黒の部屋

黒の部屋 1

 彼女の顔は、ほころびっ放しだった。



「なぁ、そこ、本当に大丈夫なのか?」



 喫茶店にて、ミルクティをご馳走する優太が、心配そうな顔を向けている。



「平気だよ。事故物件だから安いだけでしょ? ほら、私霊感ないし、大丈夫」


「だからって、この都会のド真ん中に月一万未満の物件って……あり得ないだろ」


「見えなきゃいいだけの話だよ。なんなら、優太の部屋に泊めてくれるの?」



 ストローで汗だくグラスの氷をカランカランと回し、ジットリとした目で女は見つめる。



「……無理だ。いくらなんでも俺の部屋に二人は厳しい」


「でしょー? ほら決定」



 四畳半の部屋に二人は、ちょっと。


 美香は、まだまだ上京してきて日が浅い。高校時代付き合ってはいたが、社会人になってまで優太の番号を覚えていたとは優太も思ってもいなかっただろう。相変わらずコロコロと表情を変える天真爛漫な心。その姿に、ふと彼は高校時代を思い出す。



「だけどほら、じゃじゃーん! 見て見て! 外装はこんなに綺麗なんだよ!」



 彼女はスマホを取り出した。確かに美香の言う通り、新築のアパートのような物件だ。特に傾いているわけでもない。まさかこんな所が事故物件だなんて、誰も思わないだろう。ものすごいトラップだ。



「まだ契約はしてないんだろ?」


「うん、これからだよ」


「事故物件って事、説明されたのか?」


「うん。今は義務付けられてるみたいだからね。『ここだけの話、正直、やめておいた方が無難です。こちらの物件はいかがですか?』って言われちゃった」



 担当者のモノマネだろうか。髪を七三分けにし、やや硬めの口調で、かけてもいないメガネを上げる仕草をしている。……実際にいそうだ、こういう人。いやそれよりも、



「普通、担当はそういう物件売らなきゃいけないんだろ? なんだよ、それ。誰でも見える系じゃないのか?」


「だから、大丈夫だってば。いざとなったらコンタクト外して見えないようにするから」



 だめだこいつ。絶対人の話聞かない系だ。


 そもそも事故物件というのは安くなったとしても最大で五割引き程度のもの。絶対になにかがある。



「あ、そ。そしたら俺、明日も仕事あるから帰るわ。またな」


「ちょ、ちょっと待ってよ! 引っ越しの荷物とか段ボールに入れるから、手伝ってよ!」


「嫌です」


「なによー! 優太のケチんぼ! まだお昼にもなってないのに!」


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