最終話

緑ヶ丘住宅で起きた連続殺人は合田夫婦の逮捕というかたちで幕を下ろした。

アリバイ作りで虚偽の証言をした本間と久保山も逮捕起訴された。

ふたりの供実によると、抗精神薬を処方箋なしで合田から流してもらっていたことの見返りとして虚偽の証言をしていたということだった。

捜査本部は解散し、河野たちは県警本部に戻っていった。

深津たちは日常の業務に戻っていった。


「まるで祭りの後のようですね」生駒がしみじみとしていた。

「うちに帳場(捜査本部)ができたのは8年ぶりだったからな。しかし、今回は本部の奴らがみんな良い奴ばかりで良かった」

深津はポケットから煙草を取り出して火をつけようとした。

「深さん、署内は全面禁煙になったんですよ」

深津は怪訝な顔をした。

「そうだったな。刑事部屋に煙がないなんて昔なら考えられないことだったのに」

「時代ですよ、時代」

「喫煙所に行ってくる」

「それも昨日で撤去です」

深津は肩を落とした。


緑ヶ丘住宅の自治会長春田政宏は、自治会館で民生委員の藤田奈良子と話あっていた。

5丁目のひとり暮らしの老人についてだった。

その老人は78歳の女性であったが軽い認知症で、先日にボヤ騒ぎを起こしていた。春田はここ数日毎日のように自治会館に詰めっきりになっていた。

自治会の会員の約半数が65歳以上の高齢者になっていた。

ひとり暮らしの人も3割はいる。

町全体がグレーになっていくような気がしていた。

これからもひとり暮らしの老人が増えることは分かっている。

それと同時に空き家問題も起こっている。

最寄りの駅から離れているこの町にはスーパーもコンビニも無い。

今はほとんどの家が生協の個別配達に頼っている。

自治会長としては山積みされた諸問題の対応で毎日忙殺される。

春田自身も糖尿の持病があり、体力的には限界だった。

来年は自治会長を辞退しようかと考えているが、それはどうもできそうもない。

「春田さん以外に会長を務められる人はいない」というのが大半の意見だった。


緑ヶ丘住宅は50年ほど前から分譲が開始された典型的な住宅団地だった。

高度成長が終わり、やがてバブルになり、地価が高騰するなかで家族が増えてそれまでの狭い都会の住宅より通勤に不便でも郊外に一戸建て住宅を持ちたいというサラリーマンの夢の行き着く先が緑ヶ丘住宅のような都市圏50キロ範囲内の住宅団地だった。

なだらかな丘陵地帯を開発してできた緑ヶ丘住宅は、新しい丘だった。

坂道が多く、上り下りに体力を使うが、まだ働き盛りの世代が大半の住民にはかえって眺望のメリットのほうが優先するくらいだった。

だが、今ではそれが生活の負担になっている。

子供たちは大きくなりどんどん家を離れていく。

残されたのは年老いた親たちだった。

年老いた親たちは何とか団地を維持しようと懸命になっている。

団地内にできた小学校は2年前に統合されて、もう新しい若い家族は団地には引っ越してこないだろう。

行政も市内に同じような状況の団地が多くてひとつひとつの団地の問題にきめ細かく対応できるはずもない。

春田もすでに70歳を超えている。いつまで体が動かせるか分からない。


自治会館を出るともう夜の闇に包まれていた。

見上げる夜空にはまだ少し夕方の太陽の光が紺色の空に黄色い絵の具を混ぜたように染み込んでいた。

背後から声が聞こえた。

「会長、防犯委員の人から電話がかかってきています」

春田は踵を返して自治会館に戻っていった。




終わり

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新しい丘 egochann @egochann

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