第2話
鬼のような顔で怒鳴り込んできた田所の怒声が会議室に響き渡った。「障害者エリアに停めてあるクルマをどけろ」防災委員のなかのひとりの男が立ち上がった。
すぐに駐車場に行ってクルマを別の場所に移動した。田所は怒鳴ってすぐに家に帰った。
「あの人障害者エリアに誰か停めたら必ず怒鳴り込んでくるそうよ。いつも見張っているのかしら」
「あの人平日もいるらしいから働いていないという噂だわよ」
防災委員のメンバーたちが田所の噂をしている。それを聞いていた春田政宏は、
「障害者エリアには出来るだけ停めないように注意するしかないでしょう。そうすれば彼は怒鳴り込む理由が無くなるわけですから」と委員のメンバーに向けて言葉を出した。
「それはそうですけど、狭くてそこしか停められないこともありますものね」
「そうよ。今日みたいにこの会議だけだったらいいんですけど、教室とかあれば来る人も多いですから」
そうだとすればそもそもクルマで来ることを禁止すればいいのだが、この住宅街には高齢者が多いので、自治会館まで歩いて20分かかる人もいるので、クルマで来るしかないということも事実だった。
世の中は高齢者の自動車事故が増加しているので「免許返上」が正義だという機運があるが、それは交通手段に困らない都会の話で、地方はもとより、首都圏のなかでもこの町のように最寄の駅から広すぎるぐらい広がった住宅地も多い。
市営のコミュニティバスはあるが1日に数本ではほとんど役に立たない。
そんな思いが政宏の脳裏に浮かんでは消えていた。
それにしても、田所は何であんなに目の色を変えて怒鳴り込んで来るのか。
「あの人は心の病気なのよ」と切り捨てる人も多い。
政宏はそのことを知りたいと思った。
もしかするとそのうち大きなトラブルを起こすのではないかという不安がよぎった。「田所さんとちゃんと話をしないとだめですね」
そう政宏は提案したが、誰も相槌は打ってくれなかった。そればかりか、あんな人とまともに話しをすることなんてありえないというような顔をされた。
「困りましたねえ」
「構わないことが一番じゃないですか」
「あの人は自治会の活動に参加したことはあるのかしら」
「奥さんは夜間パトロールには出ているみたいですよ」
「奥さんは普通の人なのですかね」
「そうらしいわ」
防災会議がみんなの話は田所のことばかりになってしまっていた。
自治会というのは同じ地域に住んでいるからといって仲良しこよしというわけにはいかない。
狭い地域でも様々な人間が住んでいるので、トラブルは必ずある。
それが事件になることも少なくない。
ニュースでも「近隣トラブル」に端緒にした殺人事件や傷害事件を見ることが多い。それが自治会長の政宏には心配だった。
防災会議が終わった。
委員のメンバーが帰ったあと、政宏は副会長の井村由起子に電話をした。
井村の家は自治会館のすぐそばだったから、話をしたいと思い、自治会館に来てくれないかという電話だった。
「ごめんなさい、娘が婚約者を連れてきているので、お父さんひとりでは間が持たないので、家から出られないんです」
井村由起子は前の自治会長だった。
自治会活動は自治会発足当時から関わってきた自治会の大先輩だった。
自治会の役員もしたことがなかった政宏にとっては、先生のような人だった。
歳は政宏とは10歳くらい年下なのだが、元々公務員だったことで、市役所との交渉などにも慣れていて、本当に心強い存在だったのだ。
「それじゃあまた連絡しますが、ちょっと心配なことがあって」
「分かりました、もしよければ明日の午前中ではどうでしょう」
次の日の朝10時に自治会館で会おうということになった。
次の日、自治会館の事務室で待っていると、井村由起子がやって来た。
「前の家の田所さんのことなのですが」
「多分その話だと思いました」
井村由起子は政宏がそのことで相談したいと思っていると予感していたのである。
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