9:3 Inferiority and Gunshots ─劣勢と銃声─


 地上で開かれる第二次終末聖戦。

 雪月花の統治者は自身の国を守護するために騎士団と共に死闘を繰り広げる。飛び交う雄叫びと血肉。押し寄せてくるのは鎧型の鋼が擦れる音と歯軋りの不快音。


「スノウ様、依然として騎士団は劣勢の状態です。このままではエメールロスタの防衛線を突破されるのも時間の問題かと……」

「……まるで『鋼の雪崩』ですね」


 ルミの報告を聞きながら最前線で指揮を執るのはスノウ。鎧型を斬り裂いて戻ってくる大鎌を手に掴むと、アモンイシルまで続く食屍鬼の群れを見据えた。鈍足なことで侵攻は遅いが着実に領土を占領しつつある現状。

 スノウですら持て余すほどの数で進軍する食屍鬼に、騎士団だけでは時間を稼ぐことしかできなかった。


「皇女殿下!」

「十秒で報告を済ませなさい」

「わ、我々の防衛線が奇襲を受けています!」

「……!」


 スノウは一人の騎士から報告を受けるとすぐさまエメールロスタの方角へ振り向く。背後を取るために遠回りをしてきたのかと憶測を立てたが、それを見越した上で監視役の騎士を地上に待機させている。

 もしや監視役の騎士が暗殺されたのか。様々な憶測が脳裏を飛び交う最中、スノウはふと我に返った。


(……『大蛇の風穴』を散乱させた真の狙いは──敵の内地へ奇襲を仕掛ける為でしたか)


 雪月花の領土に散らばる大蛇の風穴。

 メデューサを暗躍させて『雪月花の領土を削る』ことが狙いだと誰もが思い込んでいた。しかしそれは表面上の狙いに過ぎない。真なる狙いは第二次終末聖戦を前提とした『奇襲する為の経路』だった。

 

「スノウ様、私が何人かの騎士を連れて奇襲軍を排除しに向かいます……! どうかご命令を!」

(……大蛇の風穴の位置はすべて把握し切れていません。ルミと少数の騎士だけでは数で押し切られるだけでしょう。ならば私が大蛇の風穴を通れぬよう一つずつ潰すしか──)

「うあぁあぁあぁあぁああッ!?!」

 

 最前線から聞こえてくる騎士の悲鳴。

 地響きと共に地表から姿を現したのは鋼鉄の百足ムカデタイラント。蜷局を巻けばエメールロスタを囲えるほどの巨体。凄まじい威圧感に騎士団は狼狽えてしまう。


「吸血鬼たちは、あんな怪物まで手名付けて……」

「皇女殿下ッ! このままでは我々騎士団は壊滅させられ──」


 弱音を吐こうとする団長ローレンの言葉を遮るように地表から飛び立つスノウ。標的は高さ二十メートルから地上を見下ろすタイラントの頭部。スノウは身体を捩らせて右脚に力を込めると、


が高い」

「ギギギィアァアッ!?!」


 鋼鉄の頭部に右脚の蹴りを打ち込み、鎧型の食屍鬼を巻き込む形で地上へと叩きつける。衝撃と共に宙に舞うのは土埃と食屍鬼の肉体。スノウは氷の皇女の名に相応しい冷めた顔で着地をする。


「ローレン、ルミ。この場にいるすべての騎士を連れて、奇襲を受けた防衛線を守護しに向かうのです」

「……っ! ですがスノウ様だけに前線を任せるのは──」

「不敬者、主の命令に背くつもりですか?」


 鋭い視線を送るスノウ。ローレンは不安を募らせているルミの隣でしばらく目と瞑った後、覚悟を決めた様子で騎士たちを一望し、


「聞けお前たち! 皇女殿下は我々騎士団にエメールロスタを囲う防衛線を守護するよう命令した! このまま後退するぞ!」

「こ、後退だって? まさか皇女様一人でこの数を?」

「流石の皇女様でも無理よ! あんなムカデの怪物だっているのに……!」

「お前たち何をしているッ!? ここは皇女殿下に任せて早く後退しろぉッ!!」

 

 騎士たちへ後退命令を出した。

 ローレンの覚悟を決めた強い声によって動揺していた騎士たちは、次々とエメールロスタを守護するために後退していく。騎士たち全員が後退したのを確認したローレンはスノウの前で深く一礼すると、


