第10話

富松秀和は高校から家まで自転車で通っている。

その日も午後4時に学校を出て、家までの道を走っていた。

二年生の夏休み前に所属していたバスケットボール部をやめて、今では週に2回の予備校通いが日課で、それ以外の日は寄り道もせずにまっすぐ帰宅する。

学校から緑ヶ丘3丁目の自宅まで30分ほどかかる。

国道に出てから大きな公園のなかを通り、途中のコンビニで夜食用のお菓子を買う。それからきつい坂を登って緑ヶ丘に着く。


午後4時30分ころ、5丁目の公園の端のベンチに座っている人を見かけた。

フードの付いた上着を着て、顔を隠しているので変な人だなと思ったがそのまま通り過ぎていた。


「おかえり」

母親の佳実が声をかけた。

秀和はそれには答えず2階の自分の部屋に入った。

バックを投げ出し、ベッドに倒れこんだ。

「あー」

思わず声が出た。

そのまま目を瞑るとさっき見た変な奴のことが頭に浮かんできた。

フードをかぶってベンチに座っている姿があまりにも異様で遮ろうとしても何度もその姿が出てきた。

いてもたってもいられなくなってリビングでテレビを見ている母親のとこにいった。「ご飯は6時よ」

「分かってるよ」

「それより大変だったのよ」

「えっ」

「5丁目で殺人事件があったのよ」

「本当かよ」

「一人暮らしのおばあさんが殺されたんだって」


秀和は息を飲んだ。

「怖いよね。まだ犯人は捕まってないようよ」

「テレビ局とか来ているのかなあ」

「見てきたけど凄い人出だったわよ」


こんな何でもない住宅街で殺人事件が起きるなんて信じられないと秀和は思ったが同時にさっき見た変な人物のことを母親に話そうかどうか迷った。

「あなたも学校へ行くときに注意しなさいよ」

「そういえば公園で変な奴を見たんだ」

「えっ、何よそれ」

「フードをかぶって顔を隠した奴がベンチに座っていた」

「男だった、それとも女」

「男みたいな格好していたけど、分からなかった」

「年齢は」

「一瞬だったから」

「それは警察に話したほうがいいわよ」

「嫌だよそんなこと」

「だって事件なのよ。警察に協力しなければね」

「何でもない人だったら恨まれるだろ」

「ちょっと見に行こうか」

「大丈夫かよ」

「行ってみよう」


秀和は渋々家を出た。

変な人物がいた公園に行ってみたが、犬の散歩をしているおじさんがひとりいるだけだった。

「誰もいないわね」

「そうだろ、もし犯人だったらこんなところでのんびりしているものか」


ふたりのすぐそばにパトカーが停まった。

中から制服を着た警察官が出てきた。

「どうかしましたか」

「この子が変な人を見たというので調べに来たのです」

母親は警察官に訴えた。

「どんな人でしたか」

秀和は見たとおりのことを警察官に話した。

警察官は聞いたことを手帳に書き、秀和の住所をメモしてパトカーに戻って去っていった。


夕飯を食べてから部屋に戻った秀和は参考書を開いて勉強をしていた。

時刻は午後10時ころのことだった。

ふと秀和は何かを感じた。

それは何か分からない突然の不安感なようなものだった。

誰かに監視されているかも知れない。

そう感じたのだ。

立ち上がって窓に近づきカーテンを少し開けた。

薄暗い道が見えた。

街灯がおぼろげに光っていた。

目を凝らすと電信柱のところに黒い人影があった。

よく見えなかったがその影が動いた。

秀和の動きに気づいたのだろうか。

ゆっくりと歩いて去っていった。

どんな服装か分からなかったが、ズボンをはいていることだけは分かった。


秀和は急いで階段を下りていった。

妹と母親がリビングでテレビを見ていた。

「かあさん、表に変な奴がいた」

「何ですって」

「怖い」

妹は母親の手を握った。


母親は電話機を持ち110番に通報した。

5分もかからずパトカーが到着した。

制服の警官と私服の刑事ふたりがやって来た。




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