8:30 Medusa D ─メデューサD─
真の姿を見せたメデューサ。
私たちを地上で取り囲むのは群れを成したエウリュアレ。壁や天井に張り付くのは深緑の炎を放とうとしている無数のステンノ。
「俺はステンノに集中する。エウリュアレはお前に任せたぞ」
「クレス、お前ではありません──」
クレスは持っていた黒の大剣を大弓へと変形させ、天井と壁に張り付いたステンノへ狙いを定める。スノウはお前呼ばわりされたことでやや機嫌を損ねながらも、
「──私はあなたの姉上です」
二枚の湾曲した刃が付いた大鎌を投擲し、地上にいるエウリュアレたちを次々と薙ぎ払い、氷片の残骸へと変えていく。
「ど、どど、どうしてお姉ちゃんたちがここに……?」
「言ったはずですよヤミ。私たち三姉妹はずっと一緒って」
「ルミ、今は三姉妹じゃないわ。永久不滅のちょー完璧三姉妹よ」
「お姉ちゃん、お姉ちゃんっ……」
ヤミは二人の姉を前にして情けない顔で涙を流し始め、胸の中に勢いよく飛び込む。ルミとラミは妹の身体を抱きしめて、頭を優しく撫でた。
「感動の再会を邪魔してすまないが……ラミ、お前はキリサメたちとメデューサ本体を叩け。俺とこいつは周囲の連中を相手する」
「空気が読めない上にか弱い使用人にあんな大物を任せるのね」
「やれないのか?」
「ラミはやれないとは言っていないわ」
クレスに命令を出されたラミはルミにヤミを任せると、私とキリサメの元まで駆け寄り、銀のナイフを三本ずつ両手に携え、こちらへ視線を送ってきた。
「オネエちゃんもオニイちゃんもッ……」
「感謝しなさい。超一流の曲芸師がワンコたちを援護してあげるわ」
「一流なら前線を張れ」
「もっとワタシをカワイがってよォオォオォーーッ!!?」
鼓膜を揺るがすメデューサの哀しみの雄叫び。瞬間、宙を飛び交うのは深緑の炎球。暴れ狂うのは大剣の乱舞。メデューサの声に共鳴するように攻撃が激しくなる。
「ワンコ、どこもかしこも前線よ」
「いや、まだ最前線が残っている」
「そんな無駄話してる場合じゃないだろ……!」
キリサメは奇術の白雷で炎球をかき消し、私とラミは前後左右に動き回って降り注ぐ炎球を回避し続ける。
「……私はメデューサと距離を詰める。お前たちは好きにやれ」
「言わなくても好きにやるわ」
私はメデューサの顔の前まで空間移動をし、血が通う右頬へ逆手持ちにした鐘鳴刀を振り上げようと試みた。
「オネエちゃん、ワタシを助けてェエェッ!!」
(この鈍さは……)
が、突然身体の動きが鈍くなる。恐らくはステンノとやらの能力。キリサメはその様子に気が付くとすぐさまクレスの方へ顔を向けた。
「クレス! ステンノの力でアレクシアが……!」
「あぁ分かってる。……あいつか」
クレスは私に対して能力を行使するステンノを探し出すと、大弓から撃ち出した弓矢で頭部を射貫く。その瞬間、身体の鈍さが消失したのだが、
「……っ」
「クレス、またステンノが……!」
「数が多すぎる──ちっ、今度は俺の番か」
無数に量産されていくステンノによって私の身体が再び鈍くなる。更にクレス自身にも能力で肉体を鈍化させられ、ステンノを始末する効率が低下してしまう。
「ミンナッ、ミンナッ、ワタシをイジメないでよォオォ――ッ!!」
「仕方ないわねバカ皇子」
ラミがクレスを見兼ねて天井と壁に銀のナイフを投擲しステンノの眉間を次々と貫けば、私の肉体から鈍さが消え失せた。どうやら手当たり次第ではなく能力を行使しているであろうステンノに向け銀のナイフを投擲していたらしい。
「いい働きっぷりだ」
「当然よ。主人の尻拭いはラミの役目だもの」
私はその隙にキリサメの隣へ空間移動で後退をしつつ、ラミを称賛するクレスへと視線を移した。
