第2話「イレイザ」



「あっ、初めまして、良雄君。私の名前はイレイザ。よろしくね♪」

「えぇ……」


 誰だこの女。どこから来たんだ。ていうか、さっきなんで消しゴムが光り出したんだ。どういう原理だ。光学や物理学とかよくわからないから誰か教えてくれ。


「はぁ……ほんとだらしないね、君。このゴミ片付けないの?」


 うるせぇよ。初対面の奴にそんなこと言うか、普通。いや、事実だから何も文句は言えないのだけども。女は足の踏み場を探してふらふらと飛び回る。


「アンタ誰だ?」

「言ったでしょ、イレイザだって」

「名前じゃねぇよ! 何もんだアンタ!」

「私は妖精よ。正確にはアナタの買った消しゴムを妖精化したものね」


 妖精? 何言ってんだこの女……。


「馬鹿にすんな! 妖精なんかいるわけねぇだろ」

「いるじゃん、ここに」


 イレイザと名乗る女は、自分を指差す。だから信じられるわけねぇだろ。俺は彼女の姿を今一度眺める。

 ストライプ状に引かれた黒と白と紺のワンピースを着ている。それ、あれだよな? m〇n〇の消しゴムのデザイン……。言っては悪いが、めちゃくちゃダサい。似合ってない。


 更にダサさを強調させているのは、頭に被った真っ白な水泳帽のようなもの。きっと角が丸くなった消しゴムを表してるんだろうが……パンツ被ってるみたいで気色悪いぞ。


「ちょっ、何ジロジロ見てんの! どうせ似合ってないなぁとか思ってんでしょ!」

「おぉ、自覚あったのか。自分の格好がダサいって」

「失礼な人ね! 初対面の者に向かって……」

「さっきのお前にそっくりそのまま返してぇよ、その言葉」


 頬をぷくーっと膨らませる女。何なんだ彼女は。彼女の言動にいちいち思考を狂わされる。


「私は君の人生を修正するために妖精になったのです♪」


 コイツ……まただらしないって言いやがった。いい加減にしろ。おっぱい揉むぞコラ。そういえば、さっき消しゴムが妖精化したとかどうどか言ってたな。どこまで頭ん中お花畑なんだ。

 確かに消しゴムを連想させるような格好をしているが、妖精とか普通信じるかよ。俺は突然現れた精神異常女に戸惑う。


「修正だと?」

「うん、君のだらしない人生をね。例えば……」


 とりあえず彼女のことは名乗っている通りイレイザと呼ぼう。イレイザは俺のゴミだらけの部屋を見渡す。そして、部屋の奥に積まれたゴミ袋の山へと飛んでいく。


 飛んでいく……? おい待て! 今イレイザの奴、ガチで飛んだぞ。


「見ててね!」


 イレイザはどこからともなくステッキを取り出し。華麗に振り回す。先端に消しゴムが付いた普通の白いステッキだ。これまたダサい。


「ア~チョトマチガエチャタ~ケシケ~シ! モノモノ~、ハァ~!」

「だせぇ呪文だな」


 俺は呆れつつも、ステッキから電撃が放たれたことに驚く。電撃はゴミ袋の山に当たる。


 ビビビビビビビビ……シュン!


「うぉ!?」


 なんと、あんなに山積みになっていたゴミ袋があっという間に消え去った。まるで最初からそこになかったかのように。マジでどういう原理だ!?


「すげぇ……」

「私は何でも消すことができるのよ。消しゴムのようにね♪」


 別に消しゴムが消せるのは字だけだし、イレイザの能力というよりステッキの能力なのではと思ったことは置いておこう。捨てるのが面倒だったゴミ袋は、跡形もなく片付けられた。


「さぁ、君の汚い部屋を綺麗にお掃除しちゃおう! せ~の、ア~チョトマチガエ……」

「また言うのか、その呪文……」


 消すのがステッキの能力なら、間違いなく呪文を唱えることは無意味だ。しかし、どこか楽しそうなイレイザを見ていると、不思議と心が和らいだ。代わりに掃除してくれるのも助かるしな。世紀末と呼ぶのにふさわしい俺の部屋は、みるみるうちに足の踏み場を取り戻していく。


「じゃ~ん、綺麗になりました~」

「すげぇな……」

「これでわかってくれた? 私が妖精だって」

「あぁ」


 こんな魔法みたいなもの見せられたら、信じるしかないよな。イレイザは溜まっていたゴミ袋だけでなく、壁や床にできていた染み、埃、その他の汚れを隅々まで消してくれた。まるで引っ越ししてきたばかりの頃のように、部屋はきらびやかに輝いていた。


「良雄君」

「ん?」

「何か言うことあるんじゃないの、私に」

「え?」


 イレイザは母親のように優しく、でも父親のような厳しい表情で訴えかけてくる。俺は伝えるべきことを思い出した。




「あ、ありがとう……」

「よろしい♪」


 イレイザはにっこりと笑った。息子の成長を喜ぶ母親のような笑顔だった。誰かに「ありがとう」なんて言うの久しぶりだな。俺は長らく忘れていた。助けてもらった人に感謝を伝えるのは、当たり前のことだということを。


