第36話
久保山を本部まで引っ張ってきたのはたたけば何でもゲロすると深津は踏んでいたからだった。
久保山にはそういう人間的な弱さを感じていた。
普通の市民が警察署に来ることにはなんでもない申請でも行きなれていないとハードルが高い。
そのうえ、何らかの容疑がかかっているとなれば、やましいことが何もなくても心は動揺する。
任意同行というのはそうした心理的な効果がある。
「久保山さん、正直に話してください。あなたには殺人の共犯容疑がかかっているのですよ」
深津はいきなり恫喝した。
言葉の口調は穏やかでも、内容は完全に恫喝だった。
久保山が共犯なわけがないことは充分承知の上だ。
だが、アリバイを偽装したことになれば共犯として成立するかもしれない。
久保山の表情はどんどん硬くなっていった。
唇がわなわなとしている。
「あなたは合田夫婦と事件当日に麻雀をしていたと証言した。それが虚偽であれば当然起訴される。初犯とはいえ、連続殺人だから執行猶予は付かないかも知れない。そうなればあなたの人生は終わりになりますよ」
久保山はうなだれてこぶしを固めていた。
あとひと押しだった。
「本間さんにそそのかされたのでしょ。あなたは本間に付き合わされただけだ。今、本当のことを言えば私が法廷で承認になりあなたの刑を軽くできる。うまくいけば起訴猶予になるかも知れない」
となりで聞いていた生駒は深津が前のめりになっていることを心配していた。
何の保障もないことを餌にして供実を引き出そうとしている。
だが、深津はこういう危ない橋を渡る男だということはこれまでにもさんざん見てきている。
それが功を奏して成功することも見てきていた。
「少し休憩しますからよく考えてください」
久保山を部屋に残して深津と生駒は部屋を出た。
「吐きますかね」
「大丈夫だろう。それより本間のヤクチュウのことまで吐くかどうかだな。俺は久保山もヤクチュウだと睨んでいる」
「ブツは何でしょう」
「眠薬(睡眠薬)じゃないかな。合田は薬剤師だから軽い眠薬ならいくらでも手に入るから」
部屋に戻ったとき久保山は心細い目で深津たちを一瞥した。
「久保山さんどうですか。」
「はい、刑事さんの思っているようなことです」
「本間さんに言われたのですね」
「そうです。合田さんがどうしても麻雀をしていたことにしてくれということだったので」
「あなたが証言した日時にあなたはどこにいましたか」
「家で寝ていました」
「本間さんもそうでしたか」
「多分そうだと思います」
「そうでしたか。それともうひとつ我々に言わなければならないことがあるのではないですか」
久保山は観念したようだった。
「実は合田さんから睡眠薬をもらっていました」
久保山はあっさりと落ちた。
後は本間をたたけば合田のアリバイは完全に崩れる。
深津の胸は動悸が高くなりはちきれそうになった。
#37に続く。
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