「……お前が手を止めれば私たちは詰みだ」
「だったら言わせてもらうが、お前たちが早く仕留めてくれないと俺たちも詰んでるんだ。……キリサメ、ステンノとエウリュアレの複製を止める方法は?」
「それが、ないんだ。メデューサは上位に入るチート眷属。無限に出てくるステンノたちを倒しながら、メデューサと戦わないと──」
クレスの問いかけに険しい顔で答えるキリサメ。その返答を遮るように回転した大鎌が私たちの真横を通り抜けると、
「不敬ですね。戦況把握に私を省くとは」
スノウが数メートル離れた先からそう呼びかけてくる。周囲に転がるのはエウリュアレの残骸であろう積み重なった氷片。
「クレス、あなたも本体の異例を排除しなさい」
「何を言い出すんだ? お前一人でステンノとエウリュアレを同時に相手するなんて──」
「不可能だ、と否定したいのでしょう」
クレスの視線を合わせずそう述べると手元に戻ってくるのは大鎌。スノウは大鎌の持ち手を両手で掴み、
「不可能という言葉が刻まれるのは愚か者の辞書のみですよ、クレス」
湾曲した二枚の刃を一枚刃の大鎌へと分裂させた。そして両手に握りしめた二本の大鎌をゆっくりと足元へ下ろすと、
「私の辞書に不可能という言葉はありません。私が成し遂げられないこともありません。これがあなたの長女の──」
手元で何度か回転させ周囲に凍えるような吹雪を巻き起こし、
「──生の歩みです」
二本の大鎌を東側と西側へ力強く投擲した。回転を続ける大鎌を纏う吹雪は鋭利な氷柱を含んだ刃の竜巻となり、エウリュアレやステンノたちを瞬く間に一掃してしまう。
「次はあなたの番ですよ、クレス」
「……あぁ分かってる」
スノウに想定外の実力を見せつけられたクレスはしばし呆然としていたが、すぐに握りしめていた大剣を構えた。
「メデューサの注意は俺が引く。お前たちは本体を叩け」
「分かった! 頼んだぞクレス!」
キリサメの返答と共にクレスはメデューサの巨大な頭部まで地上を駆け抜ける。三日月のように煌めくは鞘から引き抜いた大剣の刃。
「コ、コワいッ……コワいよォォオォーーッ!!」
「そりゃどうも」
クレスに恐怖心を抱いたメデューサは頭から生やした巨大な蛇で迎撃しようと試みた。しかしクレスは向かってくる巨大な蛇を次々と漆黒の大剣で斬り捨てた。
「ラミたちもバカ皇子に続くわよ」
「あぁ」
私はラミと視線を交わした後、空間移動でメデューサの背後へと一瞬で回り込み、
(……次は届く)
逆手持ちにした日本刀を勢いよく振り上げ、
「キャァアァアァアアーーッ!?!」
メデューサの顔を縦に真っ二つに斬り裂いた。手元に感じたのは確かな手ごたえ。やっとのことでメデューサ本体に損傷を与えられた。
「ワンコ、ラミはバカ皇子に続くって言ったでしょ」
「……何が言いたい?」
「ラミより前に出ないで」
距離を置こうと元の位置まで空間移動をすればラミが不機嫌な表情を浮かべる。そんな他愛もない会話をしているとキリサメがこちらまで駆け寄ってきた。
「ナイスだアレクシア! やっとメデューサを倒せたな!」
「……これで終わりなのか?」
「あぁ! メデューサは本体まで近づくのが難しいだけなんだ! だから一撃で倒せればそれで終わり──」
「ワタシを、ワタシを、ワタシをドォシテ、イジメるのッ……?」
これでメデューサを始末できた。
そう豪語するキリサメの言葉を覆すようにぼそぼそと聞こえてくるメデューサの声。私たちは真っ二つになったメデューサの方へ顔を向ける。
「オニイちゃんと、オネエちゃんが、ホシイだけなのにッ……」
「ドォシテ、ドォシテッ……そんなヒドイことするのッ……?」
「は? なんで再生して……?」
