第4話 俺の人生本当にどうしようもなかったんだが

「あー、だるい。しんどい。体が重い」

 俺はネガりながら帰路についていた。今日もバイトはしんどかった。そして、つまらない。かといって定職につける気もしない。だからただ漫然とフリーターとしての日々を過ごしている。

 俺の毎日はつまんないものだ。というより、こんなんだから毎日がつまんなくなってしまうんだろう。

 もっとポジティブに。みんな言うことだ。親も、学校も、陽キャも、テレビもネットも。

 だけどさ、ポジティブってポジティブになろうと思って本当になれるもの?俺だって何度も挑戦したよ。だけどさ、そういうのって思ってみた時と、楽しいことをしてる時ぐらいなんだよね。

 だけどその楽しいことってのがあんまりない。友達はまあ、少しはいるけど、ほんとダラダラしてすごすだけ。類は友を呼ぶっていうか、そいつらも俺と似たような感じ。他がいないからツルんでる。多分みんなそう。陽キャに混じるのも怖い、かといってキョロ充やる気もない。そんな集まり。だから彼女もいない。それどころか女友達ですら……

 と、家の近所に若いカップルがいやがる。しかも、どういうわけか俺の方を見ている気がする。

 何見てんだコラ、やんのか?と言えたらどんだけ楽か。勿論、言えるわけなんかない。しかも男の方はと言うと結構イカツイ。絡まれでもしたらその結果は……火を見るより明らかだ。

 俺は視線を合わせないようにしてアパートの中へとすごすご入っていく。すると、聞こえる。ひそひそとではあるが笑い声が。

「……そうだって、やっぱ」

「今はやめとけって、聞こえるだろ」

 男の方は女をやや制止しているようには見えるが、やっぱりふたりとも笑っている。

「……チッ!」

 俺は舌打ちした。当然聞こえないように。万が一聞かれたりでもしたら、どんな目にあわされるかわかったもんじゃない。こっちは住まいがバレてるんだ。

 男の方が言った「今は」という言葉が気になっていた。ひょっとしたら俺はあいつらに目をつけられているのだろうか。いや、さすがに考えすぎか。正直言って全く身に覚えがない。多分笑うなら俺がいなくなってから、ということなのだろう。というか、そう思いたい。

「くそっ……」

 次に俺は毒づいた。そんなに冴えない男が珍しいか?結構そこら中にいるだろうよ。なんで俺なんだ。なんで俺が嗤われなくっちゃならないんだ。

 周囲を確認しながら部屋の前に立ち、急いで鍵を開けて中に入る。

「ふう……」

 ようやく一息ついた。バクついている心臓も、ようやく落ち着きを取り戻してくる。

 電気をつける気にもならなかったので、俺はそのままベッドの上へと倒れ込んだ。

 スマホの明かりが顔を照らす。メールやSNSなど一通り確認した後、適当に動画をあさる。かといって、あまり長尺のものは見る気がしなかった。と、おすすめの中に一つ丁度良いのがあったのでそれを選択することにする。

 クラガリカコ――何となく更新を追いかけているバーチャルアイドルだ。正直俺はそこまでこういったものに興味は無い。だけどその独特なキャラにはちょっと惹かれるものがあって、こうしてちょくちょく見ている。とはいっても更新頻度自体はあまり高くないし尺も長くないから時間はそれほど取られない。こういったところも彼女の魅力の一つといえば一つだ。だけどそんなマイナー路線のせいか、登録者数も視聴回数もずっと伸び悩んでいるんだけど。

 クラガリカコの特徴はお高く留まった天然ボケキャラだ。カッコつけてる割にどこか抜けている。ただ多分これはキャラ付けだ。過去の動画を見てみると、最初の頃はネクラなキャラだった。それがここ半年ほどで急変している。本人的にはテコ入れのつもりかもしれないが、もうちょっと他にやりようがあっただろうと思う。

