想いを馳せて

きさらぎみやび

想いを馳せて

 足を踏み出すたびに、カサカサと落ち葉の擦れる音がする。

 柔らかな木漏れ日の差し込む昼下がりの雑木林の中を歩いていた。


 そんな僕の脇を、歓声を上げながら小学生くらいの一人の男の子が走り抜けていった。落ち葉をまき散らしながら走っていくその姿に、僕は自分がその子ぐらいだった頃をふと思い出していた。



 あの頃は近所の林が遊び場だった。

 少し家から離れていたから、毎日というわけには行かなかったけれど、僕のお気に入りのその場所には、たぶん二、三日に一回くらいの頻度で遊びに行っていたように思う。手頃な木の枝を見つけて振り回したり、ドングリを見つけて並べてみたり。 小さな雑木林は僕の冒険の舞台だった。


 何となく拾い集めた色々な物の中に、土で出来た器の欠片があった。

 ポケットにちょうど入るくらいのその欠片は、家で使っているお茶碗とは違って土をそのまま焼き固めて作られていて表面がザラザラしている。そして良く見ると判子を押し付けたような模様が刻まれていた。


 ……誰が作ったものなんだろうか。


 そう思いながら僕はポケットにそれをしまうと、拾った枝を握りしめて冒険を再開する。ゴールは林の中にある小高い丘のてっぺん。


 歩くたびにカサカサと鳴る落ち葉が面白くて、時々足元を思い切り蹴り上げて、宙に舞った落ち葉を棒で払って遊んだりしながら僕は意気揚々とゴールへ向かって歩いていった。


 いつものように丘に近づいていくと、そこには前回遊びに来た時には無かったプレハブ小屋が立っていた。

 怪しいな、いったい誰が建てたんだろう?

 木の陰に身を隠して、小屋の様子を見張る。窓から見える室内にちらりと動く影が見えて、中に人がいるのが分かった。


 誰かいる!


 僕の緊張が高まるのに合わせて、空模様もにわかに怪しくなっていく。そして突然の雨。


 僕は慌ててさっきまでの疑いも忘れてプレハブ小屋まで走り、わずかに突き出した軒下で雨宿りをする。トタン屋根を叩く雨音で雨が降り出したことに気がついたのか、外の様子を伺おうと小屋の引き戸を開けて男の人が顔を出した。いきなり開いた扉にびっくりした僕と目が合うと、熊みたいに髭もじゃのその人はにっこり笑って僕を招き入れてくれた。


「君、そこに立ってると濡れちゃうよ。中に入って雨宿りするといい」


 招かれるままおそるおそる小屋の中へ足を踏み入れた僕が見たのは、大量の箱とその中に整然と並べられた土の欠片だった。それは僕がポケットに忍ばせているものと同じようなものに思えた。


「あの、これって何ですか?」


 男の人はポットから紙コップにインスタントコーヒーを注ぎながら答えてくれた。


「これは土器だよ。昔の人が作った道具さ」

「昔の人が作ったものなんですか?」

「そう、ここは古墳って言ってね。昔の人のお墓なんだよ」

「そうなんですか!?」


 僕はびっくりした。

 いつも楽しく遊んでいた僕の遊び場が、まさかお墓だったとは。


「だいぶ昔の事だから、今はすっかりただの丘になっちゃってるけどね」


 男の人は笑いながらコーヒーの入った紙コップをどうぞ、と僕に差し出して飲むように促した。僕に合わせてたっぷりとミルクと砂糖を入れてくれたコーヒーは、それでもどこかにちょっと苦さを潜ませていて、少し大人の味がした。


「あの、おじさんは何をしている人なんですか?」

「おじさんはこの古墳を調べているんだよ。誰がここにいたのか、どれくらいの人がいたのか、そういった事がこの土器を調べると分かるんだ」


 僕はおずおずとポケットから先ほどの土の欠片を取りだした。


「あの、さっきそこで拾ったんですけど、これも土器なんですか」


 おじさんは僕から欠片を受け取ると、蛍光灯にかざしながらまじまじと見つめる。


「お!そうだね、これも土器だと思うよ。君が拾ったのかい?」

「はい」

「素晴らしい。君もこれで考古学者だ」


 そう言っておじさんは嬉しそうに笑う。コウコガクシャ、が何の事かはよく分からなかったけれど、褒めてくれていることは分かったので、なんだかいい気分だった。


 雨が止むまでおじさんは色んなことを教えてくれた。僕の興味の根本は、この時の出来事に由来していると、今になって思い出される。



 ふと我に返り、足元を見つめる。こつんとつま先に当たった欠片を拾い上げると、それは土器の欠片だった。僕がそれを手のひらで転がしながら眺めていると、興味を引かれたのか先ほどの男の子が寄ってきた。


「それ、なんですか?」

「これは土器と言ってね。昔の人の道具なんだよ」

「昔の人が作ったんですか?」

「そう、ここには昔大勢の人が住んでいたんだよ……」


 こちらを見上げるキラキラした目を見つめながら、僕は話し出す。


 君もいつか、僕と同じように謎を追いかける人になってくれるかな?

 それはあの時の男の人と同じ願いだったのかもしれない。


 しばらくすると彼の母親が迎えに来たらしい。男の子は僕の話を聞きたがっていたが、そっと戻るように促した。こちらを振り向き振り向き去っていく男の子に小さく手を振ってやる。


 男の子の姿が見えなくなったところで、後ろから声を掛けられた。


「ああ、ここでしたか教授、探しましたよ。いったい誰といたんですか?」

「誰だろうねぇ。きっと未来の考古学者だよ」


 そう言って笑いながら、僕は迎えに来た助手と一緒にもと来た道を戻り始めた。

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