二つに分裂したメデューサ。
それぞれに自我が芽生えると一瞬で顔を半分が再生し、今度はメデューサの頭部が二つとなる。予想外の事態だったのか、キリサメは目を丸くしてしまう。
「イラナイ、イラナイッ……ヒドイことするオニイちゃんなんてッ……」
「ワタシをカワイがってくれないオネエちゃんなんてッ……」
「──! 退きなさい疫病神!」
「うおぉッ……!?」
俯いたままのメデューサの頭部。ラミは何かに気が付くとキリサメを思い切り突き飛ばせば、
「「ミンナ、ここからキエちゃえェエェーーッ!!!」」
メデューサの蛇の瞳から放たれるのは灰色の眼光。私は嫌な予感がし、空間移動をしてメデューサの眼光が当たらない岩陰に身を隠した。
「いっつぅ……今、何が起きて……」
「……」
「……ラミ?」
尻餅をついたキリサメが腰を押さえながらラミを見上げる。だがラミは何も言葉を発さず、キリサメを突き飛ばした態勢のまま硬直していた。
(あれは、騎士団長と同じ……)
脳裏を過るのは騎士団長のラファエル。この空洞に保管されていた人間たち。石のように固まっていた状態。私はキリサメのそばまで駆け寄るとメデューサの頭部たちを見据えた。
「ラミ、ラミ! な、何だよこれ? メデューサは何をしたんだ?」
「恐らくメデューサの力だ。心当たりはないのか?」
「あ、あぁ、こんな力をメデューサが持ってるなんて俺は知らない。ステンノとエウリュアレに守られているのが核のメデューサって設定だから……メデューサ本人に特別な能力とかはないはず……」
「……ならストーカー卿が手を加えたということか」
ストーカー卿がメデューサへ奇怪な力を与えている。そうとしか考えられない状況下でキリサメが眉を顰めていると、前線を張っていたクレスが私たちの元まで引き返してきた。
「キリサメ、一体何が起きたんだ?」
「俺にも分からない。でもラミが、ラミが急に動かなくなって……」
「ラミが……?」
クレスは石のように固まったラミを見て目を細める。そして宙に漂っている二つのメデューサの頭部へ視線を向けた。
「なるほど、時間を止めるのか」
「時間を止めるって……?」
「ステンノは物体の時間を遅延させ、エウリュアレは物体の時間を速める。ならメデューサは『物体の時間を停止させる力』を持っているとは考えられないか?」
「まさかそんな……」
キリサメが信じられないといった表情を浮かべている最中、私はその考察を後押しするようにクレスの顔を見上げる。
「その可能性は否めんな。私がこの場へ顔を出した時、
「……? その人間たちはどこに?」
「下層に群がる蛇共の餌にされた。元の状態に戻されてな」
「……あいつは本当に、ふざけた真似をしてくれる」
静かな怒りが込められた声色に共鳴して紅色の瞳を濃くさせるクレス。そんなクレスを他所に二匹のメデューサは蛇の瞳でこちらを睨みつけ、
「「イラナイッ……オマエたちもイラナイッ!!」」
「くそっ、また来るのか……!」
「二人共、俺の後ろに隠れろ」
あの灰色の眼光を再度放とうと蛇の瞳に光を灯し始める。クレスは私たちの前に立ち、黒の大剣を地面へと突き刺せば、半月状の巨大な盾に変形した。
「「オマエたちなんかッ……ミンナキエちゃエェェエェエーーッ!!」」
眩い灰色の光を放つメデューサたちの瞳。私とキリサメはクレスが構えた盾の裏で身を潜める。灰色の光が収まれば私たちは身体に異常がないことを確認し、
「何とか防げたが……ここからどうするんだ?」
「物は試しだ。もう一度始末する」
「なら俺は左のアイツを狙う。お前は右を頼んだぞ」
「あぁ」
クレスは盾から大弓へと変形させた後、流れるような動作で撃ち出した弓矢で西側のメデューサを貫く。私は東側のメデューサの前まで空間移動を行い、鐘鳴刀で斜めに斬り捨てたが、
