第7話
死体が発見された5丁目の家から急いで帰ってきた春田政宏は、自室の机のなかから名刺を取り出した。
西三郷署の生活安全課の本多刑事の名刺にある電話番号に電話をすると、幸いに本多は署にいた。
「先日、防犯講習でお世話になった緑ヶ丘住宅の自治会長の春田です」
少し間があったが
「はいはい、お疲れ様です。今日はどのようなご用件でしょうか」
「お忙しいところまことに申し訳ないのですが、うちの団地で起きた事件について教えていただきたいと思いまして」
「なんでですか」
「自治会長として、少しでも警察の役に立ちたいというのもありますし、自治会長として現状を把握して住民のみなさんのケアをしたいと思いまして」
「なるほど、しかし私は捜査には加わっていませんので、詳細は分かりませんが、事件だということは聞いています」
「それは殺人事件でしょうか」
「そうかも知れません」
「だとすると、しばらく規制線は外れませんね」
「いつまでかは分かりませんが、しばらくは周辺の住民の方に不自由な思いをさせることになる可能性もあります。これ以上は捜査に関わることになるのでお話できません」
「ありがとうございました」
礼を言って電話を切った。
すぐに副会長の井村に電話をした。
「今警察の人に聞いたのですけど、やはり殺人事件のようですね」
「分かりました、すぐに防犯委員の方に連絡します」
「事件となると犯人がまだ住宅街のなかにいる可能性もあります。防犯委員の人ともう一度現場に行って近所の方に注意をするようにしますか」
「そうですね。もしそうなると怖いですね」
「防犯委員の方と連絡が取れたら電話をください、それから現場で落ち合いましょう」
しばらくすると井村から電話が来た。
「防犯委員の大山さんと連絡が取れました。20分後に5丁目の現場ではどうですか」
「じゃあ、20分後に」
春田政宏が5丁目に着いたころには、マスコミの車両も数台来ていて、ビデオカメラを構えた取材の人たちが数人来ていた。
規制線まで近づくと白いシャツをきた背の高い若い男が寄ってきた。
「ご近所の方ですか」
「いえ、この住宅地の自治会のものです」
「亡くなられた杉原さんとお知り合いですか」
「知り合いではありません。自治会として周辺の方の状況を確かめに来ただけです」それを聞いた男は名刺も出さずに離れていった。
マスコミは興味の無い人間には冷たいのだと思った。
「お待たせしました」
井村と防犯委員の大山がやって来た。
すぐにさっき白いシャツを着た男がふたりに声をかけた。
「被害者の方とお知り合いですか」
「いえ、私たちは自治会の役員です。ご近所のかたの様子を見にきただけです」
また同じかという顔をして男は去っていった。
春田政宏たちは、規制線の側に立っている警官に話しかけた。
「私たちはここの自治会の役員のものです。ご近所の方が心配なので入らせてもらえませんか」
まだ20歳そこそこの若い警官は
「お待ちください」
と言って無線で誰かに聞いていた。
「それぞれの方のお名前と住所を聞かせてください」
春田政宏たちは名前を住所を言った。
警官はそれを手帳に書き留めた。
「しばらくお待ちください」
そう言うと現場の方向を見ていた。
少しすると現場の家のなかから刑事らしき男が出てきた。
「私が同行しますがよろしいでしょうか」
刑事は西三郷署の工藤と名乗った。
規制線のなかの住宅1軒一軒訪ねていった。
ほとんどが定年を迎えている高齢者ばかりであったが、1軒だけ中学生の子供がいる家があった。
「まだ事件が解決していないので子供さんの登下校のときは良く注意してください」と若い母親に注意を促した。
その母親によると、中学生は兄と妹で、3年生と1年生だという。
クラブ活動のために帰宅時間が午後6時すぎになるらしい。
「よろしければ学校に電話をしてお兄さんと妹さんふたりで一緒に帰宅するように伝えたらどうでしょうか」と母親に忠告すると自分がクルマで迎えに行くということだった。
他の家の反応もおのおの恐怖心を抱いているようだった。
「何かあったらすぐに警察に連絡してください。自治会のほうでも支援しますのでなんでも相談してください」
気が付けば午後4時になっていた。
小学校から多くの児童が帰る時間だった。
緑ヶ丘住宅に隣接する団地にはまだ多くの子育て世代がいるので、その子供たちだった。
緑ヶ丘だけの子供だったらとっくに廃校になっていたはずだった。
「バス通りで子供たちを見守りましょう」
三人は歩道にたち帰る子供たちに挨拶をして帰ってゆく姿を最後の子が去るまでいつづけた。
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