「皇女殿下、ご武運を祈ります」


 それだけ告げてエメールロスタの防衛線まで馬で向かう。しかし未だにルミだけは前線に残り続けその場で俯いたままの状態。スノウは背を向けたまま、二枚刃の大鎌を手元で回転させる。

 

「スノウ様……私は……」

「ルミ、この戦場が私の最期・・になると?」

「えっ……?」

「あなたは過去に誓いを立てたでしょう。『如何なる時も最期までお供します』と。その最期が今だと言いたいのですか?」

「──!」


 心が凍る前に立てた誓い。スノウの勝利だけを見据える悠々とした態度。ルミは誓いを覚えていたことに対して驚きつつも、ゆっくり一息つくと募らせていた不安を拭う。


「……いえ、今ではありません」

「ならば行きなさいルミ。エメールロスタを守護するのです」

「承知しました。スノウ様、どうかご武運を」


 そして従者としての顔つきに戻し、スノウに一礼してから馬に乗ってエメールロスタの方角へと駆けて行った。


「フゥーッフゥーッ……!!」

「カチカチカチッ……」

「ギギギィアァアァアッ!!」

「……父上は、このような状況下で戦い抜いたのですね」


 歩みを止めぬ鎧型の食屍鬼。何食わぬ顔で起き上がるタイラント。スノウが思い浮かべたのは故郷を奪われた際に、雪月花を逃がすため時間を稼いでくれた父サウル。その光景と自分自身と重ね合わせ、凍てついた視線を食屍鬼とタイラントに向けた。


(恐らくクレスやミールも私と同じ戦況……ですがあの二人は私よりも賢明です。戦術の一つや二つで乗り越えられるでしょう)


 アダールランバの最前線。

 そこにあった光景は騎士団長のガブリエルがラミを強引に連れて行こうとする姿。クレスは単独で黒曜の大剣を構えて、鎧型の食屍鬼と鋼鉄の百足タイラントを見据える。


「何を考えてるのよ大バカ皇子!? 一人で前線に出るなんて死にに行くようなものでしょ!?」

「落ち着いてラミ! アダールランバを守るためにはそれしかないだろう!」

「嘘に決まってるわ! 本当はいい作戦があるんでしょバカ皇子!? いつもみたいに知恵で何とかして──」

「不可能だ」


 問い詰めてくるラミに対して即答するクレス。ラミはキッパリと断言されて言葉を失う。追い討ちをかけるようにクレスはこう話を続けた。


「なぜ原罪は俺たちに猶予を与えたのかをずっと考えていたが……その答えはこれだ。大蛇の風穴の出口まで鈍足なこいつらを事前に進軍させるため」

「バカ皇子……」

「やっぱり吸血鬼に慈悲なんてものはない。もっと早めに警戒するべきだったな」


 クレスは羽織っていたコートをなびかせてラミとガブリエルの方へ顔だけ向ける。その顔に込められるのは対策を怠った反省と覚悟を決めた闘志。


「俺たちの国を頼んだぞ、ガブ」

「ああもちろんさ。騎士の誇りにかけて守り抜く」

「……ラミ、叔母さんの居場所を守るんだろ?」


 そう問われたラミは静かに頷くことしかできない。おば様の居場所を失いたくないという想いとクレス一人を前線に残すという不安。二つを天秤にかけたとき、ラミは身動きが取れなくなるほどに躊躇してしまう。

 

「それにキリサメたちが頭を潰してくれるまで耐えるだけだ。この数を全滅させる為にここに残るわけじゃない」

「……許さないわ」 


 それでも決心して選択しなければならない。ラミは苦渋に満ちた声を振り絞りながら一言だけそう呟くと、


「ラミが女王になるまで傍にいるって約束──破ったら許さないわよクレス」


 背を向けながらそれだけ言い残し、馬に飛び乗ってアダールランバへと平地を駆けて行った。騎士団長のガブリエルも「やれやれ」と馬へ騎乗する。


「そっちは頼んだぞガブ」

「クレスもね。死んだら泣いちゃうよ」

「お前は子供か」

「良き理解者がいなくなれば誰でも泣くよ。……ではクレス皇子、武運を祈ります」


 ガブリエルが前線から去っていくのを背中で見届け、クレスは鎧型の食屍鬼たちを捉えながら黒曜の大剣を軽く振り回した。百足のタイラントは挑発されたと勘違いをしたのか、肉体を左右に揺らすとクレスに向かって頭突きを仕掛けてくる。 