「「イタイッ、ヒドイッ……!! また、ワタシにイタイことしたッ!!」」
「「ナンデ、ナンデ、そんなヒドイことするのッ……!?」」
「う、嘘だろ? また分裂を……?」
次は二匹から四匹のメデューサへと分裂した。その光景にキリサメは目を見開いてしまう。
「「ワカッタ、オニイちゃんもオネエちゃんもッ……ワタシがキライなんだ」」
「「キライだからッ、こんなイジワルするんだ」」
「まずいな。囲まれたか」
クレスが盾で防げないよう今度は前方だけでなく、東西南北に別れ私たちを取り囲む。蛇の瞳に宿るのは灰色の眼光。今のままでは完全に防ぎ切れない。
「キャァアァアッ!?」
「イタダッ……!?!」
しかし眼光が放たれる直前、地を蹴って飛び上がったスノウが北側のメデューサへ右拳を叩き込み、吹き飛ばした先にいる西側のメデューサへ衝突させた。
「クレス」
「分かってる」
スノウの呼びかけにクレスは東側と南側に向けて巨大な盾を構える。その背後に私とキリサメが隠れ、何とか眼光を浴びずに済んだ。
「一応礼は言っておく。……助かった」
「不敬者、感謝の言葉を躊躇するとは……。それでも一国を統治する皇子ですか?」
「説教なら後にしてくれ。それよりも……何でお前はあの光を浴びて無事なんだ?」
衣服に付いた土埃を払うスノウ。クレスは眼光を浴びて無事な理由を尋ねれば、スノウは先ほど吹き飛ばしたメデューサの頭部たちへ冷めた眼差しを送った。
「異例の首輪、あなたも一度目の眼光を浴びていましたね」
「あ、あぁそういえば……。ラミに突き飛ばされただけで光は浴びていたような……」
「異例の力が通ずるのは一度の眼光に対して一人のみ。そして力を行使可能な異例も一匹のみ。そう考えるのが無難でしょう」
ラミが時間を止められた際には二匹のメデューサが眼光を放っている。もし二匹ともが奇怪な力を扱えるのならキリサメの時間も止められていたはず。スノウの推察を聞いたクレスは盾から大剣へと切り替える。
「つまり斬れば斬るほど分裂して……。どれが本物か分からなくなるってことか」
「だが始末する方法はそれしかない」
「攻め続けるで殺れると思うか?」
「殺れば分かる」
正解か不正解か。
私たちはただひたすらにメデューサを斬って斬って斬り続ける。それでも分裂は止まらず延々と増加していく。気が付けば私たちが立っているこの体内は、
「「「「ヒドイッヒドイヒドイヒドイッ!!」」」」
「……むしろ面倒なことになったんじゃないか?」
「らしいな」
無数のメデューサの頭部で埋め尽くされていた。頭部の大きさは変わらない為、体内に入りきらないほど詰め込まれながらも私たちを一斉に見下ろしてくる。
「「「キライキライキライッ!! オニイちゃんオネエちゃんたちなんか──!」」」
「くそっ、どうすりゃいいんだよこれ……!?」
全方位からの蛇の眼光。私たちが周囲を見渡して防ぐ術を見出そうとしていれば、
「あっ、分かったわ」
「……! お待ちください!」
「んだよ簡単なことじゃん。今すぐ相棒に教え……」
遠保から聞こえてくるルミの声。全速力で地上を走り抜けるのは後方で待機していたロック。どうやら何かに気が付いたようで、まずは私の背中を勢いよく押し退けたのだが、
「あっ、俺が食らったら何も言えねぇじゃ──」
「「「キエチャえッ、キエチャえぇえぇえぇーーッ!!」」」
「兄弟!」
その何かを教える前に灰色の眼光を代わりに受け、その場で時間を止められてしまう。キリサメはすぐさま駆け寄るがロックは微動だにしない。
「……私を庇うなと、あれほど前世で言っただろう」
