第11話 路人って彼女いるの?
「はあ、疲れた」
長い長い会議から解放され、暁良の口から洩れたのはそれだけだった。まだ大学一年生の、しかも授業をさほど受けていない人間にはちんぷんかんぷんな内容の連続だった。それだけでも疲れる。
それなのに、路人と礼詞が時折視線でバチバチとやっているものだから余計に疲れる。
「はあ、また何かと無理難題を言ってくれる」
一方、横にいる路人も疲れたらしく、首をポキポキと鳴らしながら文句を言っていた。しかしこちらは、やることが多くなったと頭を働かせ中だった。目の前に広げた資料を睨み付けている。
「俺は先に帰る」
そして礼詞は、これ以上ここにいても穂乃花と接触出来る可能性はないと、さっさと会議室を後にした。
たしかに穂乃花の姿はもう会議室になかった。大好きな路人が残っているというのに早い。やはり政略結婚。科学者の中でましだったのが路人ということか。
「なあ、路人」
「ん?」
会議室に二人きりとなったところで、暁良はあの疑問をぶつけてみることにした。
「路人って彼女いるの?」
ストレートに女に興味あるかと訊けず、暁良はそう訊いた。
「いないよ。面倒臭い」
呆気に取られる回答を躊躇いなく口にする路人だ。おかげで暁良はそうと、気のない返事しかできない。
「まさか、暁良。大学生になったから恋人でも作ろうと思っているのか?」
呆れている暁良に向け、いきなり路人がそんなことを訊いてきた。
「はあ?」
「急に彼女がいるかと訊くからだろ? 残念だけど、俺は何のアドバイスも出来ないよ」
ふふんっと、路人は無意味に自信満々に言ってくれる。いや、それ自慢にならねぇよと、暁良は疲れてきた。
「お前に相談するくらいなら、宮迫にする」
明らかに祐弥の方が普通の感覚を持っている。だから暁良はそうとだけ言った。
「あっそ。まあ、同い年だからな。そっちの方が色々知ってるだろ」
そして路人はさっさと納得してくれる。
まだまだ問題は山積みだなと、暁良は解決の遠さを感じていた。
「疲れた」
一方。同じ言葉を吐くのは翔摩と祐弥だ。
一時間という期限もそうだが、盗まれた物が多い。結果、総て揃ったのは捜索開始から三時間後となった。
「よくまあ、これだけ雑多な物を盗んだものだな」
ただ待ち構えるだけでなく、あちこちから情報を集めていた穂波も呆れ顔だ。
研究室の床に散らばる数々の物。その多くは筆記用具や教科書といった、誰もが持っている物である。まさに犯人の意図が解らない、意味のない盗難だ。
「研究室にいる奴、全員が被害に遭ってますからね。それこそ、常にいるわけではない学生の物まで盗まれています」
祐弥は改めて何がしたいんだと悩むことになる。科学者狩りより無意味な行動だ。困りはするが、これで何かが起こることはない。
「しかし赤松研究室でしか起こっていない。そうなると、誰が出入りしているか知っている必要があります。となると、内部犯しか考えられませんね」
翔摩は礼詞の周囲をよく知る人間にしか無理だと感じた。いくら研究室に出入りする人間は限られるとはいえ、総てを把握するのは関係者しか無理だ。
「そうだな。しかし何の意味が」
「抗議か? なぜ宮迫をうちで面倒みるのか、とか」
悩む祐弥に、翔摩は思ったままを述べる。それに祐弥はむっとしたが、一理ある推理だ。
「ふん。それならば地味な嫌がらせをする必要はないだろ?これは誰かに気づいてほしいってことだ。子どものやることと変わらない」
穂波は断定して言った。育児放棄した人の発言とは思えない。が、確かにその考えはしっくりときた。
「誰かがメッセージ代わりに盗みを繰り返している?」
「そうだ。問題は、そんなことをする奴が大学にいるか、だな」
祐弥の呟きに頷いた穂波だが、まだまだなにも掴めていないなと、腕を組んで悩むのだった。
一足先に大学に戻った礼詞は、そのまま紀章の研究室に行き、深々と頭を下げていた。
「どうやら俺では役不足のようです」
穂乃花に一瞥もされず、相手にされる可能性がないと解った礼詞は、路人の代わりになるのは無理だと滔々と述べる。その間、紀章は無言だった。これが怖い。
「あの」
「お嬢様は、あの路人のどこを気に入ったんだろうな」
深い溜め息とともにそう言う紀章に、礼詞はさあと首を捻るしかない。
「それが解れば、お前に目を向けさせることが可能だと思わないか?」
「――」
思いません、と礼詞は言いたかった。しかし路人との結婚を阻むには、そんなことは言えない。いや、言ったところで聞いてもらえない。
「どうしたものか。で、肝心の路人の様子はどうだった?」
路人は穂乃花をどう思っているのか。それに今更興味を持つ紀章だ。気があるならば酷いことはしない。それに遅まきながら気づいた。
「いつもどおり。会議においてミスはありませんでした」
しかし礼詞は本当に路人の様子だけ伝える。会話が噛み合っていない。
「俺の育て方が悪かったのかな」
今更、そんな後悔が過る紀章だった。
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