俺の間違いを消すカノジョ

KMT

第1話「だらしない人生」



  KMT『俺の間違いを消すカノジョ』



 俺の名前は堺良雄さかい よしお。どこにでもいる普通の大学生だ。そこら辺に落ちてる石ころみたいな存在だ。


 いや、少し違う。どこにでもいると言うと語弊があるな。俺みたいなどうしようもないダメ男は滅多にいないと思う。

 食事は毎日カップ麺かハンバーガーなどのジャンクフードばかり。自炊なんてめんどくさい。洗濯物は溜め込むのが日課。臭いが漂わなければ洗わない。掃除も全くしていないから、部屋中埃だらけだ。


 そして極めつけは、最近大学の講義をサボっている。朝から晩までゲーム尽くしの毎日だ。


 ピコッ ピコッ


「……チッ、全然命中しねぇじゃねぇか。バグってんのか?」


 現実から逃げてテレビ画面と向かい合う日々。ダメ人間の限りを尽くした俺の人生は、まさにクソと表現するしかない。


「……」


 でも、仕方ない。俺はこの世の全てが“めんどくさい”んだ。俺の目の前に並べなれるしないといけないこと、それら全てが堪らなくめんどくさい。義務というか責任というか、俺が責められる時にネチネチとまとわりつく言葉全てが大嫌いだ。


 ピロンッ


「あ?」


 スマフォにメールが届いた。母さんからだ。


『ちゃんと学校行ってる? ご飯は栄養のあるもの食べてるの? ゲームばっかりしてないでしょうね?』


 俺の現状とは全くの反対のことを期待しているようだ。ここまで綺麗に真反対だと逆に笑えてくるな。


『来週、母さんそっちに行くからね。掃除手伝うし、ご飯作ってあげるから』


 来るのかよ。別に心配される筋合いはねぇよ。迷惑だとも思ったが、俺は突き返したりはしなかった。むしろ料理も掃除もしてくれるのであればご苦労様だ。自分でやるのはめんどくさいからな。


 ピロンッ

 またメールが来た。今度は大学の先生からだ。


『授業に来い。来ないならこっちから行くぞ』


 いやお前まで来るんじゃねぇよ。一応家まで来るという文面は冗談とわかってはいる。しかし、心底うんざりするな。先生はよく俺に直接メールしてくる。真面目に授業に出ろとしつこく。単位が危ういため当然なのだが。


「はぁ……」


 鉛のような重たいため息を溢す。めんどくさいが行くことにした。授業を聞く気はない。ただ教室に足を運ぶだけだ。もはやそれだけの気力しかない。




 

「あぁ……めんどくせぇ……」


 端から見ればホームレスのようなみすぼらしい格好で、俺は大学までの道のりを歩く。大学前の大通りまで来ると、学生がちらほらと見える。まぁ、友達なんて大層な存在は一人もいないため、誰も顔に覚えはないけどな。


 だが、どうやらみんなは違うらしい。


「おい、見ろよ。堺の奴が学校に来たぞ」

「なんで急に来たんだ?」

「どうせ先生に来いって言われてるんでしょ」

「相変わらずむさい格好してんね~」


 一度学校へ足を運べば、俺は注目の的だ。もちろん悪い意味で。俺のずぼらな性格は大学中に知れ渡っている。

 俺が視界に入れば、みんながさげすむような目付きで俺を見てくる。誰も俺が全うに生きる様を見たことがないからだ。それを期待することももちろんしない。


 俺は世間一般的に“ダメな奴”として認知されている。




「堺、1762年に『社会契約論』を唱えたフランスの思想家の名前は?」

「知らねぇ」

「ルソーだ! 今さっき説明しただろ!」

「聞いてねぇ」

「聞けよ!」


 一応授業は受けるが、先生の話など耳にも通さない。俺は日の差す窓を眺めて時が過ぎるのを待つ。実に退屈だ。こんな授業を受けて一体何の意味があるって言うんだ。将来何の役に立つ? その有効性がわからない。


「フフッ」


 聞こえた。周りの奴らが俺を見て笑ってやがる。どうやら今の問いは、中坊でもわかるような比較的簡単な問題だったようだ。これだから学校に来るのが嫌なんだ。

 みんなが俺に軽蔑するような視線を突き刺してくる。俺が惨めであるのがそんなに面白いか。それは結構なことだ。だがな、こっちは腹が立つんだよ。


「……」

「ひっ!」


 腹いせに睨み返してやると、ガキみたいにびくついて視線を反らす。臆病者が。俺より品格が優れているからっていい気になるなよな。


 臆病者か……本当に臆病なのはどっちだ。俺だって現実から逃げてるじゃないか。




「はぁ……」


 俺は校門を抜け、その後の授業もサボって帰路に着いた。結局受けたのは一限目の哲学の授業だけだった。いや、その授業すら欠席と同等なくらい真面目に受けていない。


 わかってはいるんだ。ダメな自分を変えなくちゃいけないことは。親に高い学費を払ってもらって、一人暮らしという贅沢までさせてもらいながら通わせてもらっている学校をサボっている。何から何まで“させてもらっている”状態の自分を、変えなくちゃいけない。


「クソッ……」


 それでも、俺のめんどくさがり屋な性格がそれを邪魔してくる。自分の最大の敵は自分自身とはうまく言ったものだ。俺はめんどくさがり屋の自分のせいで、自分を変えられなかった。


“お前はダメなんだよ”


“無駄無駄、お前が何かしたところで何も変わらねぇって”


“ダサッ……そんなこともわからないの?”