私はそれだけボソッと呟くと無数に敷き詰められたメデューサを見上げる。そして思考を張り巡らせながらロックが何に気が付いたのかを考察することにした。
(私が狙われていると明確に勘付いていたが、なぜ私だと判別がついた? この小娘共の中から本物を見つけ出したとは考えづらい……)
スフィンクスと交戦した際の記憶。
本物は見えている肉体ではなく飛び交っていた文字だった。その理論で正解を見つけるのであれば私が見上げているメデューサはすべて偽物となる。
……だが本物を見つけ出す為に必要な情報収集と労力。それらに時間を費やしている間に私たちはいずれ詰むだろう。考えなければならないのは反撃の一手。
「……そうか! そういうことだったんだな兄弟!」
「……?」
キリサメはロックが右手に握りしめているものを発見し、納得した声を上げて私たちを一望した。
「みんな聞いてくれ! 俺にいい考えがあるんだ!」
「キリサメ、その考えを教えてくれ」
「あぁ! 俺たちはメデューサに──」
私たちはキリサメの考えた作戦を簡潔に聞いて顔を見合わせる。すべてを聞いたうえで私たち三人は肯定的な判断を下せば、
「面白いな。試す価値はありそうだ。……行けるか淑女たち?」
キリサメが考案した作戦を即座に実行する為、クレスが私とスノウへ呼びかけてくる。
「……忠告しましょう異例なる存在。私の前に立てば命を落としますよ」
「下らん脅しだな」
そして下らない忠告を受けた後、無数に敷き詰められたメデューサたちへ二人で斬りかかった。
私は日本刀で空間移動を繰り返して頭部を両断し、スノウはステンノとエウリュアレを始末し続ける二本の大鎌を呼び戻しては投げてはを繰り返し、メデューサを更に膨大な数へと分裂させていく。
「「「「イタイッ! イタイイタイイタイィーーッ!!」」」」
「「「「ワタシをイジメるやつなんてッ……」」」」
(……頃合いか)
夜空に浮かぶ星のように浮かぶのはメデューサの蛇の瞳。私とスノウは視線を交わしてからキリサメの元まで後退する。
「キリサメ、俺は万全の状態だ」
「よし、頼んだぞクレス!」
後退した先では巨大な盾を構えるのはクレス。だがそれはただの盾ではない。
「「「「キエロッ! キエロォオォーーッ!!」」」」
「来るぞ!」
灰色の眼光が周囲を一斉に照らし私たちの前まで接近する……が、
「その目で吟味しろ」
クレスの巨大な盾に臨時で備え付けられた『鏡』がその眼光を反射させ、
「「「──」」」
メデューサの頭部が一斉に停止する。エウリュアレもステンノも何もかもがその場に硬直し、あっという間に静寂に包み込まれた。
「……
「上手く、いったんだよな?」
クレスはそう呟いて巨大な盾を退かすと、停止したメデューサの頭部、エウリュアレ、ステンノたちは石粉となって砕けていく。
「キリサメ、よくこんな策を思い付いたな」
「あぁ、兄弟が鏡を持っててさ。すぐに何をしようとしてたのか分かったんだ」
時間を止められたロックが懐から取り出そうとしているもの。それはジャンヌとやらが発明した武装の一つ
「──ッ! 何だよこの揺れ!?」
瞬間、メデューサの体内が左右に大きく揺れ始める。立っていることすらままならないほどの揺れ。地面は波を打ち、壁は奇妙な唸り声を鳴らし、天井は空が垣間見え、
「うぉおぉおおッ!?!」
「……フラクタル」
最後に大きく地面に波が打たれると私たちは地表へと跳ね上げられた。私はキリサメとロックの身体へ、右手から伸ばした蒼い蔓を巻き付け、自身の元へ引き寄せる。
「クレス」
「言われなくても分かってる」
名を呼ぶのはスノウ。クレスはラミを右脇に抱えながら黒の大剣を地面へと投擲して大穴を空ける。更にスノウが続いて大鎌を投擲すれば巨大な氷塊が生成された為、