「……」


 この時、俺は初めて自分の欠点を“直さなければいけない”と思った。


「あ、よかったらジュースでも飲むか? 菓子も出そう」

「ほんと!? ありがとう💕」


 子どものようにはしゃき出すイレイザ。なんだ、可愛いところあんじゃん。彼女の笑顔を見ると、何だか「ありがとう」を言うだけでは物足りないように思えてきた。戸棚にまだ菓子あったかな。


 ていうか、コイツほんとに可愛いな……///




 ジー


「ん?」


 玄関の方向から視線を感じた。顔を向けると、ドアの隙間から母さんがこちらを覗いていた。


「ごめん、入っちゃいけない気がして……」

「うげっ!」


 ヤバい。今度は本物の母親がやって来た。ニヤニヤしながらこちらを見ている。何覗いてんだよ母さん! これはまずいぞ。女といるところなんて見られたら、1億%の確率で勘違いされる。


 こうなったら……


「イレイザ、お前なんでも消せるんだろ? 自分の存在も消せないか?」

「できるけど……やるわけないでしょ!!!」








「はじめまして、私はイレイザと申します」

「良雄の母親で、堺霧恵きりえです」

「美人なお母様ですね~」

「あらあら、ありがとう♪ なんて礼儀正しいお嬢さんなんでしょう」


 しまったなぁ。女といるところを他人に見られた。しかも、よりによって自分の母親に。そういえば母さんが家に来るの今日だったな。完全に忘れていた。しかし、やけに機嫌が良さそうだな。


「イレイザちゃんもすごく可愛いわよ。その服似合ってる♪」

「ほんとですか? ありがとうございます! えへへ……///」


 嘘だろ!? その格好が似合ってるとか……母さん大丈夫か。いい病院を探してあげたい。


 でも、まぁ……可愛いっていうのは認める。確かにイレイザは可愛いな、顔が。


「あ、私もう帰るわね」

「もう帰んのか?」


 立ち上がる母さん。掃除手伝いに来てくれたんじゃねぇのかよ。いや、掃除は今さっきイレイザのおかげで終わったけど。


 母さんは俺の耳元でささやく。


「彼女さんと二人きりの時間を邪魔するわけにはいかないから♪」

「なっ……///」


 ほらやっぱり勘違いした。コイツは彼女じゃねぇよ! 数時間前に会ったばかりだし。まぁ、誘拐と勘違いされなかっただけマシか。いやそんなことはない。


「は、はぁ!? ぜ、ぜぜ全っっっっっ然ち違ぇし! 何言ってんだよ!///」

「あら、そんなに否定するってことは、やっぱり……」

「いいから帰れ!!!///」


 バタンッ

 俺は母さんを無理やり玄関の外に追い出した。さっきから胸の高鳴りが収まらない。


「良雄君、お母さんは大事にしなきゃダメだよ」


 あぁもう! 母さんがあんなこと言うから、コイツのことを異性として意識しちまうじゃねぇか! 出会ったばかりは全く感じなかったイレイザの色気が、遅れて俺の理性を揺さぶってくる。


「いいんだよ! それより、お前これからどうすんだ?」


 俺はイレイザに尋ねる。まだ頭の理解が追い付かないが、彼女が本物の妖精だということがわかった。消しゴムの妖精なんて聞いたことないがな。それより彼女をこれからどうするかだ。


「さっきも言ったように、私は良雄君の人生を修正しないといけないから」

「そもそもなんでそんなことするんだ。俺の人生なんかお前には関係ないだろ」

「そんなことないよ」


 彼女は消しゴムの分際で語り始めた。


「私達にだって魂がある。物にも命が宿っていて、毎日生きてるのよ。それは人生……いや、物生の中で果たすべき役割があるから。消しゴムの役割は間違いを消すこと。私は君に買われた。だから私に君の間違いを正すという役割がある」

「俺の間違い?」

「そうよ。だから私は妖精になったの。役割を果たせずに処分されるなんて嫌だわ。私は私の役割を果たす。君の間違いを消して、正しい方向へと導く」


 イレイザが俺に手を差し伸べる。俺の人生なんて、数時間前のゴミ溜めの部屋みたいなものだ。生きることに僅かな希望も見出だせず、更正することを半ば諦めかけていた。


 それでも、彼女の手を取れば感じられるのだろうか。先程久しぶりに「ありがとう」を口にした時のような、大切なものに気づく感覚を。


「ありがとう。イレイザ、これからよろしくな」

「うん、よろしくね♪」


 俺はイレイザと握手した。彼女の手はとても綺麗で、文字を消した後の紙のようだった。彼女の優しさに助けてもらうことで、俺は変わることができるのだろうか。自分自身を正しい道へと導くことができるのだろうか。




 部屋に差し込む光が赤みがかってきた。もう夕方だ。


「で、お前家は? どこに帰るんだ?」

「家? そんなのないよ」


 言われてみれば確かに、元々消しゴムだったんだからな。俺が買ってこの家に連れてこられたのだから、ここが家みたいなものだ。




 え? てことは……


「しばらくここに泊めてよ」

「……」


 イレイザが泊めてと言った時、俺の心臓は確実に一瞬止まった。こんな可愛い女と、一つ屋根の下……マジかよ!?


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