9:2 Wagon Conflict ─貨車の抗争─


 地下の広い坑道を突き進む貨車。

 前方を包み込む薄暗い闇を電気とやらの光源で照らし、激しい振動音を木霊させながら目的地であるアモンイシルまで私たちは向かう。


「どーやどーや自分ら? うちが手直しした『電光列車でんこうれっしゃまほろば』は!」

「な、名前も付けたのか……?」

「にゃははっ、一晩の付き合いでこの子に愛着が湧いたんや! それに発明家として名前を付けておけば、後世に語り継がれるかもしれへんやろ?」

「……偉人気取りか」


 意気揚々と語っているジャンヌと苦笑しながら相槌を打つキリサメ。私はボソッと呟きながら武装の手入れを進めていた。武装や制服はリンカーネーションから支給されるルクスα・ディスラプターα二丁・銀の杭のホルスター。

 ジャンヌはその武装に気が付くと操縦席で目を見開きながら小窓から身を乗り出してくる。


「な、なんで自分、うちの『三種の神器』を使ってないんや?!」

「……? 利便さを考慮した上での選択だ」

「り、利便さ……?」

「お前が発明した三種の神器とやらは攻めに関しては上出来だろう。だがそれ以外が不便極まりない」


 ジャンヌが開発した『三種の神器』と呼ばれる武装。鏡を失えば吸血鬼共の息の根を止められず、牽制となる遠距離の武装は使い勝手が悪い爆破物。一歩間違えれば自身を絶命させるきっかけになる武装だ。

 私が遠慮もせずに淡々と欠点を説明していけばジャンヌは落ち込むかのように徐々に俯いていく。キリサメはそんなジャンヌの様子を察すると私に顔を向けてくる。


「お、おいアレクシア! もうちょっと優しい言い方をして──」

「にゃはははっ、ありがとうな自分! うち、ボロクソ言われてむっちゃ嬉しいわ!」

「えっ、嬉しいのか……?」

「そりゃそうやで! こーして意見貰えるのは今のが初めてやからな! おかげでうちもまだまだっちゅーことが分かったわ!」


 しかし顔を上げたジャンヌは意見を貰えたことでむしろ喜んでいた。自信作を批判された上での痩せ我慢ではなく嘘偽りのない本心。私は「変わった女だ」と独白しつつキリサメに視線を移す。


「他の武装はお前の奇術とやらに収納してあるか?」

「ああ、言われたモノは全部仕舞ってあるぞ。ゼンツァの地下室にあった武装も……こんな風にいつでも出せるぞ」

「……そうか」


 試しに手元へディスラプターαの弾倉を出現させるキリサメ。その様子を見ていたエレナは和菓子を食べているフローラを引き連れて私たちへ歩み寄ってくる。 


「しかし利便性の高い力だ。我々は一度たりともそのような力を目にしたことがない。確か……奇術トリックと呼ばれる力だったな?」

「はい、まだ扱いに困っている最中なんですけどね……」

「我々O機関は前線の後方支援、もとい補給線の責務を果たさなければならない。君が持つその力は我々O機関に多大な貢献ができる。もし宛がなければ我々O機関が歓迎するが、どうだ少年?」

「本当ですか!? それじゃあちょっとは考えてみま──」

「むんぐっ!? んっんんっ!」

 

 エレナがキリサメを勧誘するとフローラは驚きながら和菓子を喉に詰まらせ、何度も「やめた方がいい」と言わんばかりにエレナの背後で首を左右へ振る。私は顔を青ざめるフローラを見てから二人の会話へこう口を挟んだ。


「O機関の志望・・率はR機関の次に低いと聞いたが」

「小娘、それは死ぬ・・方の確率を言いたいのかね」

「……その下らん洒落も責務の一環か」

 

 誤魔化すように下らない洒落を口に出すエレナ。私はそう吐き捨ててからその場に立ち上がり、キリサメの右肩へと手を置いてこちらへと向かせた。


「お前はA機関から勧誘を受けている。選ぶべきは内地のA機関だろう」

「アレクシア……お前、俺のこと心配して──」

「無駄死にするだけの男を戦地に送り出して何の意味がある?」

「いや、何でもない。少しでも優しいと思った俺が馬鹿だったよ」


 言葉にしてはいないが何よりも里親のシーラを悲しませるわけにはいかない。大事な子を二人も失った過去を繰り返してはならない。私はわざとらしく溜息をつくキリサメを他所にエレナをやや睨む。