「インフェルノ」
私が後に続くように蒼色の獄炎で氷塊を溶かせば大穴に雪解け水が溜まる。固い地面よりはマシな着地場所。そこへ私たちは次々と入水した。
「──ぶはっ! あ、あぶねぇ、死ぬかと思った……!」
「ミール、大丈夫か?」
「あ、ありがとうございます兄様……。私なら平気です……」
「ヤミ、あなたは?」
「ぜぇぜぇ……だ、大丈夫ですぅ……」
地上へと仰向けに倒れるキリサメ。ミールの身を案じるクレスと、ヤミの右手を掴んで大穴から引き上げるルミ。
「こ、これでメデューサを倒したんだよな……?」
「いや、まだ終わっていない」
「えっ?」
「奇怪な力が解けていないだろう。本体はまだ──」
「イダイッ……イダイヨォオッ……!!!」
私がそう言いかけた途端、地の底から響くメデューサの声。森から飛び立つ小鳥たち。地表を揺るがす地震。
「オネエちゃん、オニイちゃん──ドコにいるのぉおおぉッ!!?」
「何だよ、あれ……?」
数十メートル先で起きた地割れの裂け目。そこから顔を出すのはメデューサの巨大な頭部──いや、あまりにも巨大すぎる蛇の頭部。
「あれらが、大蛇の風穴の全貌ですか」
一国の城を一口で呑み込めるほどの大口。波状運動をするだけで一国を下敷きにできるほどの蜷局。肉体の至る箇所に生えた触手のような蛇。スノウはその威圧感にやや言葉を詰まらせた。
「オニイち"ゃん……オネエちゃぁあぁんッ……!!」
「あんなのが地上で暴れたら、俺たちの国なんて簡単に潰され──」
「ごめんなさい姉様、ごめんなさい兄様……。故郷が奪われたのも、メデューサがここまで力を付けてしまったのも、全部私の、私のせいです」
濡れた白い髪から水粒を滴らせ、声を震わせながらぽつぽつと喋り出すミール。クレスとスノウは静かに三女の妹へと顔を向けた。
「私は、私は姉様のように強くありません。私は、私は兄様のように賢くありません。何も持っていない、何もない私が、少しでも誰かの為にと……夜戦の前に少女を装ったメデューサを城内に入れてしまって、だから故郷もお父様もお母様も……」
「「……」」
「私なんて産まれてこない方が良かったんです。アーネット家として、雪月花として私は相応しくありません。雪と月に、花は必要なかった──」
「海に積もる雪は海となり、街に積もる雪は泥となる。ですが花に積もる雪は雪のままです」
スノウは言葉を遮るようにミールのそばまで歩み寄る。そしてミールの顔を隠していた濡れた髪を片手でかき上げた。
「ミール、あなたは
「姉様……」
「顔を上げなさいミール。アーネット家の血を継ぐ者として、雪月花の三女を担える者は……あなた以外にいないでしょう」
垣間見えるのは不器用なりにミールを励まそうとする姿勢。それを見兼ねたクレスは軽く溜息をついて、その場にしゃがみ込むとミールの左肩へと右手を置いた。
「すまなかったミール。俺もこの人もお前の苦悩に気付かなかった。兄として、情けないと思う」
「兄様に責任はありません……! 私のせいで、お母様やお父様が……!」
「ミールにも責任はない。そもそもあの夜戦は負け戦だったんだ。母さんも父さんも、敵わないことぐらい分かり切っていた。……そうだろ?」
「……そう捉えることもできるでしょう」
ミールを慰める為の見え透いた嘘。顔を上げたクレスの同調圧力にスノウは曖昧な返答をする。ミールは嘘に気が付かず、唖然とした様子で二人を交互に見た。
「ミール、もう一度俺らでやり直そう。兄妹として──雪月花として」
「……! 兄様、それは……!」
そして雪月花という言葉を聞きミールは思わず目を見開いた。クレスはその場に立ち上がりスノウと向かい合う。
