第27話

失踪した石橋薫の唯一ともいえる友人の佐川という老女に河野たちは話しを聞いていた。

佐川よしのという老女は80歳を超えているようで白髪の上品そうな女性だった。

コーラス愛好会で石橋薫と仲が良くなったということだった。

「石橋さんはおひとりでしょ。あるときこれまでに結婚を考えたことがなかったのかどうか聞いたことがあったのよ。そうしたらあったというのね。それは15年前だということで、ちょうど42歳ころだったそうです」

15年前というとさいたま市で起きた高校生殺人事件が起きた頃だ。

「そのときあることが起きて、結婚どころではなくなったというのです。心に激しい動揺があって、うつ状態が続いて結婚しようと思った相手が去っていったというのです」

河野は背筋に冷たいものが湧き上がるのを感じた。

「杉原さんと奥山さんとはそのころからの知り合いだと言っていたわ」

「それを聞いたのはいつでしたか」

「殺人事件が起きてから最初のコーラスの集まりだったわ」

「やはり皆さんが事件の話題をしていたからでしょうか」

「そうだったのだと思います。でもそのときの石橋さんの顔色がもの凄く白いというか、顔色がなかったというかそんな感じだったのです」

「杉原さんと奥山さんの話はどんなことだったのですか」

「詳しくは話しませんでした。ただ、知り合いだったということです」

「いつごろからの知り合いだったと言っていましたか」

「それも言いませんでした。こちらもああそうですかっていう感じでしたしね」

これは重要な証言だった。

石橋薫と杉原理恵、奥山奈津子が繋がったのだ。


捜査会議で報告すると、被害者たちの旧住所であるさいたま市のマンションの担当である深津たちがこの情報に飛びついた。

吉野の捜査に決定打を見出せていない捜査本部には新たに石橋薫という容疑者が浮上したのだ。

「結婚をダメになった要因がもしかするとこの事件の鍵なのかも知れません」

深津は会議で立ち上がって発言していた。

吉野をホンボシとして追っていた深津たちの発想の転換点になったようでもあった。

「だが、やはり吉野が緑ヶ丘に出現していたことは重要な要素だ。吉野の捜査は継続しながら、石橋薫の行方を徹底的に追うぞ」

管理官はそう言って捜査会議を締めた。


深津は河野を捕まえて話し込んでいた。

「石橋と吉野の共謀ということはありませんか」

「それよりまず石橋の破談について捜査してみなければならないだろう」

「そちらは河野さんにお任せします」

「我々だけでは手が足りない。深津さんたちはマンションに行ってもらって石橋のことを調べてください。我々は石橋の交友関係を洗います」


深津たちと河野たちはさいたま市に向かった。

河野たちはその当時石橋薫が勤めていた不動産屋に行った。

駅前にあるビルの1階を全部店舗にしている大きな不動産屋だった。

当時を知る古手の女性社員に話しを聞くことが出来た。

「石橋さんが付き合っていたのは、お客さんだった人です。確か石橋さんより年下だったと思います」

「その方はどちらにお住まいか知ってませんか」

「まだそこに住んでいるかどうかは分かりませんが、調べましょう」

その男は東京の会社に勤めるサラリーマンだった。

契約書が残っていて、住所も本籍地、勤め先まで記載されていた。

15年以上も昔の賃貸契約書が残っていたことは幸運だった。

河野たちはとりあえず記載されている住所に向かった。






#28に続く。



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