 責務やら貢献やらと都合のいい言葉を並べ、無知な人間に必要価値を与え、利用しようとする一人前の口述。このエレナという女は見かけによらず、人をたぶらかすのが得意なようだ。


「そう睨んでくれるな小娘。我々は少年を悪いようにするつもりはない」

「どうだろうな。お前の言葉は建前にしか聞こえん──」

「う、うおわぁああぁあああッ!?!」


 私の言葉を遮るのはエレナの部下の叫び声。

 そちらの方へ顔を向ければ叫んだ部下のそばに倒れる男の死体。鉄製の剣が胸元を貫通し、貨車の上を鮮血で染め上げていく。


「同志諸君、警戒態勢を取れッ!!」


 エレナが声を張り上げるとその場に片膝を突き、東西南北全方位を見据えられる陣形へ変わる。エレナは大型の狙撃銃を拾い上げると貨車の中心に立ち、辺りを鋭い眼光で見渡す。

 気が付けば貨車が走行するのは炭鉱を採掘であろう広大な空洞の中。車輪を導く軌条きじょうが敷かれた地面は貨車が通れるほどの面積しかない。一度でも脱線すれば底の見えない深淵まで真っ逆さま。 


「──!」


 南西から弧を描きながら向かってくる大型の鉄斧。エレナはすぐさま振り返ると大型の狙撃銃を上空へ構え、照準器を除かずにすぐさま発砲して弾き飛ばす。衝撃がエレナの小さな身体に加わるが、動術の反動を利用したことでその場で華麗な一回転をして着地をする。


「各員、南西の方角に迎撃態勢を取れッ!!」

 

 搭乗する貨車の位置から対となる位置。私たちが靄のように先を曇らせる闇の中を眼を凝らして見つめれば、


「な、なんやなんや!? うちらと同じ貨車が向こうで走ってへんか!?」

 

 同系列の貨車が走行していた。操縦席も連結した車両の数もまったく同じ類。しかし異なる点がたった一つだけある。


「フゥーッフゥーッ……!!」

「……食屍鬼共か」


 搭乗するのが無人でも人間でもなく──食屍鬼共だということ。エレナ率いるO機関の部下たちはその光景に表情を雲らせつつ、下ろしていた銃口をすぐさま食屍鬼共に向ける。


「ガチッ……カチッカチッ……!!」

「違うアレクシア! あいつらはただの食屍鬼じゃない! ストーカー卿が改良した変異体だ!」


 更に言えば通常種ではない。銀を帯びた肌が不気味に反射し、肉体の所々に鋼の破片が埋め込まれている。真っ赤な瞳は暗闇で輝き、響くのは歯軋りの音と鋼が擦れ合う音。涎を垂らしながら私たちの方をじっと見つめてきた。


「あのウジ虫共が報告にあった例の変異体か。……同志諸君、ヤツらの心臓に風穴を空けてやれぇッ!!」


 エレナの掛け声と共に一斉射撃を始めるO機関の部下たち。両手持ちの軽機関銃はディスラプターαの外装と似ているが、撃ち出された弾丸はすべて小型の杭。五十メートル以上離れた位置でこちらを見据える食屍鬼の変異体に真っ直ぐ飛んでいく。


「……ッ! エレナ様、我々の弾丸が弾かれてしまいます!」

「チッ、我々が来ることを知った上での対策か……?」


 だが小型の杭は変異体の肉体に刺さることない。火薬によって射出された衝撃と鋭利な先端をものともせず肉体に触れた瞬間、他所へと弾き飛ばされてしまった。エレナは思わず舌打ちをして眉を顰める。


「エレナ様ッ! 何か飛んできます!」

 

 天井を見上げれば弧を描いて飛んでくる無数の鉄の武器。刃がボロボロになった錆びた剣や頭部を容易く割れる研がれた斧、人を串刺しにできる鉄の槍や殴られれば只では済まない鉄のメイス。雨のように貨車へと降り注ごうとする鉄の武器に、一瞬だけ私たちの呼吸が止まれば、


「きゃあぁああぁあぁあッ!?!」

「おい大丈夫かッ──うぐぁあぁッ!?」


 貨車全体に金属同士が衝突する音、そして血肉が裂かれる音と断末魔が響き渡った。血涙の力を使おうかとも考えたが、今は十戒であるフローラやエレナの前。グローリアから追われてる身の上で力を見せることはできない。

