第10話 不良の親玉かよ

「暁良は解るが、どうして赤松までいるんだよ」

 穂波が色々と仕組んだ、科学技術省有識者会議当日。

 暁良と礼詞に挟まれて座ることになった路人は、非常に不機嫌だ。その不機嫌さは、他の会議の出席者を驚かせるほどである。

「いいだろ? 今日は持ってくる資料とかやることが多いんだ。人数がいた方がいいって」

 ここでも説明役は暁良で、礼詞は路人を睨んでいるだけだ。

 見合いのことは穂波も絶対に言うなと禁止してきたせいで非常にやり難い。

「まあそうだけどさ。でも、今日は単なる有識者会議。暁良が見学に来るのは解るけど」

 お前は特にやることがないだろと、路人は礼詞を睨み返す。

 こういう会議の場に礼詞が出てきて話がややこしくならないのか。裏方では完璧な礼詞だが、その物言いが冷たく受け取られるせいで、相手方の機嫌を損ねることもある。あまり適任ではないことは路人も知っていた。

「特にないな。ただ、山名先生から今後の対策を立てるために話を聞いておいてくれと頼まれている」

 礼詞は何も言わずに話を聞くだけだとむっすりする。たしかに今日の会議は今後のIoTに関してという、暁良には何を話すんだろうという会議だ。しかし、大学に関わることだとは説明を受けている。

 路人たちが勤める大学は国立先端技術工業大学だ。国の進める人工知能やロボットに関して、優先的に研究することを目的としている。こういう会議で話し合われることが重要だということは解っていた。

「だったら山名が来ればいいだろうに。まったく」

 反論できないと解った路人はむすっとする。ここまではいつもの大学で見ている路人だ。本当に大丈夫なのかと、暁良はそちらが心配である。

「あっ」

 そこに吉岡尚春とあの問題のお嬢様、穂乃花が会議室に入ってきた。今日の穂乃花はグレーのパンツスーツ姿で、この間見たようなお嬢様感たっぷりの雰囲気とはまるで違った。たしかにあれは政治家だなと暁良は呆れてしまう。どうやら穂浪の話は本当のようだ。

科学者を旦那にもらい、権力基盤を盤石にして政界に乗り出す。しかも父親は優秀な政治家。言うことなしの状態である。

じっと穂乃花を見ていたら、なんとその穂乃花がこちらに向かってくる。

 まさに最悪の状況だ。暁良だけでなく礼詞も緊張した顔になった。

「おはようございます。先生、今日もお願いしますね」

穂乃花は一直線に路人に近づくと、そうにこやかに挨拶した。ちゃんと路人を認識していて、勘違いの可能性は消えた。暁良は勘違いの可能性も考えていたので、がっくし肩を落とした。

「よろしく」

そして路人はむっすりとした表情のまま、そう挨拶を返す。手慣れた感じで、そういうのは不要と態度で表していた。

そこて穂乃花はがっかりするかと思えば、笑顔をキープしたままだ。さすがは将来政治家と感心してしまう。

「陣内さんも、よろしくね」

しかもちゃんと暁良にまで挨拶する。

「ど、どうも」

と、暁良は慣れていないので顔を赤くして返した。笑顔の穂乃花はなかなかの美人だ。研究室にいる瑛真とは大違いで可愛らしさもある。男としてドキドキして当然だ。

と思うと、路人は穂乃花のことをどう思っているのかが気になった。よもや女に興味がないなんてことはないだろうなと心配になる。なんせ一種のマザコンなのだ。

しかし、今確認するのは無理だ。それに路人の纏う空気がすっと変わったのが解る。

見てみると会議室にはいつしかメンバーが揃い、全員が着席していた。今回の議長は尚春のようで、すでにマイクを握っていた。

「それではお揃いのようですので、会議を始めさせて頂きます」

尚春がそう重々しく言いながら会議室の中を見渡し、暁良にとっては眠気との戦いの会議が始まった。






「さて」

 一方の大学では、穂波が翔摩と祐弥を前ににやりと笑っていた。穂波は見合い話だけでは飽きたらず、地味な盗難事件も引っ掻き回すつもりなのだ。

「ったく、暁良はどうしたんだよ」

路人の研究室に呼び出された祐弥は不機嫌だ。こそっと翔摩にどうなっていると訊く。

「あっちは見合い騒動に掛かりきりだ。諦めろ」

何でお前とコンビを組まなければならないんだと、翔摩も不機嫌だった。この二人、どう考えても相性が悪い。

「おい、無駄口を叩くな。盗難事件に気づいたのはいつ頃だ?」

互いに牽制し合う二人に向け、穂波は鋭い目を向ける。

「いつって、4月に入ってすぐです」

その辺のことを知ってて首を突っ込んだのではないのか。そう言いたい祐弥だが、穂波の怖さを身をもって知っているので素直に答える。

「ふうん。つまり3月には何もなかった」

暁良が入学してすぐからかと、翔摩も初めての情報に複雑な顔になる。つまり新入生や新しくやって来た研究員でごった返す時期からだ。研究室をうろうろしていても、見咎められないだろう。ますます手掛かりが減ってしまった。

「確信犯だな」

穂波も手掛かりのなさに肩を竦めた。これは見合いより難敵かもしれない。

「にしても、文房具や本っていう、盗まれたものが微妙なんですよね。本や関数電卓っていうたまに高額の物が盗まれますけど、誰でも持っているものだし転売は出来ないし。理由が不明です」

そんなもん、盗んでどうするんだというのが祐弥の本心だ。しかしそこは前科者の悲しさ。放置していると自分のせいにされかねない。だから率先して動いているのだ。

「そこだよな。何がしたいのか。誰でも持っているものばかりを盗む犯人。まるで大学に関係ない奴がやっているかのようだ」

「――」

 ぽんっと出された穂波の推理に、なるほどと二人は感心する。

 が、大学に関係ない? そんな奴、こんな工学部しかない大学にわざわざ来るだろうか。感心はすぐに疑問に変わってしまった。

「ま、そのくらいの変化球が必要ってことだな。まずは盗まれた物と同じ物を用意してみるか」

 穂波は言うやスマホを取り出した。全部ネットで買う気である。

「あの――塵も積もればなんとやら。結構な額になると思いますよ」

それは止めた方がいいと、翔摩は思わず止めに入る。

「そうそう。俺たちも持ってる物です。ないやつだけ買いましょう」

 後で自分に請求が来ても困ると、祐弥も諌めた。

 せっかくせっかく買ってやろうと言うのにと穂波は不満だが、まあいいかと納得する。

「じゃ、さっさと集めてこい。1時間以内な」

「うっ」

不良の親玉かよと思いつつも、二人は盗まれた物と同じ物を探しに研究室を飛び出すのだった。

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