第23話

緑ヶ丘住宅の公園で確保された不審な男は、ひとこともしゃべらないうちに警察から開放された。

捜査側としては、事件当日不審者を目撃した高校生の少年に、隠し撮りした不審者の写真を見せたところ、そのときは顔をはっきりと見ていないので、確信は持てないが、背格好は似ているという証言もあったので、本当は警察に差し止めて、何らかをしゃべらせたかったのだが、不審者だというだけで何の法律的な容疑がないので仕方なく放したのである。

カッターとか棒とか何らかの凶器になりそうなものでも所持していたら「銃刀法違反容疑」で何日間か留置できるのだが、財布さえ持っていなかったので仕方なかった。


警察車両で送られた男は、自分のアパートの前で降りた。

緑ヶ丘住宅からは数キロのところだった。

部屋の番号を確認すると管理会社に住んでいる住人の確認をした。

するとそこには42歳の女が住んでおり、同居人はいないということだった。

「色の部屋かな」

深津は首をかしげた。

「自分のヤサでないとすると、奴の名前はすぐには分かりませんね」

「そうだな、逮捕歴もないから名前が分からないからな。とりあえず、行動確認の体制を本部に作ってもらおう。俺たちは別の捜査をしなくてはならない」

深津はそのむねを本部に要請した。

交代になる捜査員がやってきて、深津たちは署に戻った。


次の日、石橋薫がいなくなった。

行動確認の班の目を盗んで家からいなくなったのである。

家の前にクルマを停めてあからさまな行動確認をしていた捜査本部の捜査員が緊張感が緩む明け方の時間に庭のほうから見つからないように家を出たようだった。

張り込んでいた捜査員がいなくなったことを気が付いたのはその日の夕方だった。

本来ならばパートに出る日なのに出ていかなかったので、体調不良なので寝ているのかと思ったのだが、夕方まで窓のカーテンが開かなかったので部屋を訪ねてチャイムを押しても何の反応もなかったので、事前に管理会社から預かった合鍵を使って中に入ってみると誰もいなかったというわけである。


本部の河野刑事は石橋薫の担当だったので大いに慌てた。

「どうして姿を消したのかな」

管理官が顔を歪めた。

「やはり事件に何らかの関係があるのでしょうか」

「いや、今度は自分が狙われているという恐怖感から逃げたんじゃないか」

「だってあんなにあからさまに警察が張っているのにですか」

「警察を信用してないんじゃないか」


とにかく行方を追わなければならない。

河野たちはとりあえずパートで働いているスーパーマーケットに向かった。


そのスーパーは駅のすぐ前にある小規模な店だった。

店長がまだいたので聞いてみるとその日は無断欠勤だった。

連絡も来ていないし、連絡も取れないという。

仲の良い仲間がいるというので、その女性に話を聞いてみたが、プライバシーのことは何も知らないという。

旦那さんがいるとは聞いていたが、どんな職業かとかそういう自分の話になると話をそらすのだという。

結局パートの現場からは何の情報もなかった。

それどころか、せっかく勤めているパート先を無断欠席するということはもう緑ヶ丘には帰らないつもりなのかも知れない。


捜査本部は重大なミスを犯したことになった。

本部長も管理官も頭を抱えた。

「もしこれで石橋薫に何かあれば警察の威信は失墜するぞ」

本部長は顔を赤らめて怒りを露にした。

「とにかく石橋薫の行方を追え」

管理官は捜査員にはっぱをかけていた。


石橋薫の知り合いや親族たちに聞きこみをかけて行方を追っていた。

それと同時に不審者の男の行動確認も行われていたのだが、アパートに入ったまましばらくは出てこなかった。

「同居している女に直あたりしましょうか」

捜査員はそう提案した。

管理官は少し悩んだが、直あたりに同意した。

捜査員は外に出てきた女に声をかけた。





#24に続く。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る