「あんたも俺もミールも、現状の立場は一緒だ。メデューサによって自分たちの国が危機に晒されている」
「そうですね」
「あんたとはまだ話し合いの余地がある。けど悠長に話し合ってる場面じゃない。それは分かるだろ」
「不敬者、私を誰だと思って──」
黙ったまま右手を差し出すクレス。スノウは静かにその右手を見つめ顔を上げた。
「姉さん、和解しよう」
「……」
「国を潰されるのはもうこりごりだ。今だけ雪月花として手を取り合おう。雪月花に付いてきてくれた──民の為にも」
静かにクレスと視線を交わすスノウ。しばし沈黙の時間が続けばスノウは暴れ狂うメデューサを見上げ、
「あなたと和解するつもりはありません」
「お前、この期に及んでまだそんなこと……」
「ですが『民の為に』となれば話は変わります」
ゆっくりと握手を交わすスノウ。その光景にルミとヤミが信じられないといった表情で顔を見合わせた。
「異例から民を守るための一時的な協定。……いいですね?」
「はぁ、それでいい」
呆れた様子でクレスが承諾すれば、スノウは片手に湾曲した二枚刃の大鎌を、クレスは長方形の黒い鞘に納められた大剣を呼び出す。
「……立つのですミール」
「で、ですが姉様、私ではメデューサに……」
「力が及ばずとも立ち向かわなければならない。それが一国を背負う者の宿命です。それとも……あなたには守るべきものがないのですか?」
スノウにそう問われたミールはそばにいたヤミを見ると、胸の前で手を握りしめ、クレスの隣まで駆け寄り、
「いいえ姉様。私にも守らなければならないものが沢山あります」
左手に呼び出したのは細身の刀身が白く煌めく刺突用の片手剣。
「キリサメ、俺らにお前たちの力を貸してくれ」
「あぁ! 協力するよクレス!」
「転生者様もどうか、私たちにお力添えを」
「お前たちの国の存亡などは知らん」
クレスに調子のいい返事をしたキリサメ。対してミールに共闘を求められた私はそう返答した後、
「私はただ吸血鬼共が従える眷属を──始末するだけだ」
鐘鳴刀を握り直してからメデューサの巨体を見据えた。
「オネエちゃんッ……オネエち"ゃァア"ァンッ……!!」
「みんな、あれは多分メデューサの完全体だ! もう分裂も小細工も残ってない! 倒せば勝てる!」
木々を薙ぎ倒しながら波状運動で向かってくるメデューサ。キリサメの声掛けに私たちはその場から一斉に駆け出す。
「オイてッ、オイていかないでよォオォオォ……ッ!!」
「あれは俺が食い止める」
巨大な頭部による頭突き。私たちが左右に飛び散った後、クレスは大剣を巨大な盾へと変形させ、
「重いなッ……!」
ブーツの底を地面と擦らせながら強烈な頭突きを受け止める。周囲を囲うのは咳き込むほどの砂煙と、
「ギャギャッ!?」
「姉さん!」
銀の世界に吹き荒れる牡丹雪。クレスがメデューサ頭突きを上空に弾き返せば、スノウは力強く大鎌を振り上げ、
「不敬者、姉上と呼びなさい」
「キッヤャァァア"ァァア"ーーッ!?!」
メデューサの頭部へ二枚刃の深い斬り傷を刻む。すると悲鳴を上げるメデューサと共鳴するように、身体から生えた触手のような蛇共がスノウとクレスへ襲い掛かった。
「咲き誇れ、春を告げる花よ」
「失せろ」
ミールが蛇共を細剣で貫いて散らす真っ赤な花弁。私が蛇共を斬り捨て散らす真っ赤な返り血。その隙を狙って更に追撃を加えようとする者が一人。
「メデューサ、お前の体内にスマホが大量に転がってるのを見た……!」
異世界転生者のキリサメ。白雷を全身に通わせながら地面へ倒れ込んだメデューサの頭部に両手で突き、
「
全身に通わせていた白雷を一気に両手へ溜め込むと、
「だったら──これは相当痺れるんじゃないか!?」
「キィャヤャァアァァアァアーーッ!?!」
