第3話

 アルフレードは、父に話を聞いていた幼い頃の大公にそっくりの様だ。我儘で癇癪持ち、人の物をすぐ欲しがる。大公にとっての対象は主に兄だったが、アルフレードにとっての対象が迷惑な事に私で、大した用もないのに良く私の所へやってきてはあれやこれやと欲しがるので、非常に鬱陶しかった。


 本人のみ知らぬことだが、本来大公は子供を残すことを禁じられていた。大公妃は密かに避妊薬を飲むことを義務付けられていた。それが大公家に嫁がせる上での実家の侯爵家との密約だった。にも関わらずアルフレードという存在があるのは、どうやら野心のある侯爵が、王家の血筋を持つ手駒を得るべく、避妊薬と偽って栄養剤を渡していたらしい。残念ながら確たる証拠が出てこなかったらしく、不問となってしまったが、それに対してもっとも傷付いたのは大公妃だった。


 望まぬ婚姻であったが家のためと嫁いだというのに、暴力こそ振るわれなかったものの、暴言は日常茶飯事で、夜も捌け口の様に乱暴に扱われていたらしい。そんな男の子供を産まなくて良いというのはひとつの救いだったというのに父の野心の所為で妊娠。出産時に助産婦が何気なく発した『大公殿下にそっくりですよ』の一言に、とうとう心が壊れてしまったのだという。今は離れで一人で過ごさせているが、時折大公やアルフレードを見かけるとパニックを起こすので対応に困っていると聞いた。


 王家には望まれぬ形で産まれたアルフレードだったが、意外にも大公は可愛がった。ただ、今ならわかる。あれは『人』を可愛がるというよりは犬や猫を可愛がる感覚だったのではないかと。欲しがる物を欲しいだけ与えられるのは、何か一つでも無理なものに当たると癒されぬ渇望に変わるというのに。そうして出来上がったのが『アレ』だ。自分の物は簡単に手に入る所為で、他人の持つもの……手に入りにくい物の方が価値がある様に感じるらしい。


 だからこそ、私は密かに続けるつもりだったカルラとの交流を断念せざるを得なかった。私がカルラを望んでいると知れば、私に渡したくない一心で、愛だの恋だの関係なくカルラに執着するだろう。


 本当ならお茶を飲みながらたわいもない話をしたり、共に何処かへお忍びで出掛けたり、誕生日に贈り物をしたりしたかった。夜会でダンスを踊りたかった。出来ることと言えば、精々が送り主を偽装した手紙でのやり取りくらいだ。


 それなのに、カルラがアルフレードをクソガキと評した様に、アルフレードの目にはカルラは魅力的に映らなかったらしい。内心煮えたぎる思いを抱いている私に『つまんない女』と笑った時には、絞め殺したい衝動を押さえるのに、非常に苦労したのを覚えている。


 だから、カルラが考えた案にすぐ賛同した。お互いどうでも良い相手に愛想を振り撒かなければいけない事を我慢すればいいだけ、と簡単な事だったから……やってみたら思っていた以上に苦痛だったが。カルラはアルフレードと積極的に交流を持ち、私はオルシーネ伯爵の望みにそってルーチェ嬢を気にかける振りをし、王太子妃の座をちらつかせる。あの二人の事だから目の前にご馳走が用意されていたとしても、私達が口にしようといていれば固いパン屑すら欲しがるだろうから。


 二人は私達が考えていた以上にあっさりと引っ掛かった。両親にも計画を話し、ルーチェ嬢を婚約者候補として城へ呼んで貰うと、私の名前で呼んだにも関わらず、私への挨拶もそこそこにアルフレードの元へと向かうルーチェ嬢の姿に笑みが押さえられなかった。出来る限りアルフレードの前で、ルーチェ嬢に優しく接してやると、面白い様にアルフレードの目に嫉妬の炎が点るのがわかった。


 カルラも同じ様にアルフレードの元へやってきて、ルーチェ嬢を煽る。するとルーチェ嬢はすぐさま泣く振りしてアルフレードに撓垂しなだれ掛かった。私達が邪魔するたびに、二人は悲劇に酔いしれた。


 二人が勝手に燃え上がってくれたお陰で、こっそりカルラとお茶をしていた事は全く気付いていないだろうと思う。

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