「ギギィア"ァア"ァアッ!!」 

「ごめん母さん。俺はもう──」


 大剣を大盾に変形させてタイラントの頭突きを受け止めた。ブーツと地面を擦らせクレスの肉体は数センチほど後退するが、


「──逃げるのをやめたよ」

「ギギギギァアッ……!?!」

 

 大きく上方へと盾を逸らし頭部を弾き飛ばす。奇声を上げたタイラントへ追い討ちをかけるように、今度は大盾から大型のハンマーへと変形させ、中腰の状態となると、


「月までぶっ飛べッ……!」

「ィギギィア"ァア"ァアッ!?!」

 

 振り上げたハンマーを鋼鉄の下顎に叩き込み、タイラントの百足の上部ごと夜空へと吹き飛ばした。タイラントの鋼鉄の外殻にヒビが入り、食屍鬼の群れを押し潰す形で仰向けに倒れる。


(姉さんとミールも恐らく同じ戦況……。姉さんは相手が何であろうと薙ぎ倒すから問題ないとして、ミールの方は懸念すべきか……)


 クレスが懸念するアフェードロストの戦況。

 想像するのは苦戦を強いられながらも奮闘するミールの姿と花月騎士団。相手は鎧型の食屍鬼と鋼鉄の百足タイラント。同じ戦況で、同じ戦法を取っているだろうと。

 しかし現実は──


「はぁはぁっ……原罪が、どうしてここに……?」

「すみませんすみません……。この国が一番落としやすそうだったので……」


 ──騎士団が壊滅した状況下。

 鎧型の食屍鬼を率いるのは六ノ罪Lailaレイラ Oliverオリヴァー。目の前に立ちはだかるのは衣服と肌に傷を負ったミール。エリンは後方でうつ伏せに倒れ、ヤミはその場に座り込んで動けずにいる。

 そしてロックは片膝を突きながら額に血を伝わせ、片目を閉じていた。


「チッ、よりにもよって来んのがお前とか運がねぇーな」

「狙われた時点で運なんてないと思いますよ……」

「いーや、お前の場合は特段に運がねぇーの……うぇっ……」


 ロックは何とかその場に立ち上がるとレイラを鼻で笑う。周囲の死体から漂う鉄の臭いと花の香りが混ざり、ロックはやや嗚咽を漏らしかけた。

 

「レインズ家出身でオリヴァー家出身の女、誰も相手にしたくねぇじゃん」 

「転生者様、それはどういう……?」


 栄光ある名家であるアーネット家。

 そこから分裂したとされるレインズ家とオリヴァー家。史実上ではステラがレインズ家の始祖、レイラがオリヴァー家の始祖として記録されているのだが、


「その女、レインズ家とオリヴァー家の血を継いでんだよ」

「二つの名家の血筋を……?」

「レインズ家とオリヴァー家はアーネット家から直接分裂したわけじゃねぇ。実は一つの前に『Leivaレイヴァー家』って家系があんだよ。その家系はレインズ家とオリヴァー家の才能を継いだ──フィジカルバケモンの集いだった」

 

 分裂する前に『Leivaレイヴァー家』が存在した。

 レインズ家の『身体能力の高さ』と『剣術や剣技』に長けた天性。オリヴァー家の『動体視力』と『静止視力』の良さ、そして『狙撃能力』に長けた天性。それらを持ち合わせるレイヴァー家。

 ロックはその血筋を継いでいるのがレイラ・オリヴァーだと説明する。


「そうだったのですね。どうりでここまで手強いわけです……」

「私のことを知ったように話すのは腹が立つのでやめた方がいいですよ……」

「んぁ? でも事実じゃ──」


 そう言いかけたロックに大型の散弾銃を即座に向け、引き金を引こうとするレイラ。ミールが銀の細剣で銃口を大きく上へ逸らしたことで直撃は免れたのだが、


「うッぐぁあぁッ……!?」

「すみませんすみません……。腹が立っているので手加減できません……」


 反対側の手に握りしめた大型の狙撃銃を薙ぎ払い、ミールの脇腹に打ち込んで地面に勢いよく叩きつける。うつ伏せになったミールは立ち上がり、目にも止まらぬ速度で反撃の突きを繰り出した。


