第28話
石橋薫が交際していた男は宮川達也と言う名前だった。
年齢は62歳。
住所はさいたま市大塚だった。
京浜東北線の蕨駅から約2キロ住宅地に住んでいた。
調べでは、15年前には銀行に勤めていた。
融資などの関係で2歳年下の石橋薫と知り合い交際していたことになっていた。
二人の仲はかなり親密で、結婚も近いと周囲では見られていた。
だが、15年前に起きた高校生殺人事件をさかいに二人の仲は急速冷めていき別れることになったということまでは分かっていた。
宮川の家は住宅地のなかにあった。
銀行を早期退職して、今は無職か何らかの仕事をしているのかまでは分かっていない。
河野は家のチャイムを鳴らした。
中から奥さんらしい女性が出てきた。
「ご主人は宮川達也さんですか」
「はい、そうですが」
女性は怪訝な顔をして深津を見ていた。
「我々は埼玉県警の捜査1課のものです」
バッジを見せた。
妻とおぼしき女性は目を見開いた。
「どうしたのでしょうか」
「ある事件に関わることでご主人にお話を伺いたいと思いまして、突然ですがおじゃましました」
妻らしき女性は顔面が強張った。
「少しお待ちください」
と言って家のなかに戻っていった。
なかから「あなた」という声が聞こえてきた。
しばらくすると白髪の男性が姿を現した。
「宮川達也さんですか」
「はいそうですが」
「石橋薫さんという方をご存知ですね」
宮川の顔が曇った。
「はい」
どう答えていいのか分からない表情をしていた。
「じつはある事件で石橋さんが関係しているのかも知れません、そこで15年前のことでお話を伺いたいのです」
宮川は困惑した表情になった。
「お時間はそんなにいただきません、あくまでも参考のためです」
「ではお入りください」
河野と窪中は家になかに通された。
リビングにあるソファに腰掛ける。妻がお茶を運んできた。
「突然の訪問でご迷惑をかけます」
まったくそのとおりだという顔を宮川はあからさまにした。
「15年前、結婚寸前だったというお話を伺いましたけれど」
「妻のいる前でぶしつけですね」
「ご迷惑なのは重々承知しております。しかし、実は石橋さんが行方不明になっておりまして、捜査員全員で行方を追っております」
「どんな事件なのですか」
「連続殺人事件です」
宮川の表情に恐怖の色が出た。
「まさか」
「まさかと言いますと」
宮川は沈黙した。
「どうかお話くださいませんか」
しばらく沈黙した後に思い切ったようにしゃべりだした。
「石橋さんのことは妻にも話しているのでご心配はいりませんが、彼女とは15年前の事件以降どんどん関係が悪くなりまして」
「悪くなったとうと」
「うつ状態で、家から出ないようになったのです。私からの電話にも出ないようになりまして」
「どうしてそうなったのでしょうか」
「一週間ほどして彼女とやっと会えたのですが、何でも被害者の高校生を見殺しにされたと被害者の親から中傷されていたというのです」
「どんなことをされたのですか」
「石橋さんはマンションの1階に住んでいてその日は体の具合が悪くなって会社を休んで寝ていたそうなのです。夕方になってチャイムが鳴って出てみると同じマンションに住んでいて仲が良かった人が若者たちが何か揉めていて恐くてマンションから出られないというので、仕方なくマンションのエントランスに行ってみると、マンションの入り口付近に男の子がナイフがお腹に刺さったまま倒れていたそうなんです。ひとりの人がすぐに交番に知らせようと言って駆け出したそうです。残された石橋さんともうひとりの人は呆然として立ち尽くしていたそうです。男の子は苦しがっていたそうです。すぐに救急車を呼べばよかったのに、ふたりは恐怖心で一歩も動けなかったそうです。結局交番のお巡りさんが来たころには男の子はぴたりとも動かなくなっていて、お巡りさんが救急車を呼んだのですがそのときはもう死んでいたということだったのです」
深津は高校生殺人事件の概要がはっきりと分かったような気がしていた。
#29に続く。
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