第2話

 私とカルラの出会いは、母が開いたお茶会の席でだった。当時私は八歳。正直母とお茶よりも、母の友人であるサテッリテ侯爵夫人が連れてきていた息子達と庭で走り回って遊ぶ方が魅力的だったが、母の指示で彼ら共々渋々参加していたのだった。


「オルシーネはくしゃくちょうじょ、カルラでございます。このたびは、ははともどもおまねきくださり、ありがとうございます」


 五歳といえば、淑女としてのレッスンも始まったばかりだったと思うが、精一杯身を屈めカーテシーをする彼女から、何故か目が離せなかった。時折オルシーネ伯爵夫人からマナーの注意を受けると生真面目な顔で直していたのがとても愛らしくて。常々妹が欲しいと言っていた私の姉も同じ事を思ったのだろう。普段のツンと澄ました顔から想像できないくらいにこやかに、カルラへ話しかけていた。

 この国では珍しい黒目黒髪で、さらにつり目の所為でいつも同年代の女の子からは怖がられていた私は、一切の怯えをみせず、たどたどしくはあるが自分の言葉で一生懸命受け答えしてくれたカルラに次第に夢中になっていた。

 ……気が付けば茶会の後、父にカルラと結婚したい、と告げるくらいには。なのに、


 残念ながら、カルラは王妃の友人の娘とはいえ伯爵令嬢。王太子のお前の妻になるには少し家格に問題がある。それにまだ二人とも幼い。余りに早くから決めてしまい、性格に難が見つかったり、能力不足であったり、もっと相応しい令嬢がこの先現れるかも知れぬ。一先ず、カルラ嬢が学園に入学する年齢になるまでは様子を見た方が良い。


 などと言われ婚約はお預けとなってしまった。父に、王としてではなく、一人息子の親としては、今のカルラ嬢は大変好ましい、将来の王太子妃、ひいては王妃となるに今の彼女であれば問題ないだろう。自分が選んだ子がそう言われて嬉しかった事もあり、渋々納得したのだが。


 ……あの時何故聞き分けてしまったのだろうと今でも悔やむ時がある。まさかその後カルラと順調に交流を深めている間に、盗人に裂かれるとは思いもしなかったからだ。


『……あやつは昔からなんでも私と同じことをやりたがった』


 まさか叔父が、私達の知らぬ間にオルシーネへ婚約を持ちかけているとは全く気づかなかった。まるで政治に関して何も出来ず、かといって軍務に付くような実力も実績もない、大公という地位だけの存在である叔父。国政に大きく関わらない書類の承認だけが彼の仕事だった。それは父が王位に就く前にしでかした事件に関わっているらしいのだが、興味が無いので詳しくは聞いていなかった。だがその事件以前、……幼い頃の叔父は父の行動を何でも真似したがっていたのだという。


 事件以来は鳴りを潜めていたらしいが、父がカルラを未来の義娘として大変可愛がっていると、何処かで耳にしたらしい。十数年特に動きの無かった叔父を、父も周りも大人になり落ち着いたと思っていたのだろう。ずっと付けられていた監視の目も緩んでいた様だ。政略で結婚した侯爵令嬢の弟……次男であるが故に家督を継げられず腐っていた……を密かに抱き込んでオルシーネ伯爵と接触し、勝手に王太子妃の地位をちらつかせて自分の息子とカルラを婚約させてしまったのだ。


 カルラも母の友人であった伯爵夫人が亡くなってから、あの家では肩身の狭い思いをしているにも関わらず、それでもなお王太子妃に相応しくなるべく毎日淑女としてのあらゆるレッスンに励んでいた。それなのになにも手助けする事が出来ず、歯痒い思いをしていたというのに。


 後日、カルラから届いた手紙には大公子息、つまり私の従兄弟であるアルフレードと顔合わせをしたのだが、その感想が『クソガキ』と一言だけだったのを見て和むと同時に安心はしたが。

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