある。


 対象者が何の才能も持っていない場合。

 その場合は今後のご活躍をお祈りするしかないし、本当に活躍するのなら喜ばしい話なのだが……


 問題は、その逆。

 才能に溢れていた場合には、依頼者のほうを再調査する必要があるのだ。


 単純に才能を見抜けなかったのではなく、私怨により「追放」を企てる依頼者。

 それが判明した場合には、依頼者を対象とした『「追放」提案書』を作成しなければならない。


 我々に「ざまぁ」が向かないような提案を練り上げるのは、中々に骨が折れるのだ。


「……これは、要らん」


 我々の業務には全く関係がないにも関わらず、無理矢理「追放」の文言を盛り込んだ依頼が混ざっていることもある。


 そんなものは「ざまぁ」してやる手間も惜しいので、ゴミ箱に放り込むだけだ。


     ◇


 昼前に底をついてしまったコーヒーを淹れ直していると、『追放企画調整課』の事務室に一人の淑女が入って来た。


 断りもなく応接テーブルに向かい、ドレスの皺に気を配りながらソファに腰を下ろす。


「首尾はどうだ?」


 彼女の分のコーヒーも注ぎ、私も向かいに腰掛ける。


「予定通り、ばっちり「婚約破棄」させて来たっす!」


 最近、この手の依頼も多い。


 厳密に言えば「追放」とは異なるのだが、需要の高まりから各所より圧力がかかり、ある程度は受諾する事を余儀無くされている。


 依頼者の立場は様々。望まぬ婚約を強いられた女性もいれば、まだまだ遊び足りないという男性もいる。

 政情の変化により、大昔に決めた婚約を破棄したいという親からの依頼もある。


 いずれにせよ、顔も性格も変幻自在のマリアンの手にかかれば、年若い男女の仲を引っ掻き回すことなど容易い。


「今回は特に波乱もなし!前みたいに、変な言葉を口走るやつも見当たりませんでした」


 しかし、この手の依頼は非常に手間がかかる。

 政治的背景のみならず、私的な人間関係、個人の思想まで綿密に調査しなければならないのだ。


 侍女の噂話や貴族学校での陰口の収集などは基本。

 場合によっては、対象者の居室に忍び込んで日記を盗み見る必要もある。


 特に、自作の言語で奇妙な図表を書いている人間。


 その暗号らしきものを扱う人間たちは、未来予知じみた行動予測により、周囲の人間を意のままに操る。


 いかなる組織が背後に存在するのか、また組織の目的は何なのか、未だ突き止めるには至っていない。


 ともかく、その組織との関連を伺わせる人間がいれば、多少強引な手を使ってでも、早急かつ確実に潰すようにしている。


 ……たとえ、悪役の謗りを受けようとも。


     ◇


「……黙っていれば、本当にご令嬢に見えるな」


 静かにコーヒーをかき混ぜるマリアンを見て、少し口角を上げる。


 それなりに長い付き合いとなったので、この程度の軽口はいつもの事だ。


「……コーヒーばかりお飲みになっては、お身体に悪いですし、ミルクティーになさいませんか?わたくし、紅茶を淹れるのは得意ですの」


 本当に紅茶が胃に優しいのか知らないし、ご令嬢は自分で紅茶を淹れないと思うが……それも良いかもしれない。

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