第22話
緑ヶ丘住宅の公園で取り押さえられた不審者は、所轄の西三郷署に連行されていた。腕に軽症を負っていたので、応急処置をされ、取調室に座らされていた。
取調べを担当するのは、本部の捜査1課、河野刑事と窪田刑事だった。
男は身長170センチくらいで中肉中背。
年の頃は30歳前後だった。
身につけていた唯一のものである財布には身分を証明するものは何もなかった。
「名前を聞かしてもらおうか」
「・・・・・」
何も答えない。首をうなだれて、正面の河野刑事の顔をけっして見ない。
「何で公園にいたんだ」
「・・・・・」
「黙秘するのか」
「・・・・・」
微動だにしない。
「君が口を開かれなければ何も始まらないよ。時間だけ過ぎるだけだよ」
「・・・・・」
隣室でモニターを見ていた管理官の松野は、ため息をついた。
「時間がかかりそうだな。とりあえず、DNA鑑定を済ませよう」
第1と第2の殺人事件には証拠になるようなDNAは検出されなかった。
被害者が非力な老人女性だったけいもあるし、刃物の扱いに慣れた人物だったらしいので、自らは何の怪我もなく一突きで殺害を実行したらしいことが分かっていた。
そのために殺しのプロの犯行の可能性も指摘されたほどだった。
男は素直にDNAの採取に協力した。
だが相変わらずひとこともしゃべらない。
3時間が経過した。
取調室にいた河野を管理官が呼び出した。
「容疑事実が弱いので、拘留できる材料がないぞ。何とか口を開かせられないだろうかな」
「ただの不審者というだけですからね。難しいですよ」
「一度帰して行動確認をするか」
「それも手ですね」
取調べ室に戻った河野は優しい声で男に語りかけた。
「君がどうして黙秘を続けているのか分からないが、知っているかもしれないが、付近で2つの殺人事件が起きているんだ。しかも、ある人が事件直後、君が公園にいたことは目撃されているんだ。何もしゃべらなければ君がその事件の重要参考人として捜査対象になることになるがそれでもいいんだな」
「・・・・・」
うつむいていて、表情はよく分からないが動じている様子はなかった。
午後5時に署に連行してきてから6時間経った。
管理官は男を放すことに決めた。
「今日のところは帰ってもらう。自宅まで送るのでパトカーに乗ってもらうぞ」
「・・・・」
男は黙って頷いた。
初めて河野の言葉に反応したのだ。
PA(パトカー)に乗せて西三郷署を離れる。
後には河野たちが乗ったクルマがぴたりと付く。
国道を北上して、30分くらい走ったところでPAが停まった。
そこは大きな川の土手下の住宅街だった。
緑ヶ丘住宅から南西に5キロくらいのところだった。
工場や倉庫がある地域に近い住宅街である。
古い木造のアパートの前だった。
男はPAから出るとアパートに向かった。
階段を昇っていく。
河野たちもクルマから降りた。
男は階段を昇ってふたつめの部屋に入った。
ドアの前まで行って確認するとどこにも名前のある掲示物はなかった。
202号室だということだけが分かった。
アパートの側面に管理している不動産屋の看板があった。
「すぐに確認しろ」
河野は生駒に指示した。
#23に続く。
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