花占い

雨世界

1 いつまでも、君を思う。

 花占い


 プロローグ


 いつまでも、君を思う。


 本編


 気持ちいい風だね。


 透明な夏の風が吹き込む、窓が開いて白いカーテンが揺れている、真っ白な高校の教室の中に、校庭の庭に咲いていた一輪の白い花をその白い手に持っている(今にもため息を吐きそうな顔をしている)一人の女子生徒がいる。


 好き、嫌い……、好き、……嫌い。好き。

 ……やっぱり嫌い。……大っ嫌い。


 ……なんだ。やっぱりあなたは私のことが嫌いだったんだ。でも許してあげる。だって私もあなたのことが本当は、……大っ嫌いだったんだから。


 夏の日。誰もいない真っ白な教室。


 私は椅子を反対にして、後ろのあなたの席と向かい合っている。


 なにもない、からっぽになったあなたの机の上。


 だけど、そこには本当に楽しい思い出がたくさん詰まっている。


 花占いをしていた女子生徒は目を閉じる。


 そして、思い出してみる。……大っ嫌いな(大好きな)あなたのことを。……ずっと我慢していた、たくさんの涙を流しながら。


 遠い日の思い出


 たくさんの生徒たちのいるざわざわと騒がしい教室。

 そんないつもの日常の風景の中に、笑顔の、笑っている、あなたと私がいる。


「うわ、すみません!」そんな大きな声が教室のどこからか聞こえてきた。そのあとで、大きなものを落としたような、とても大きな、がしゃん、という音が聞こえた。


 私がその音のしたほうを振り向くと、そこにはどじなあなたがいた。

 あなたは持っていた大きな荷物をほかの女子生徒にぶつかって、落として壊してしまったようだった。

 ぶつかった相手の生徒も「ごめんなさい。大丈夫?」と申し訳なさそうな顔をしていたけど、あなたの持っていた、壊れてしまった荷物の後片付けを一緒に手伝おうとはしなかった。

 それからその女子生徒は、(まるで何事もなかったかのように)楽しそうにお話をしていた友達の女子生徒とのおしゃべりに戻ってしまった。


 あなたは一人で、壊れてしまった荷物の片付けをしていたね。


 私はもう、しょうがないな、と思って席を立ってあなたのところまで行って、壊れた荷物の後片付けを手伝ってあげることにした。


 すると泣き出しそうな顔をしていた君は、本当に嬉しそうな顔をして、にっこりと笑って「どうもありがとう。……ちゃん。いつもごめんね」と私に言った。


 それから私たちは先生が教室に戻ってくる前に片付けた荷物を持って、二人だけで一緒にみんなのいる教室を抜け出して、荷物を壊してしまってごめんなさいって、先生に伝えるために、職員室まで移動をした。


 そんなあなたのことを思い出して私はついに「……う」と泣きながら声を出してしまった。


 ……寂しいよ。どうしたらいいと思う?


 楽しい思い出が、まるで湧き水のように溢れてくる。……小さいころからの、二人の思い出が、……次々に溢れてくるよ。……ちゃん。


「ねえ、……ちゃん。どうしたの? 私の顔、さっきからずっと見てるけど、……私、どこか変?」

 きょとんとした顔をして、あなたは私の顔を見る。


 私は大好きなあなたのことをただ見ていただけなのだけど、ちょっとだけ意地悪な気持ちになって「うん。変だよ」とにっこりと笑ってそういった。


「え? 嘘? どのあたりが?」

 あなたは慌てて自分の顔を触りながら、そんなことを私に言った。


「ごめん。嘘。どこも変じゃないよ」とにっこりと笑って私は言った。

 するとあなたは「本当に? 本当に私、変じゃない?」と心配そうな顔をして私に言った。

「本当だよ。本当に変じゃない。神様に誓ってもいい」

 そう言うとあなたはとても安心した顔をして、にっこりと笑って「よかった」と私に言った。


 現実時間


 ……ちゃん。もう、泣かないで。思い出の中のあなたは、泣きながら、優しい顔をして私にそう言った。

 ……そんなの無理に決まってるじゃん。と両手で顔を覆うようにしながら、大泣きながら私は思った。


「走ろう」思い出の中で、あなたが私に手を伸ばす。

「うん」私はしっかりと、あなたの差し出してくれた手を握る。とても小さい、(私の手もたいした手じゃないけど)でも私の大好きな形をした手がそこにあった。


 手を伸ばせば、届くような、奇跡のような場所にあった。


 思い出の中のあのころの私たちは、とても楽しそうな笑顔で、手と手をとって、誰もいない優しい風の吹く緑色の大地の緩やかな丘の上を、急ぎ足で駆け出していった。

 きっとあのころの私たちは、目には見えない幸せに向かって、ただ全力で走っていたのだと思う。


 ……目には見えない幸せに向かって。……でも。

 

 ……幸せは、どこにあるんだろう?


 そんなことを崩れ落ちるような悲しみの渦の中で、私は思った。


 窓の外では白い小鳥が二羽、とても楽しそうな声で鳴いていた。


 でも、やがて、白い小鳥たちは高い青空の中を、二羽で一緒に仲良さそうにして飛んで、泣いている女子生徒を一人、誰もいない教室の中に置き去りにして、どこか遠い場所に飛んで行ってしまった。


 ……ずっと、あなたのことが、大好きでした。


(黒板に書いてある、消えかかっている落書き)


 ……本当は好き。大好き。


 小さな子供みたいに、顔や制服の袖を濡らして、大泣いている女子生徒は心の中でそう言った。


 女子生徒の泣いてる真っ白な机の上には、花占いに使った数枚の花びらと、花びらのなくなった一輪の花の茎だけが置いてあった。


 花占い 終わり

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花占い 雨世界 @amesekai

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