 私はしかめっ面を浮かべてからキリサメと操縦席を防衛するために、降り注ぐ鉄製の武器をルクスαですべて弾き返す。


「んにゃあぁあぁあッ!?! あかん、あかんでぇえぇッ!! このままやと列車が壊れてまうッ!!」

「シスターフローラ! 貴様はこの貨車を守れ!」

「んむむっ! んっんんっ……!」

「まだ喉に詰まらせてるのか貴様は……!?」


 両膝をついて未だに和菓子を喉に詰まらせているフローラ。エレナは呆れと驚きを込めた怒号を飛ばしてから、大型の狙撃銃を変異体の食屍鬼共に向けて構える。


「フゥーッフゥーッ……!!」

「教えてやろうウジ虫共、放たれた弾丸は過去となるが──」


 鉄製の得物を投擲しているのは食屍鬼共の変異体。木箱に積み重なる鉄製の武器を握りしめ、凄まじい腕力で次々と投げ飛ばしてきている。エレナは小首を傾げながら照準器を覗き込むと、


「──狙われた貴様らにとってその弾丸は未来だ」


 引き金を引いて一発の弾丸を放つ。射るような視線と共に撃ち出された一弾は変異体を貫かず、軌条と車輪の間へと滑り込むと変異体を乗せた付随車が大きく傾く。その衝撃で崖下へと貨車全体が転落しかけたのだが、


「ギシギシッ、カチカチカチッ……!!」

「チッ、まとめて仕留めきれんか」


 変異体はやや知能を持ち合わせているようで、二台目の付随車に乗っていた一体の食屍鬼が連結部分を解除して三台目だけを崖下へと落とす。エレナは荒々しく舌打ちをし、もう一度車輪を狙おうと隣の二台目に照準を定める。


「上ですエレナさん!」

「……ッ!」


 エレナに対してそう叫ぶキリサメ。顔を上げれば向かってくるのは鉄の得物ではなく、対岸から跳躍してきた変異体本体。次々と重々しい音を立てて着地すれば私たちの貨車が何度も傾きかける。


「フゥーッフゥーッ……」

「カチッ、カチカチッ……!!」

「……この貨車ごと破壊するつもりか」


 私たちをまとめて始末するなら貨車ごと奈落の底へ転落させればいい。そう言わんばかりに五十メートル先から跳躍をし、凄まじい衝撃と共に飛び乗ってきた。私はその変異体の姿を間近で目にし、初めてその全貌を理解する。


「この変異体共は……」

「何だよこいつら?『鎧を着ている』……のか?」


 エレナとキリサメが目を凝らすのも無理もない。変異体に埋め込まれた鋼の正体は鎧そのもの。肌の外に身に着けているのではなく、皮膚の下に纏っている状態。変異体は一歩ずつ床を踏みしめて、こちらまで前進をしてくる。


「負傷者は操縦席まで後退しろ! 戦える者は『零距離戦』の陣形を築けッ!」


 負傷者たちを先頭の操縦席まで避難誘導させた後、戦える者たちを招集させるエレナ。ルクスαを握りしめたO機関の部下たちは変異体と睨み合い、どちらが先に仕掛けるかを探り合う最中、


「──ッ!」

「グゴァッ……!?」


 エレナが左手に大型の狙撃銃、右手にルクスαを握りしめて先陣を切ると至近距離で変異体に向けて狙撃銃を発砲し、


「グギゴァッ……!?」

「ググギィアッ……!?」


 動術の反動を利用してその場で回転すると東側の変異体にルクスα、西側の変異体に狙撃銃を勢いよく衝突させ、貨車の外へと吹き飛ばした。


「同志諸君、この変異体に刃も弾丸も通らない! 我々人間の力で奈落の底まで引きずり下ろしてやれッ!」

「エ、エレナ様……」

ひるむなッ! 私の後に続けぇッ!!」


 エレナの一喝と鼓舞。O機関の部下たちは皆で視線を交わすと覚悟を決めた顔で強く頷いて、


「おい、俺たちもエレナ様に続くぞッ!!」

「……そうね、私たちは誇り高きO機関だもの!」 

 

 エレナの後に続いて変異体との交戦を始めた。私は操縦席のそばでその様子を確認しつつ、こちらに前進してくる三匹の変異体を観察する。


「フゥーフゥーッ……!!」

「カチカチッ……カチッ……」

「……遅いな」

「『遅いな』……ちゃうで自分! 何を呑気に眺めとんねん!? うちらのとこまで近づけたらアウトなんやで!? はよ何とかせな!」


 通常種よりも向上した点は恐らく『肉体の重量と頑丈さ』と『腕力や脚力』だと見て取れる。逆に劣化した点は『歩行速度』の一点。鎧の重量に肉体が追いついていない。その証拠に走って距離を詰めようとはせず、一歩ずつ床を踏みしめて向かってきている。

