第8話
第1回の捜査会議のあと、所轄の西三郷署では捜査本部作りが行われていた。
本部からは20人の捜査員が派遣され、所轄と合わせれば50人体制で捜査に臨むことになるので、庶務課や警備だけでなく、刑事たちも椅子や机の運び出しに追われていた。
時間は午後7時。
聞き込みを終えた捜査員がそろそろ戻ってくる時間だった。
いつも頼んでいる仕出し屋の弁当が届いた。
それを手分けして捜査本部の机に並べていく。
この弁当にありつけるのは刑事たちだけだった。
パトロールに当たっている地域課や鑑識は自分たちで遣り繰りして食事を取らなくてはならない。
午後8時すぎに深津たちは戻ってきた。
机に並べられた弁当を見て「まだ手はつけられませんね」と生駒が恨めしそうな顔をする。
「全員が戻ってくるまでは駄目だな。こんなことならコンビニに寄ってパンくらい食べておけばよかったな」
「そうですよ。ふかさん真面目だから」
生駒と組んで2年になる。
地域課のポリだった生駒が念願だった刑事課に着任したころは張り切っていて生意気でどうしようもなかったのだが、深津はやりすぎくらいに厳しく生駒を教育した。
さりとて、重大事件の少ない所轄だから、本格的な刑事教育はこの事件からということになる。
捜査員たちが全員戻ってきたのは午後9時ちょっと前だった。
捜査本部長として捜査本部に乗り込んできたのは、捜査1課の管理官である星谷警視だった。
「夕食をとってから会議を始める」と号令がかかった。
「もう待てなかったぞ」
深津は思わず声にして回りを見回したが、それぞれが早く弁当にありとこうと必死で、誰も深津のことなど気にしていないようだった。
食べ終わると、会議が始まった。
被害者の氏名年齢略歴などがまず紹介され、それぞれの刑事たちからの聞き込み情報が確認された。
被害者の杉原理恵は75歳で、5年前に夫を亡くし、子供がいなかったので独り暮らしだった。
親族が北海道にいるのだが、交通の都合で今日はこちらに来れないということで明日の一番の飛行機でやってくることになる。
遺体は司法解剖のために大学病院に搬送されており、そちらで遺体確認をすることになる。
鑑識によれば、殺人現場は被害者の家の台所で、背後から紐状のもので強く締め付けられたことによる窒息死の可能性が高く、抵抗の後は見られない。
室内には犯行を匂わすものは何も無い。
第一発見者によれば玄関が開け放たれていて、靴や傘が散乱していたところから、犯人は慌てて玄関から逃げたと思われる。
近所の聞き込みではほとんど何の成果もなかった。
犯行時間帯に被害者宅からは物音は聞こえなかったというし、不審者の情報も無かった。
「本事案はこれまでの捜査では難航が予想される、流し怨恨などありとあらゆる可能性がある。こだわりを持たずに地道に努力してもらいたい。そして出来るだけ早期に案件の処理を終えるように望む」
と管理官から締めの挨拶があって、所轄の当番刑事と本部からやって来た刑事たちが寝具が並べられている稽古場に行って就寝の用意をした。
翌日は、秋のいい晴れ間だった。
深津たちは関連捜査として、被害者が緑ヶ丘住宅に来る前に住んでいたさいたま市のマンションに向かった。
被害者の杉原理恵は緑ヶ丘住宅に越してきたのは12年前だった。
それまで住んでいたさいたま市のマンションを売って緑ヶ丘に越してきたのだという。
さいたま市には20年以上は住んでいたというから、被害者のことを知る人物がいるのではないかということで来たのである。
マンションは駅から歩いて10分ほどの街道沿いに建っていた。
10階建ての堂々とした建物である。
管理組合がしっかりしているのか、入り口からエレベーターホールまで掃除が行き届いていた。
1階の一番入り口に近い部屋のチャイムを鳴らした。
中からは70歳くらいの女性が出てきた。
「西三郷署のものですが、こちらに12年前まで住んでいた杉原さんという人のことをご存知ですか」
深津は丁寧に質問をした。
「知っていますよ。私はこちらに30年以上住んでいますから。でも私よりここの管理組合長の人はたしか杉原さんのご主人と同じ会社だったと思いますから、そちらに行かれたらいかがですか」
「何号室でしょうか」
「8階の812号です。福田さんというお宅です」
「ありがとうございました」
ふたりはエレベーターに向かった。
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