第26話

西三郷署の深津は自宅で数時間休養して、また捜査本部に戻った。

「吉野がホンボシという状況証拠も何もない時点で、彼だけに絞るのは早いのではないですか」

と管理官に進言したのは県警本部の捜査1課の河野だった。

「もちろんだ、現時点で一番ホシの臭いがするのは吉野だろ」

「そうですが、他の可能性も同時に捜査を続けさせてください」

「分かった、それでどの線を狙うのだ」

「姿を消した石橋薫が気になります」

「確かにな、自分が狙われているから姿を消したというのが印象だが、自分がやったから逃げたという可能性もある」


河野たちはすぐに緑ヶ丘住宅に向かった。

まず自治会長の春日の家に行った。

自治会長に理由を話して協力してもらわなければならない。

自治会というものはそういうものである。

自治会を無視して住宅地に地どり捜査をすることはプラスにはならないことは所轄の刑事たちの常識であった。

「石橋さんと親しい人ですか。それなら5丁目の役員の人にまず聞いてみましょう。私は石橋さんとは面識はありますが、話したことはありませんので」

春日はその役員に電話をした。

それによると、石橋薫は結婚もしていないし、子供もいない、しかも賃貸に住んでいたので自治会活動に参加していなかったのだが、一年に一度行われる「緑ヶ丘祭り」には参加しているということだった。

それは石橋はコーラスグループに入っていたためである。

緑ヶ丘住宅には自治会を中心とした様々なサークル活動がある。

ゴルフ愛好会とかヨガサークルなど自治会館を使って行われるサークル活動が盛んだった。

石橋は数年前からコーラスサークルに入っており、週に1回行われていた練習にも必ず出てきているとのことだった。

サークルのなかに石橋と親しい人物がいるのかも知れない。

ただ、被害者の杉原と奥山はサークルには入っていなかった。

「コーラスサークルにいる知り合いの役員さんに聞いてみましょうか」

春日は電話をした。

「その方はかなりのご高齢で、足が悪いので自治会館へはひとりでは来れないそうです。確認しましたが、その方が石橋さんと仲が良くて、サークルの練習など家が近いので石橋さんが自分のクルマに乗せて連れていっていたそうです。話を聞きに行きますか」

「はい、ぜひお願いします」

春日をクルマに同情させて河野はその老女の家に向かった。

5丁目にあるその家は、佐川という表札があった。

「数年前にご主人を亡くされてひとり暮らしだそうです」

春日は河野たちに説明をした。

チャイムを鳴らすと小柄な老女が現れた。

足が悪いということだったが、少し歩くくらいなことは問題がなさそうだった。


春日は河野たちを紹介して自宅に帰っていった。

佐川ちさという老女は石橋さんにはいつもお世話になっていたので、いきなりいなくなったことにかなりショックを受けていたようだった。

サークルへ連れていってもらっただけではなく、石橋に時間のあるときにはスーパーなどにも連れていってもらい買い物をしたとか、たまには外食も一緒にするほどの仲だったという。

「あの人が命を狙われているというのは本当ですか」

「その可能性があります」

「恐い世の中ですね」

「石橋さんから亡くなられた杉原さんや奥山さんの話を聞かれたことはありますか」「ありますよ」

河野は意外に早く核心に近づいたことに驚いた。

「どんなことを話していたか、思い出す範囲ですべて聞かせていただけますでしょうか」

老女はしばらく一点を見つめていたがすぐに語り始めた。





#27に続く。




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