第6話
緑ヶ丘住宅自治会長の春田政宏は、その日は自治会の用事もないので、自宅でのんびりと趣味の囲碁をパソコンで研究していた。
午前11時ころ、スマホが鳴っていたので取り上げると副会長の井村からだった。「五丁目で人が亡くなっているのが見つかったそうです」
「えっ、何ですって」
「人が殺されたみたいなんですよ」
「えっえええ」
春田は言葉が一瞬止まった。
だが、すぐにいつもの冷静さを取り戻した。
「発見者は?」
「近所の人らしいですよ。警察のクルマがいっぱい止まっているみたいです」
「どなたが亡くなられたのですか」
「分かりません」
「防犯委員の方に連絡をとってください。私も現場に向かいますが、防犯委員の方もどなたか来ていただけると良いのですが」
「私も行きます」
「じゃあ、後で」
春田政宏は急いで着替えて家を出た。
妻の友里恵は社交ダンスの教室で出かけており留守だった。
春田政宏が住んでいるのは2丁目で、5丁目まで歩くと10分くらいかかるのだが、クルマを使うことは出来ないと思った。
現場付近には警察車両が多くて駐車できないであろうし、6丁目にある自治会館の駐車場もスペースが限られているので、迷惑になるかもしれない。
そう考えると、歩いていくのが正解だと考えた。
7丁目に住んでいる井村も徒歩で来るだろう。
やはり歩くしかないと5丁目に向かった。
5丁目は大きな公園をはさんだかたちになっており、緩やかな坂の中腹あたりに位置していた。
5丁目の真ん中にバス通りがあるが、一日に数本しか動いていないので、バス通りという名称も有名無実なものだった。
4丁目に入るころからサイレンの音が聞こえてきた。
音のほうにどんどん進むと小学校があり、どうやら現場は小学校の向かい側のようだった。
バス通りには異変を聞きつけた住人たちが現場に向かって歩いている。
平日の昼間なので、そう多くの人はいなかった。
知り合いにも出会わず現場近くまで歩いていくと、道路を塞ぐような形で黄色い規制線が張られていた。
そこには井村がすでに到着していて、規制線の先の現場になった家を見つめていた。
「井村さん」
背後から呼びかけると井村は振り向いた。
「どうやら事件のようですね。たんなる不審死ではなさそうですよ」
「そうですね、防犯委員の人はいなかったのですか」
「どなたも電話に出ていただけなくて」
「亡くなった方のお名前は聞きましたか」
「杉原さんというひとり暮らしの女性だそうです。さっきまでその方と交友がある的場さんという以前自治会の役員だった方がいらっしゃいましたから」
「その方にもう少し詳しくお話を伺いましょうか」
「そうですね」
「お宅はどちらになりますか」
「もう一本向こうの通りになります」
そういうと井村は歩き出した。
「いわゆる孤独死ではなく、誰かに殺されたということでしょうか」
「詳しくは分かりませんが、的場さんによると事件性があるかどうか捜査しなければならないということでした」
「大変なことになりましたね」
「こんなこと自治会始まって以来ですよ」
「空き巣ぐらいでしょ、ここ最近では」
「そうですね、以前は傷害事件とかもありましたけど、それは10年くらい前でしょうか」
的場と表札がある家の前に着いた。
チャイムを鳴らすと家のなかから的場という80歳以上の女性が現れた。
「すいません。自治会長の春田と申します。亡くなられた方のお知り合いということで少しお話を伺えればと思いまして」
「そうですか、大変なことになってしまって。あの方とは以前同じジムに通っていましてね。送迎のバスも一緒でしたし」
「どんな方だったのですか」
「何年か前にご主人を亡くされて、おひとり暮らしでしたけど、元気な方でしたよ。一週間前にうちの前でお会いしましたけど、毎日4キロは歩くと言ってました」
「それはお元気ですね。何歳くらいの方でしたか」
「たしか75歳だと思います。まだ若いでしよね。病気にもなっことが無いと言っていました」
「警察の人とお話されたんですよね」
「うちに突然訪ねてきたんですよ。西三郷署の刑事だということで、私は彼女と親しくしていましたので、知っていることを話しました。そのときに、不審死なので、事件性があるかどうか捜査中だということでした」
春田政宏はだいたいの話を聞いて的場の家を離れた。
「家に帰ってから西三郷署の生活安全課の刑事の人に電話をして詳しい話を聞きたいと思います」
「知り合いがいるのですか」
「以前、防犯相談について講習会を開いたでしょ。そのときの人です」
「そうでしたね。名刺をいただいたのですね」
「そうです、親しみやすそうな人だったので、話せる範囲で話してくれそうな気がします」
春田政宏は井村と別れて急いで家に戻った。
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