 所持する杭を心臓まで突き刺すのは困難。ルクスαで正面から斬りかかれば刀身が折れる可能性も高い。だが対処しなければ距離を詰められる。それらの情報から導き出される戦法は、


「フゥーッフゥーッ!!」

「落ちろ」

「フグォオォッ……!?!」

 

 受け身の状態で崖際を背にすること。

 距離を詰めた私に鉄斧を振り下ろしてきた一匹の変異体。一撃を外せば身体の重心は前へと一瞬だけ傾く。その隙に背後へ回り込み、右手に握りしめたディスラプターαを何度か発砲して貨車から蹴り落とす。 


「カチカチカチッ……!!」

「つまらん遊びだ」


 崖際で一打目を誘い、背後に回って蹴り落とす。二匹目、三匹目の変異体も同じ戦法で崖下へと突き落としていく。通常種を相手にするよりも少ない手数。

 迅速に操縦席へ近づこうとしていた変異体を始末し、私はO機関の部下たちが交戦する二台目の付随車まで歩いて向かう。


「フゥーッフゥーッ……!!」

「お、重いぃいッ……!!」

「くっ、もっと踏ん張れッ!! このまま外まで押し出すんだ──」

「退け」


 一匹の変異体の大剣を受け止めるO機関の男女二人組。そのまま鍔迫り合いの形で押し出そうとしていた為、背後から近寄ると左右へと押し退ける。その反動で変異体は大きく体勢を崩し、こちらへと寄りかかってきた。

 私は何食わぬ顔で身をかわすと左肘で変異体の背中を軽く突いて貨車の外へと退場させる。


「あ、あなたは……」

「……」

 

 語ることは何もない。こちらを見つめるO機関の者たちと視線を交わさず、次なる変異体の元まで向かう。


「ほへぇ、まさに仕事人って感じの立ち回りでかっこええやないか。人を助けるのはお手の物ってことなんやろうな」

「……あいつからしたら食屍鬼を倒しただけで、人を助けたわけじゃないんだよな」

「ん? 今何か言うてへんかったか?」

「あぁいや、ただの独り言だよ」


 やることは何も変わらない。蹴り落として、突き落として、淡々と変異体の数を減らしていくだけの作業。ふと気が付けば貨車へと飛び乗ってきた変異体たちは、すべて崖の向こう側へと姿を消していた。


「……片付いたか」


 不快な呼吸音や鎧が擦れる金属音は途絶え、車輪が軌条を辿る音だけが響く。私は左手に握りしめていた銃を腰部のホルスターへと仕舞えば、ルクスαを鞘に納めながら私の元までエレナが歩み寄る。


「小娘……いや、アレクシア・バートリ殿。我々O機関への協力を深く感謝申し上げる。T機関のティア・トレヴァーには貴殿の功績をしっかりと報告しておこう」

「……必要ない」


 隠蔽していた私の所在。フローラの証言によって花月騎士団の騎士という身分を突き通せるはずもなく、ルーナ班を騙す際に使用した『T機関からの派遣』という偽の身分を提示することしかできなかった。


『ふむ、T機関からの派遣? 我々O機関にそのような報告は届いていないが……』

『あ、あの~、私は聞いてましたよ? グローリアを旅立つ前にティアちゃんから二人組を派遣してると』

『シスターフローラ、その話は本当だろうな?』

『え、えへんっ、勿論ですとも。我が主とエレナさんに誓います!』

 

