第29話

石橋薫の元交際相手の宮川達也に15年前のことを聞きにきていた河野たちは、宮川から当時の状況を聞くことでだいたいのことは分かりかけてきた。

被害者の高校生の親から脅迫まがいのことをされていて、そのことで一番ダメージを受けていたのが石橋薫だということも分かってきた。

「彼女は幼いころから非常にナイーブな性格だったらしく、特に人に言われたことに敏感に反応するタイプの人でした。ですから被害者の親からあなたたちが息子を死なせたと攻撃されて相当なショックを受けていたのです。元来不眠症で睡眠薬を常用していましたから不安定な精神状態がエスカレートしていったのです」

宮川は苦渋の表情を浮かべていた。

「立ち入ったことを伺いますが、石橋さんと別れたことはそのことと関係しているのでしょうか」

「そうですね。私からの電話にまったく出なくなって、心配して家まで行ったのですが会うことも出来なかったのです。そんな状態が1ヶ月以上も続いて、ある日私の会社まで彼女が来まして、手紙を渡されたのです。それにはお別れしますとだけ書かれていました」

「理由は何て書かれていましたか」

「理由なんて何も書かれてはいませんでした」

「あなたは納得しましたか」

「もちろん納得なんかしていませんでした。ですがまったく連絡は取れないし、手紙を送りましたが返事もないですし、そのうち私のほうが根負けしてしまい、別れようと納得したわけです」

「それっきりですか」

「そうです」

「理解出来ませんね」

「人からみるとそうでしょうね」

宮川は大きくため息をついた。

いったい、石橋薫に何が起きたのであろうか。

それが分からなかった。

救急車を呼ばなかったことで被害者の親から攻撃された。

それで結婚までしようと思った相手とすんなり別れるという精神状態とは何だったのか。

それとも別の何かがあるのだろうか。

河野は深い沼に足を取られて身動きできないような気持ちになっていた。

「事件の謎が深まりましたね」

窪中も困惑しているようだった。

「石橋薫は非常にデリケートな女性で、自分たちが被害者を殺してしまったと懺悔の気持ちが自分に対する嫌悪に繋がったのかも知れない。それで自分に罰を受けるつもりで恋人に別れを告げた」

「それは分かるような気がしますが、それなら杉原さんや奥山さんが殺されたことで次は自分の番だと恐くなって逃げ出したということが少し理解できません」

「年月かも知れない。時間が経つことで自分は悪くないという意識が目覚めたのかも知れない。それで犯人が殺しに来るという恐怖感が沸いたきたのかも知れない」

「そうなると犯人は高校生の被害者の親ということになりますね」

「被害者の親たちにはアリバイがあったんだな」

「そうですよ。だから当初から捜査対象から外れています。だいたい、事件から15年も経っているのにどうしていまごろになって復讐するのですか」

「そう考えるとこのヤマの真相が分からなくなる」

「まったくです」

河野と窪中は頭を抱えていた。



#30に続く。




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