昼休みの時間

チャイムが退屈な授業の終了を告げる。

やっとお昼の時間だ。

男子高校生にとっては一日のなかでもっとも楽しみな時間と言っても囲んでない時間。いつもの道理食堂でご飯を食べに行くため、一樹ともう一人の友人の樋口祐馬ひぐちゆうまに声をかけた。


「一樹、祐馬。食堂行こうぜ。」

「おう。」

「えっと、ごめん。僕、数Ⅰの担当だからノート出してこなきゃいけない。先行っといてよ。」

「ああ、まじか。じゃあ、適当に席とっとくわ。」


そういうとノートを並べ直している祐馬をおいて、一樹とともに食堂に向かった。


「なに食う?」

「うーん、今日の定食メニューなに?」

「唐揚げ。」

「お、じゃあ、それにしよ。」

なんて言いながら適当にメニューを選ぶ。


俺たちが通うこの 学園は国内有数の国のエリート達の子息が集う学校だ。もちろん俺や祐馬みたいな一般人も肩身が狭くも通っているのだが、多くは令息、令嬢でありその生徒から寄付金を集めできあがった校舎はめちゃくちゃでかい。

ふつうに、大学レベルの大きさを誇っており、入学したての中学一年生は迷子になるのが毎年恒例だった。なかでも、全校生徒が昼休み一気にあつまる食堂はとくに十分な土地にお金がかけられている。

地下に広がる食堂は、食堂なんて呼ぶのがおこがましく思えるぐらい綺麗でメニューも豊富。味もそこら辺のレストランばりのものが出てくる。

よって、大抵の学生は弁当持参よりも食堂を選び、昼休みにはいつも人であふれかえる場所となっていた。


そうすると問題になってくるのが席のなさだ。昼休みにちょっと用事をしてるとすぐなくなってしまう。そのため、だんだん学年が上がってくると皆友達に頼んで席をとっといてもらうというのが横行していた。


(こんなことをするからますます席がなくなるんだよな...)

速くも多くの席がバックで埋まっているのをみて飽きれながらに思う。

まあ、そんなことを思いながら席取りする俺も同罪だが。


ちょうど隅の四人席が空いていた。ラッキーだと思い、横に鞄をおき、一樹を呼ぶ。


「やー、今日の授業めちゃくちゃ眠かった。よく耐えたよ俺。」

「はっ、ゲームのやりすぎで寝不足とか今度の中間でひどい点数とってもしらねーぞ。」

「あ?いやいや、今日だげだし大丈夫だって。」

「そんなこというけど、発売日からずっとそんなこと言って夜までやってね?」

「いやー...。まあそうだけど。いや、さすがにもうそろそろ自制する。」

「それ先週も同じことどや顔で言ってたぞ?今週あそび尽くしたからもう来週は寝不足ならねえって。」

「う、うるせーな。」

そんな会話をしていると、

突如食堂の入り口のほうでざわっと声があがった。


「ん?どうした。だれか倒れでもした?」

「そんな、不謹慎なこと言うなよ。」

そう返しながら食堂の入り口のほうをみて俺はしばらく固まった。

デジャブだ。今朝、というか毎朝校門で見る光景がひろがっている。


(あいつはいつも松本さんが作ってくれてるお弁当持参じゃねーか。

 中学三年間食堂に来たことなんて一度もない。

 なのになんで食堂に来てるんだよ。)


俺がそんなに動揺する存在。

そう、彼女、東雲が食堂の入り口に立っていた。


「えっ?まじ??唯姫??おい、まじかよ彼女が食堂に来たことあったっけ?」

興奮する一樹を横目に俺はいやな予感がしていた。

あいつが大抵いつも一緒にいる友人の如月の姿が見えず、一人なのもさらにいやな予感をきわだてる。


自分のいやな予感が当たってないことを願いながら、その騒ぎに無視したふりをして必死にご飯を口に運ぶ。

だが、残念ながらいやな予感ほどあたるものだ。


彼女は席を探すようにそっとあたりを見渡して、こちらを見た後、一直線に俺たちの方へ向かってきた。


....。


しかしながら、俺の予感は中途半端なところで外れた。

「ここ、空いているの?」

は、俺たちの机の横を通りすぎ、

 二つとなり、たまたま二つ空いていたテーブルの前に立ってそういった。


「えええ。はい!大丈夫です!!!!」

きっと年下だろう。中学生らしき少女達は興奮した表情で返している。

「ありがとう。」

そう言って彼女は席に着く。


「おいおいおい、めっちゃ近くに座ったぞ!」

いまだ興奮が収まらない一樹に対し、

肩すかしを食らい、うぬぼれた自意識に恥ずかしさにおそわれていた俺は必死に話を移そうとする。


「、、、。でさ、話もどるけど、なんと昨日ついに。」

「そんなことあとでいいだろ。この距離なら後ではなしかけられるんじゃね!」

俺の抵抗はむなしく、一樹は話題を変えようとしないどころが

嫌な提案までしてくる。

(逃げ道がない。どうしよう。)