「本当にアーネット家ですか……? 遅すぎて話になりませんけど……」

「きゃあぁあっ!?」

「おいおい、こっちに投げんのは無しだ──うおぉおぉあぁぁッ!?」


 しかし俯きながらすべて避け切った後、数センチの距離まで一気に詰め寄るとミールの胸倉を掴んで投げ飛ばし、ふらついていたロックに衝突させる。


「すみませんすみません……。あの世で反省会でもしてください……多分自分の弱さを反省することになると思いますが──」


 両手に握りしめた大型の散弾銃を向け引き金を引こうとした瞬間、地表から身を揺るがすような轟音が鳴り響く。


「ギギィィア"ァア"ァア"ァア"ア"ァア"ッ!!!」


 そして奇声を上げた鋼鉄のタイラントの頭部だけが花火のように打ち上がり、地表に大穴が空いた。誰もが宙を舞うタイラントへ注目した途端、


「──BANGバン


 地上から撃ち出された白と花葉色が混ざった大型の光線がタイラントの頭部が消し飛ばす。飛び散る塵は花火のように消滅し、夜空に浮かぶのは星と月だけ。その光に照らされながら歩く少女の人影。


「やはり火力を抑えぬ撃ち方は爽快だな」


 両手に銀の散弾銃を握りしめた六ノ戒Ellenaエレナ Oliverオリヴァー。手負いの部下を安全な場所へと寝かせるとレイラたちの方へと視線を向ける。


「十戒と残骸……。どうやら列車は止められなかったようですね……」

「……貴様、原罪だな?」


 ミールたちが倒れる惨状。転がる騎士団の死体。レイラが握る二丁の散弾銃。それらを観察したエレナはすぐさま理解した。


「それにその得物の持ち方……。貴様は噂に聞いていたオリヴァー家の始祖、レイラ・オリヴァーか」

「すみませんすみません……。先祖を気安く呼ぶのはやめてくださ──」


 おどおどした態度を見せながらも右手に握った大型の散弾銃を一秒足らずでエレナへ向ける。だがレイラが右腕を上げる前にエレナは引き金を引いて、右肩を消し飛ばした。


「始祖殿、早撃ちは不得意で?」

「……」


 煽られたレイラから放たれる凄まじい殺気。エレナはその殺気を物ともせず、迎え撃つ体勢へと切り替えた。


「貴様はMashマシュ Oliverオリヴァーという男を知っているだろう?」

「……」

「黙り込むな。貴様は知っているはずだ。Mashマシュ Oliverオリヴァーは六ノ戒を背負い、第一終末聖戦に赴いた先代。貴様と相まみえたはず」


 やや怒りを込めて問いかけるエレナ。レイラは殺気を放ちながらもその関係性に勘付き、ニタッと不気味な笑みを浮かべ、


「すみませんすみません……。撃った弾丸の数は覚えていますけど撃ち殺したまとは覚えていないんです……」

「何だと……?」

「ああでも覚えていますよ。的を庇おうとした『変な的』のことなら。もしかしてあの『変な的』が六ノ戒ですか……?」


 挑発するようにぽつぽつと雑に語り出す。エレナの脳裏に過るのは先代六ノ戒であるマシュ・オリヴァーとの記憶。

 

『エレナ・オリヴァーよ。吸血鬼やろう共を始末した数を決して誇るな。誇るべきは弱き人々を守れた数。我々O機関の誇りと使命は常にそこにあるのだぞ』


 やや白髪交じりの金髪に四十代半ばの低い声。右目を黒の眼帯で覆い、しわが目立つ皮膚に縫われた痕跡。アカデミーに通う前のエレナは彼を『教官』と呼び、敬意を払う偉人として慕っていた。


「我々の偉大なる教官をッ……ウジ虫、貴様ごときが的呼ばわりするなッ……」

「でも撃たれた時点で全部的ですよね……?」

「その詭弁だけが立つ舌を撃ち抜かれたいのか貴様はッ……教官は、我々が敬意を表するべきお方だッ……」


 自身の師でもある教官を侮辱されたエレナ。怒声を放たぬよう平静を保ちながら瞳孔を開き、レイラを射貫くように睨みつける。

 

「我々オリヴァー家の汚点レイラ・オリヴァー……この場で粛清させてもらおうか」

「すみませんすみません……。汚点になるのは穴だらけになるあなたの方ですよ……」

 

 近接戦に持ち込もうと互いに地を蹴って縮まる距離。その最中で六ノ戒が振るう銀の散弾銃、六ノ罪が振るう大型の散弾銃が、


「我々を舐めるなよ吸血鬼」

「舐められる方が悪いですよ……」


 撃鉄と共に衝突した。

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