番外編1:数学の時間
~~~♪。
チャイムが鳴り、授業の開始を告げる。
「はーい、授業始めます。
今日は三角関数の復習から始めるね。まず定義の復習から...」
先生の声をききながら、私は教科書とノートを広げる。
机の上には綺麗に並べられたノートと教科書に筆箱。
背筋をのばし、黒板を書き写す。
授業をちゃんと受けているように見えるはずだ。
『東雲家の人間たるもの何事も完璧な人間になりなさい。
他人に粗を見せるなどあってはいけない。』
生まれてから常に言われ続けてきたお父様の言葉。
それは授業中の1分だって気の緩みを許してはくれない。
どこを切り取っても『完璧』な人間でなければならない。
でも、今は、今だけは、見かけだけ。
授業は予復習が完璧だから別に聞かなくても大丈夫。
それよりも今はもっと違うことに集中したい。
一つ右、二つ前。気がついたらその席に目が向いてしまう。
彼の後ろ姿。
ばれないように、でもできるだけ長い時間、そっっとみつめてしまう。
ちょっとだけはねてる後ろ髪。
退屈そうに方杖をついている後ろ姿。
だらっときている制服のブレザー。
そんなこともかわいく思える。
(あ、あくびをしてる。昨日寝不足だったのかな?)
くすっとわらいがこぼれてしまってばれないように慌てて手で口を隠す。
彼とは幼なじみ。
出会いは10年ほど前のことだった。
あの日私は彼に助けられ、瞬く間に恋に落ちていた。
とても些細なできごとだけれども
私にとってはずっと忘れられない大きな出来事だった。
(でも、きっと彼にとっては何でもない日のことで、
もう忘れてしまっているのだろうな。)
心の中でため息をつく。
だって、彼から見る私に対する感情は至って普通で変わらない。
いつだって、普通の幼なじみ。
仕方ない。好きな人に自分を好きであってほしいと求めるなんて贅沢な話。
それに、私は。。。
婚約者が決まっている身。
お父様が決めた婚約者。
まだ、二回しかお会いしたことはないけど
家柄も、学歴も申しぶんなく、物腰も丁寧でとてもいい人なんだろうと思う。
こんな身で恋愛をするなんて身勝手な話。
理解はしている。私が恋をいたいだなんて身の程をわきまえない話だと。
そう思って諦めようとしても、長年の秘めた思いはとどまることをしらない。
(付き合うのは無理だとしてもずっと見ていたし、ちょっとでも長く話したいし、
一緒に遊びたし、ほかにもいろいろしたい。
もしできるのなら。。。)
それに伴い妄想だって止まらない。
でも、現実は付き合ってもいないただの友人。
だから彼と話せるのは学校の時間しかない。
できるだけ話したくて、近づいていこうとしてみるけど、
いつも勇気がなくて遠くから見ることで終わってしまう。
(でも、今日は朝に挨拶に加えて話もできた。
とても良い日だな。)
朝のことを思い出して自然と口が緩みそうになるのをなんとかこらえる。
(あぶない。誰かに気づかれるところだった。
それに、これで満足したらだめ。
今日はこの後あの事を実行するんだから!)
浮かれた気分の自分に心の中で活を入れる。
『昼休み、いつも食堂で食べてる彼のところに話しかける!』
それが今日の私のおおきなミッションだった。
いつも一緒に食べてる友人が昼に用事があるといわれた先週からひそかに考えていたこと。
いきなりハードルが高いしどうしようか迷ってたけど、今日は彼と会話ができたとてもいい日だから、きっとうまくいく気がする。
(大丈夫。声をかけるぐらい。告白じゃないし、きっとできる。)
「じゃあ、今からこの演習問題をといてみましょうか。」
突如、先生の言葉にはっとさせられる。
(だめだ。ほかのことに気をとられすぎちゃった。
もう少し授業集中しなきゃ。)
私はドキドキとワクワクを混ざった感情のまま、
授業へと集中しなおしたのだった。
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