 当然のことだが厳格なエレナに疑われることは避けられない。しかしどういうワケかフローラが援護射撃をしてきた。その不可解な言動は未だに私の中で引っかかっている。

 考えられるのはこの場で嘘が発覚することで私と同様の問題を被るか。それとも──私が追われる立場を知ったうえで味方に付こうとしているのかのどちらか。


「ドグラフ、負傷者の容態は?」

「はい、軽傷で済んだ者が大半を占めますが……。このように致命傷を負った者も」

「エレナ……様ッ……」


 私へ感謝の言葉を述べた後、負傷者たちの元へ駆け寄るエレナ。容態を確認する最中、胸部に深い刺傷を負ったO機関の男が彼女の名を呼ぶ。


「ラウレンス殿は助からんのか?」

「彼は胸部大動脈に深い傷を負っています。応急処置では延命すらも厳しいかと……」


 エレナはその場に膝を突くと大型の狙撃銃を床に置いてから、険しい顔で血塗れの男を見つめる。


「げほっごふっ……これを、俺の家族にっ……」

「……確かに受け取ったぞ」


 男が引き千切って渡そうとするのはリンカーネーションの階級を示す銅の十字架。エレナは血で汚れた部下の手を強く握り返すと銅の十字架を受け取る。


「エレナ様っ……俺は、立派に戦えていたでしょうかっ……?」

「ああ、貴殿は立派に戦い抜いた。栄光ある雄姿は我々O機関の誇りだ。貴殿の家族にもそう伝えておく」


 小柄な体で血塗れの部下を抱き寄せるエレナ。制服が血で汚れることを気にせず、エレナは共に戦場を潜り抜けてきた同志を労わるように、力強い声で言葉をそう投げかけた。


「それなら……良かった、ですっ……」

「安らかに眠れ戦友よ。貴殿の来世に栄光あれ」


 温もりが消えていく同士の肉体。

 エレナは同志だったモノを支えつつ耳元で囁くと、静かに床へと横たわらせてから開いていた瞼をそっと閉じさせる。私はその光景を横目で眺めつつ、足元に突き刺さる鉄の剣を一本だけ拾い上げた。


「……妙だ」

「アレクシア殿、それは待ち伏せをされていたことがかね?」

「あぁ、坑道を利用するのは昨日決まったことだ。防衛線を張るだけならともかく、同じ貨車を用意した上でO機関への対策まで施していた。偶然にしては出来過ぎている」


 偶然とは思えない変異体。手際の良い襲撃。手筈が整い過ぎていたことに対して誰もが脳裏に浮かぶ憶測。その憶測が浮かんだと共に広い空洞は一本道の坑道へと景色は移り変わる。

 

「えっと、じゃあさ……。会議室にいた人たちの中に『内通者』がいるってことか?」

「な、内通者やって……!? ほなうちらが水面下で乗り込もうとしてるのもバレバレちゅーわけか?!」

「そうとしか考えられん。恐らく私たちの位置も把握されて──」

「……ん? なぁ、なんか変な音が聞こえないか?」


 言葉を遮るのはキリサメ。

 私たちは顔を見合わせながら『変な音』とやらに耳を澄ませてみる。聞こえてくる方角は後方。岩を削るような、岩を鋭利なナニカが何百回も砕くような、そんな妙な音が聞こえてくる。

 

「そ、それに音が近づいてきてるよな……!?」

「チッ、また新手がうようよ湧いてきたのか──」

「ギギャアァアァアァアッ!!!」


 鼓膜を揺さぶるような奇声。更に距離を詰めてくるナニカの音。私たちは無言のまま後方を見つめていれば、


「あれは、何なのだね?」

「新手だ」


 最初に視界に映ったのは百足ムカデの頭部。外殻は鋼鉄で覆われており、口元には回転する螺旋状の切削工具が二つ付けられていた。軌条を走るのは車輪ではなく無数の人の手足。その不気味と言わざるを得ない姿で奇声を上げながら距離を詰めてくる。


「……Tyrantタイラント

「……? 何だと?」

「眷属Geryonゲリュオンが従える暴君ムカデだ! さっきの変異体とはレベルが違う!」


 鋼鉄ムカデの名はタイラント。キリサメが焦燥感に駆られながらそう叫ぶ。恐らくは読んだラノベとやらに登場した怪物なのだろう。タイラントは貨車の最後尾まで追いつこうと速度を上げる。

 

「まずいッ! 同士諸君、この貨車に近づけさせるなッ!!」


 エレナは動ける部下と共に迫ってくるタイラントへ一斉掃射を浴びせた。だが外殻が変異体よりも頑丈なことで自動小銃もエレナの大型の狙撃銃もまったく通じない。


「加護を勿体ぶっている場合か?」

「死にたいのか貴様は? この狭い坑道で破壊力のある加護を使えば我々は共に生き埋めだぞ?」

「……なら」


 封じていた血涙の力を解放するしかない、と私が左目を押さえようとした瞬間、

 

「我が主よ、私たちの栄光ある活路を阻む『異形』へ罰を与えます」

「シスターフローラ……」


 聖書を読みながら私たちの横をフローラが歩きながら通り過ぎる。タイラントは貨車ごと破壊しようと頭部で頭突きを繰り出してきたが、


「ギギィィァアァアァアッ!!」

「──エイメン」


 パタンッと閉じた聖書を一度だけ薙ぎ払い、タイラントの頭部を坑道の西側の壁まで吹き飛ばした。

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