第35話

河野たちが本間と久保山の聴取を行ったとき他の班は本間たちの周辺取材に立ち回っていた。

その夜、午後8時すぎから捜査会議が西三郷署の会議室で行われた。

まず河野たちが聴取の概要を説明し、本間は合田博幸の勤める病院で親しくなり、麻雀をやるようになったこと、久保山は本間の友人で麻雀を通じての付き合いしかなかったことなどが報告された。

別の班からは本間のことについてその日に分かったことなどが報告された。

それによると、本間は慢性の腰痛があり、普段からかなり強い痛み止めを服用していること、現在は合田の勤める病院ではないが、治療に通っているということだった。


別の班からは本間の家の近所の人の話では、本間は以前錯乱して夜中に裸で家の前に寝込んでいて警察に通報されたことがあるということだった。

今でもときどき家のなかから奇声がすることがあるということだった。

それを聞いた深津は叫んだ。

「ヤクチュウじゃないか」

「その可能性がある」

などと捜査員たちから声が上がった。

管理官は

「その線で本間の周辺を徹底的に洗え。薬物で本間と合田は別のつながりがあるかも知れない」


翌日、深津は本間の自宅を訪れていた。

警備員をしている本間が非番の日だった。

リビングに通された本間は部屋のなかに違和感を覚えた。

片付いているようで乱雑さがある。

ゴミ箱のなかに無造作にカップ麺の容器が捨てられていた。

本間の家族は4人で、夫婦と子供ふたりである。

数多くの家庭のなかに踏み込んだ経験があるが、まともな家族の家のなかは掃除が苦手の妻がいる場合の乱雑さと、何らかの中毒を持っている家族の家の乱雑さとは違いがあった。

本間の家のなかはそうした違和感のある乱雑さだった。

一応、生活安全課に本間の家族で問題を起こしたことがあるかどうかの確認はしてきたが、家族のなかで逮捕歴のあるものはいなかった。

そして気になったのが本間の痩せすぎた体つきと頬骨が飛び出すくらいとがったような顔つきだった。

目だけが鋭く光っている。


「明らかに薬中ですね」

帰り道生駒が深津に囁いた。

「そうだな。女房も同じくという感じだ」

他の班は久保山のところにも行って周辺取材をすると面白い話が聞けたということだった。

「久保山はギャンブルが好きで、サラ金からも多額の借金をしていたようなのですが、最近それらの借金をきれいに返済したそうなのです」

と捜査員から報告が上がった。


「合田からの口止めの金をもらったからなのではないでしょうか」

「じゃあ、まず久保山からたたくか」

管理官は深津たちの久保山の捜査を指示した。

だがいきなり直当たりはしないで、まず行動確認をしてからということになった。

久保山は普通の会社員だから定時に出社して、残業でよほど遅くならないかぎり午後10時までには家に帰る。

週に1回は麻雀をしているがそれは合田夫妻と、本間たちとだけだった。

その他の日はパチンコやスロットだった。

密着していた捜査員によるとパチンコでは一日に数万円を平気で使うらしい。

会社の同僚によれば競艇も大好きで競艇場に足を運ぶことはないようだが、ネットで舟券を買っているらしい。

それも一日に数万円は軽く使うという。

「久保山がギャンブルに使う金は一週間に数十万円規模になりそうです」

捜査員からの報告を受けた管理官は深津たちに指示を出した。

「直当たりしてみよう」


次の日、会社から帰る久保山に深津たちは静かに近づいていた。

「久保山さん」

久保山は少し驚いたような顔をした。

かけているメガネがずり下がった。

「あなたはギャンブルにかなりお金を使っている。その金はどう工面しているのですか」

単刀直入に聞いたので、一瞬唖然とした表情をしたのだが、すぐに真顔になった。

「小遣いをためて使っているんですよ。会社勤めはストレスが多いですからね」

「それにしては一週間に数十万円も使うのはおかしいですね」

「それは・・・・」

「詳しいことをお聞きしたいので署のほうに来ていただきませんか」


深津はまだ「任意同行」の指示は受けていなかったのだが、永年の刑事の勘で、久保山がその日に落とせると踏んだのである。





#36に続く。




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