そう途方にくれる俺に後ろから救世主が現れた。

「ごめん!!おそくなった。」

いつもご飯を一緒に食べる友人のもう一人。雄馬がやってきたのだ。


「お、遅かったな。」

「ごめんごめん。宿題忘れてきた子がいてノート写すの待ってたんだ。」

「いちいち待たなくても良いのに。相変わらず優しいな。」

「まあ、それが係の仕事だからね。

 次体育だし、急いで食べるよ。で、今なに話してた?」


「ああ、ほらあそこに、」

「ゲームの話だよ。なかなかランクが上がらなくて。」

急いで一樹を遮り俺は話を変える。


この雄馬は学校の中では珍しく東雲に対して異常なほどは興味を示さない一人だった。今もきっと近くで東雲がいることに気づいていない。

話を変えるのに良いチャンスだ!そう思い俺は話を続ける。


「いやさ、昨日もずっとやっちゃってやばいんだよ。」

「また?いい加減限度覚えた方が良いよ。」

「あー、まあもうすぐランク上がるからそれでちょっとはやめよるよ。」

「それ、先週もいいってたよね。で、いまどこぐらい?」

「なんと、もうそろそろプラチナにあがる。」

「え、おい。まじかよ?いきなりめっちゃ上がってね。なにやったんだよ?」

ランクの話には興味があったのか、一樹もこっちの話にのってきた。

軌道修正はうまくいったらしく俺はほっと胸をなぜ下ろした。


そうやって話をしていたら俺たちも食べ終わり、もうすぐ予鈴が近づく。


「次、体育だしもう行こうぜ。」

そう一樹が言い、俺たち席をたつ。


「なあ、東雲さん。食べ終わってるっぽいのにいまだ席にいるぜ。

 声かけた方が良いんじゃね?」

一樹がひそひそと聞いてくる。

「東雲が聞いてきてるわけじゃねえし大丈夫だろ。ほらいそくぞ。」

そう切り捨てるが、東雲は確かにすわったままだ。


(もしかして自分で返却口にもっていくのわかってないのか?)

そう心配になったおれはわざと彼女の横の通路を通る。

ちらっと俺たちを見た彼女は、そのままトレイを持って立ち上がり俺らの後ろをついてくる。

よかったと安堵し、返却口に並ぶ俺たちに後ろから元気な声が聞こえてくる。



「やばいやばい。授業おくれるぞ!いそげっっっっっ。」

中一だろうか?元気よく通路をかける二つの影があった。次の授業に遅れそうながよくわかる。


こんな混雑した食堂で走るなど周りを見れていないのであろう彼らは、そのまま少し間の空いた東雲と俺の間を体をすべらせ通り抜けようとする。

驚いた東雲はそのまま体勢をくずす。



ガッシャーーーン。



食堂に俺のトレイと食器が落ちた音が響き渡る。

辺り一帯の生徒の視線が一点に集まる。

そんななか俺は右手に感じる彼女の体重に脳がフリーズしていた。


体が勝手に動いたとはいえ、こんな大勢の前で彼女の肩を抱くような構図をとってしまった。

このままなのはやばい。内心へんな汗がながれてくる。


そうやって固まっている俺をおき、彼女すぐに体勢をおこした。

右腕から離れる体温にどことなくもったいなさを感じてしまう自分を急いで頭からおいはらう。


彼女のいつものポーカーフェースで

「ありがとう。食器とか大丈夫かしら?」ときいてくる。

いまだ脳がうまく動かない俺は「お、おう。」とだけしか返せないでいる。

俺の返事を聞いたのか聞かなかったのか、彼女は走ってきた中学生の方に向き合った。


彼らは自分が転がそうとした相手が東雲だと気づき顔が青ざめていた。

そんな相手に彼女は容赦なく注意する。

「あなたたち、通路走ってはいけないって入学時に言われなかった?」

「は、はい。」

よく知らない人間だと怒ってるかのようにきこえる東雲の口調に、一年生達は泣きそうだ。

そんな一年生の様子に目もとめず、

「次から気をつけてね。」

とだけ言い残すとスタスタと歩いて去って行ってしまった。


残された一年生はもう泣きそうだ。

さすがに、かわいそうに思いフォローを入れる。

「いや、東雲はいつもあんな感じで、別に怒ってるわけではないからな。

言われた通り、次から気をつければ良いから。ほら、動かないと授業おくれるぞ。いそいでたんだろ?」

そういうと、彼らはおそるおそる俺の方をみると「す、すみませんでした。」と頭を下げ、さっと逃げていった。


ようやく頭が落ち着き、はーっと深いため息をつく。

そして、皿を拾いあつめ始めた俺に上から声がかかる。

「かっこよかったぞ。さっきの。『幼なじみクン』がまるで王子様みたいで」

にやにやしながらそういう一樹に「うるせ」とどつく。

「俺たちも授業まで時間内だろいそぐぞ。」

そういうと、俺も早足でその場を立ち去った。

「おいおい、まてよ。」ニヤニヤしながら一樹たちが後ろを着いてくる。


あいつらはさっきのことについてからかいたいのだろう。しかし俺はもう触れてほしくなかった。俺は少なからずショックを受けていた。俺はあんなにパニックになったのに、東雲がそのポーカーフェースを全く崩さなかったことに。

彼女はさっきの出来事になんとも思ってないように見えたことに。


どうにかこのことを忘れてしまいたくて、一刻も早くチャイムが鳴ってくれることを願っていた。


だが、俺はあのとき自分もパニックになって気づかなかった。


いくら冷静だからとはいえ、いつもやさしく完璧に対応する東雲がなぜ、あんなにも冷たく一方的に後輩に注意し切り上げたのか。

落ちた皿を拾おうともせず、周りに声をかけようともせずにその場を去ってしまったのか。


早足で立ち去る彼女の顔は食堂を出るときにはもうすでに耳まで真っ赤に染まっていたことを。急速に上昇した自分の体温を、急激に上がった鼓動を悟られたくないがためにあんなにも速くその場を去ったことを。

俺には全く気づけなかったのだ。



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