第38話
合田博幸と都夫婦は、任意同行で捜査本部に引かれた。
取調べ室に入った合田博幸は、うなだれたままで顔を上げようとはしなかった。
「あなたのアリバイは本間と久保山の供述により完全に崩れました。アリバイが無くなったこと以上にあなたが本間たちに虚偽の証言を強要したことも犯罪として成立します。これ以上罪を重ねるより早く本当のことを話してください。私はあなたたち夫婦の悲嘆には同情しています。どうですか」
深津は丁寧に合田の心を攻撃した。
取調べ方法にはマニュアルだけではなく、刑事たちの個性が反映される。
独自のテクニックがある。
ホシの性格や精神状況、体調などを考慮して引いたり押したりしながら自供を引き出すのが優秀な刑事だった。
合田はうつむいたまま、全身をひくひくさせながら震えていた。
「まず気分を落ち着かせてください。お茶をひとくち飲みませんか」
目の前にあるお茶を勧めた。
合田は顔を上げた。
目が充血している。
ひとくちで飲み干すと、またうつむいてしまった。
合田都は、河野が担当になった。
女性警察官を立ち合わせていた。
女性の取調べには女性警察官を立ち会わせることがマニュアルである。
合田都は体を震わせながら泣いていた。
河野は深津と違い、口数は多くなかった。
しばらく様子を見ながら静かに語りかけた。
「息子さんのことはさぞ悔しかったでしょう。私にも息子がいますから分かりますよ」
優しく語りかけた。
都は身をよじりながら泣き出した。
5分くらい時間が経過した。
「わたしたちがやりました」
短い言葉だった。
同じ時間帯に博幸も自供を始めた。
やはり動機は息子の事件の目撃者たちが救急車を呼ばなかったことに対する恨みからだった。
ずっと3人の殺害を狙っていたということだった。
犯行はいたって単純なものだった。
夜明けまえに被害者宅を襲って殺害した。
ただそれだけのことだった。
犯行に使った凶器は自宅に隠しているという。
いつか捕まると思い、その際には素直に犯行を自供しようと思っていたようだった。凶器を捨てなかったのは、凶器発見で警察に迷惑をかけないためだったと自供しているが、それが本心であるかどうかは疑問が残った。
深津は合田夫婦の取調べが終わった後にすぐに吉野正晴のことを思い出した。
緑ヶ丘住宅で不審者として取り調べた男だった。
合田の息子の親友だった。
深津は留置された合田博幸を再度取調べ室に呼んだ。
「吉野正晴はあなたがたの犯行を知っていたのですね」
「彼には本当に申し訳ない。我々があいつらに手を出すのではないかと何度も私たちに犯行を犯さないように懇願してきたのです。ですから事件当日も私たちの行動を見張っていたのでしょう」ということだった。
吉野正晴は次の日、任意同行された。
「君は合田夫婦の犯行を知っていたのだね」
深津が詰め寄った。
吉野正晴は、深津を見据えるような鋭い目つきをした。
「もう彼らはすべての犯行を自供したのだ。君がかばうことは何もなくなった」
しばらく下に目をおとしていたが、顔を上げて深津を正視した。
「僕は合田さんたちが犯罪者になることを止めたかった。でもやってしまった。現場で止めようと思えば止められたのだけど、それは出来なかった」
吉野も被害者に対する憎しみが根源にあったのだろうか。
吉野は犯人隠匿の罪でその場で逮捕状を執行された。
#39に続く。
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