黒の部屋 2

「バイト代、ちゃんと貰うからな」


「私の手料理、って事でどう? あれから上達したんだよ」


「絶対爆薬入れてるだろ」


「入れてない、って何回言わせるの!」



 どん、とテーブルを叩いて怒髪天を衝いている。こいつはからかうと面白い。



「お客様、他のお客様のご迷惑になりますので、奇声は……」


「あっ、すみま……奇声じゃないよ!」



 この店員、やりおるわ。美香も美香でノリ突っ込みとは、腕を上げた。


 ぷりぷり怒りながら、彼女はずずずと飲み干した。支払いを済ませる優太の後ろにくっついてくる。昔と変わらない。何一つ、変わっていない。


 いつものように怒って、いつものように泣いて、いつものように笑って、いつものように、隣にいた、あの時の美香だ。



「なぁ、美香……、お前」


「んー?」



 新しい彼氏とかいるのか? と聞こうとしたが、彼女の外見は、月を映す鏡に降りた純白の天使の如し。競争倍率は高すぎるだろう。



「なぁにー?」


「……いや、なんでもない。その事務所まで案内してくれ」



 元々優太たちは嫌いで別れたわけじゃない。



「ここだよ」



 彼が連れてこられた場所は、一見ありふれた事務所だった。どこにでも見かけるこの事務所の扉の奥が、魔界を管理しているのだ。


 意を決して扉を開け、一歩足を踏み入れると、意外も意外、爽やかな声が聞こえてくる。



「あぁ、佐藤様ですね。考え直していただけましたか?」



 確かに、雰囲気は似ている。もしかしたらモノマネ芸人の仕事をしたら、美香はそこそこ売れるのではないだろうか。



「いえ。どうしても彼が部屋を見たいって言うので、念のため確認させて安心させた方がいいと思って」


「はあ。左様でございますか。では、ご案内いたしますね」



 目で優太に何かを訴えてくる担当者。


 車で移動する事、およそ十分。立派な外装だ。駅やコンビニからも近いこの場所で、一万円未満とは……恐れ入る。


 二階から人が降りてきて簡単な挨拶を交わし、担当者は二階を見つめた。



「佐藤様にもご説明させていただいたのですが、ここはただの事故物件ではありません」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る