 加えて周りの笑い声や蔑む顔が、俺を更に怠惰に、傲慢にさせていく。周りからの心もとない圧力のせいで、自分を変えようという意思も根幹から引きちぎられる。


「クソッ……クソッ……クソッ!」


 腹が立って腹が立って仕方がない。帰ったらいつものをやろう。




「あの陰キャクソメガネが! どうせ勉強するしか脳のないクソつまんねぇ人間なんだろ! 何笑ってんだ! どうせ彼女とかいねーだろ! まぁ俺もいねぇけど。……あぁクソ! アイツ! ムカつく! ムカつく! くたばれ!」


 俺は心に溜まった負の感情をノートに殴り書きする。これがいつものやつだ。一日に溜まった鬱憤うっぷんを発散させるため、ひたすら愚痴をノートに書く。声に出して読み、感情を高ぶらせる。


「そしてあのギャル女! アイツも俺を見て笑ってた! いいよなぁ女は! 可愛けりゃ顔だけで飯食っていけるし! 何の努力もしないで楽して生きていけるしよ! そんな奴とは違って俺は負け犬! どうせ俺は負けるんだよ! あぁ……クソ!」


 こうすることで、苛立ちを解消させている。俺としては画期的な策だが、そもそも俺がダメな人間でなければする必要のないことだ。この行為も俺の惨めさを象徴させているのだろう。


 あぁ……考えたらまた腹が立ってきた。自分にイライラしてしまうとは、皮肉なものだ。


「俺の馬鹿! 馬鹿! 馬鹿ぁ!」


 俺はひたすら自分への怒りをノートにぶつけた。




「……あ」


 『馬鹿』という字を四つほど書いた時に気づいた。漢字を間違えた。「馬」という字の最後に書く四つ点を、「山」と書いてしまった。こんな初歩的な漢字を間違えるなんて、俺はまさに“馬鹿”だ。


「……チッ」


 俺は舌打ちしながら消しゴムに手を伸ばす。……ん? 消しゴムがないな。そういや小さくなったから捨てたんだったか?


 ガラッ

 新品の消しゴムは既に買ってあった。俺は袋を破って消しゴムを一個取り出す。新品の消しゴムはとても綺麗な直方体をしている。まるで真っ当に生きてきた純粋無垢な人間のようだった。


「……」


 あぁ、まただ。また悪い癖が出てきた。めんどくさがり屋の思考だ。この文字を消せば、ケシカスが出てきてゴミが増える。片付けがめんどくさい。俺の体では字を消すという些細な行為にもかなりの労力を取られると感じてしまう。


 それにたかが愚痴を書くノートだ。誰かに見せるわけではない。クオリティを求めているわけでもいない。漢字間違いをしたところで、それを修正するメリットなんてないのだ。


「はぁ……」


 ポイッ

 俺は消しゴムをゴミ箱に捨てる。この瞬間から、俺の中での消しゴムという存在はゴミと化した。字を消す必要がないなら、消しゴムという物からは価値もなくなる。


 ストンッ

 消しゴムはゴミ箱に押し込まれた雑誌の山に弾かれ、床へと転がっていく。床も俺が日頃から溜め込んだゴミ袋だらけだ。ほとんどカップ麺やジャンクフードの容器のゴミだがな。

 日に日に足の踏み場がなくなっていく俺の部屋は、いわゆるゴミ屋敷となっていく。


 まぁ、そんなことどうでもいい。視界に映る自分の生活全てが、俺にめんどくさいという感情を与えてくる。そんなことはもう慣れた。俺は一生ゴミのように生きていくんだろう。もはやそれも悪くないと思ってしまっている。




 それでも、やはり俺は微かに願っている。



 キラッ



 この日々を変えたいと。






 カァァァァァァァ……


「うぉっ!?」


 背後から明かりが飛び込んできた。先程捨てた消しゴムが、目を覆いたくなるほどの眩し光を放っている。一体どうなってるんだ!? 非科学的……かどうかはわからないが、とりあえず俺の中では非科学的な現象が目下で起きている。


 光が収まった。俺はゆっくりと目を開ける。








「うわっ……何なのこのゴミの山……」

「……は?」




 俺の目の前には、可愛らしい女が立っていた。


「あっ、初めまして、良雄君。私の名前はイレイザ。よろしくね♪」


 女はアイドルのキメポーズみたいな構えをして、ノリノリのテンションで名乗った。





 そう、思い返せばこいつが俺の生活を変えてくれた。俺のだらしなさに満ちたクソみたいな人生を修正してくれた。彼女と過ごした日々は、俺にとって忘れられない思い出となって、今も胸の中に残っている。


 これは、そんなだらしないダメ男の俺が、突然現れた不思議な少女のおかげで、人生を大きく変えることができた小さな話だ。


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