 今回の彼女は某メタルバンドの紹介を始めた。所謂パワーメタル、場合によっては愛情をこめてクサメタルと揶揄されるやつだ。このジャンルは大体ドラゴン退治か何かに出かけることが多い。界隈としては非常に有名なバンドだが、若い女子が知っているとも思えないので多分中身はオッサンだ。或いは男のブレインがいると見ている。他にも男子が好きな漫画やアニメの情報にも造詣が深いのでほぼ間違いない……間違いないと思うのだが、それでも一縷いちるの希望を捨てきれないのが悔しい。若くて可愛い女の子が同じものを好きでいてくれたら嬉しいじゃないか。そしてそんな餌に見事に釣られてしまうことがなお悔しい。みんなは見抜いているからこそ登録してないんだろうし。

『さあ、あなたもファンタジーな異世界に行ってらっしゃい。それとも、もう帰ってきた?』

 そう言って動画は終わった。

 俺は何となくその気になって、紹介されていたバンドの曲を流すことにした。さあ、ファンタジーな異世界にレッツゴーだ、気分だけでも。

 曲を流しながらゲームでもしようと思ったが、結局止めた。特にやりたいとも思わない、端的に言うと、飽き飽きしていた。

 そもそも特に趣味の無い俺は結局ネットやゲームをしたり、アニメや漫画を見て日々を過ごす。楽しくないわけじゃないけど、もう一つ充実感といったものもない。友人が紹介してくれたネトゲも、どうにもそこまでのめりこめない。いつも人間関係の方に気を使って、段々楽しめなくなってやめてしまう、その繰り返し。あと単純にお金がない。

 だらだらとネット小説の更新も確認してみる。ここ最近はずっと異世界ものというのが流行りだ。この日本にいる少年だったり、時にはおっさんだったりが突然ファンタジーな世界に転生なり転移されて、そこで新しい人生を歩む。

 中にはつらい思いをするものもあるけど、大体は良い思いをすることの方が多い。男性向けなら可愛い女の子だけは間違いなくセットでついてくる。これだけでもうらやましいよね。

 だからやっぱり俺も思うわけ、俺もそうなったらなあって。異世界に転送される人たちって、その多くがこっちの世界じゃ一般人なわけだろ?別に一流の大学を出てたりスポーツ選手ってわけでもない。普通の、どっちかっていうと俺みたいな陰キャや冴えないおっさんが行って、それで無双する。多分、世界の難易度が違うわけよ。イージーモードなんだよ、あっちの世界はさ。

 ……とまあ、そんなこと言いつつこれが完全無欠のフィクションの世界であることなんてさすがの俺でも百も承知よ?平凡な高校生や平凡以下のおっさんが異世界からお呼ばれになる理由は、そういう層が現実逃避をしたいからに過ぎない。需要と供給ってやつ。陽キャやリア充はそんなところに行かなくても、現実世界で充分人生を満喫できるわけだから、逃避する必要がそもそもない。だから彼らは異世界にいかない。それでも行かされるときは、まああんまりいい待遇はされない。あくまで異世界での主役は俺達みたいな連中だ。

 だけど……だけどさ、それでも思うわけ。異世界に行けないかな、異世界に行って、第二の人生を歩めないかなって。今みたいなハードモードじゃなく、イージーモードの人生をさ。

 Valhalla Deliverance

Why've you ever forgotten me?

 曲も佳境に入ってきた。ライブバージョンのため盛り上がりもひとしおだ。ついつい俺も一緒に口ずさんでしまう。

 だけど、それも終わってしまった。はい、もう異世界から帰ってきました。少しの間興奮してしまったこともあって、逆に今度は胸にぽっかりと穴が開いたような気分になる。それも急速に。しん、とした室内。スマホの明かりすら消えてしまい今はほとんど真っ暗だ。寂しかった、そしてそれ以上に情けなかった。

 だからうっかり言ってしまったんだ、あの言葉を。いや、うっかりっていうのもおかしいか。別に言ったって全然問題の無い言葉。普通に、ダサい独り言としてかき消えていくだけの言葉、そのはずだった。

「あー、俺も本当の異世界に行きてーなー」

 そしたら、目の前にあのおっさんがいた。紙切れ一枚だけを俺に渡して、はいそれまでよ、のあの受付が。

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