最大出力の白雷をメデューサへと解き放つ。何十メートルもの大きさを持つメデューサの全身が雷に打たれ、辺りで何百回と白い点滅を繰り返した。白雷がスマホとやらの数だけ威力が上がるのは事実らしい。
「がはっ……はぁッはぁッ……」
「キリサメ、無理をするな!」
奇術の過度な行使で反動が来たのか、キリサメはふらついて膝を突いてしまう。クレスはキリサメの身を案じようとしたのだが、
「イタイのヤダッ、やだよォオォオォオオーーッ!!」
その暇すら与えず身体を起こしたメデューサが、巨大な尾で広範囲の薙ぎ払いを仕掛けてくる。粉々になった木々を巻き込み、私たちに向かってくるのは土砂の大波。
「姉様! このままだとヤミちゃんたちが巻き込まれてしまいます!」
「迎え撃ちます。私に合わせてください」
「分かったよ」
スノウ、クレス、ミールが横並びにとなり、それぞれの得物を握りしめれば、全力の一撃を叩き込む体勢へと切り替える。
「「「──ッ!」」」
「キャアァアァアッ……!?」
そしてアーネット家特有の紅の瞳を一段と赤く染め上げて、息の合った連携で土砂の大波に紛れたメデューサの尾を華麗に弾き返した。
「オネエちゃん、タスケテよォオォオォーーッ!!」
「転生者様!」
体勢をやや崩したメデューサ。私は尾の上まで空間移動をしてから、一本道の身体を駆け上がるように疾走する。
「コナイでッ、ヤダッ、ワタシからハナレてよォオォォッ!!」
「……インフェルノ」
阻害をしようと奇襲を仕掛けてくる触手蛇。私は空間移動を活用しつつ、蒼色の獄炎を纏わせた鐘鳴刀で蛇共を斬り捨て、ひたすらに身体を駆け上がる。
「オマエは、ワタシのオネエちゃんジャないッ!! オネエちゃんだけ、ワタシがホシイのは、ヤサしいオネエちゃんだけなのッ!!」
「……あれが核か」
メデューサが大口を開けば、口の中から覗かせたのは体内で見かけたメデューサの顔。私はすぐにその顔が心臓に値する核だと悟る。
「オマエはチガウッ! チガウのォオォオオッ!!」
口の中に生えてくるステンノとエウリュアレの上半身。深緑の炎球と大剣の乱舞でこちらを迎え撃とうとするが、
「その程度の脅しで──私が怖気づくはずないだろう」
私は駆け抜ける速度をむしろ上げた。深緑の炎球を獄炎でかき消し、大剣を握る手首を器用に斬り落とし、メデューサの顔まで近づいていく。
「ワタシはッ、イイ子にしていたのぉッ!! イイ子にしていたから、オネエちゃんもモドッテくるのぉッ!!」
「……っ」
メデューサの頭部まであと一メートル未満の距離まで接近した瞬間、右頬からステンノ、左頬からエウリュアレが生えてきた。私はすぐさま身構えたが、
「ギャッ!? キャアァア?!」
後方から飛んできた二枚刃の大鎌がステンノを、漆黒の大剣がエウリュアレを綺麗にそぎ落とす。
「巣立ちの時だ」
「イヤッ──キャァアァアァアアッ!?!」
私が空間移動をした先はメデューサの頭部の背後。繋がっていた結合部を鐘鳴刀で斬り落とし、口の中から口の外へとメデューサの頭部を蹴り飛ばした。
「ナンデッ、ワタシはただ、オネエちゃんとオニイちゃんがホシかっただけなのにッ! ナンデ、ナンデ、ワタシをイジメるのぉッ?! カワイガッテ、カワイガッテよォオォッ?!」
「……何を言っている?」
必死に叫ぶメデューサの頭部まで駆けるのはミール。銀の細剣を片手に地を蹴って、メデューサへと向かっていく。
「身勝手極まりない貴様に──愛される資格があると思うか?」
メデューサは見下しながら吐き捨てた私の言葉に蛇の瞳を震わせる。気が付けばメデューサの目前まで迫ってきているミール。
「ミ、ミールオネエちゃんは! ミールオネエちゃんは、ワタシをカワイガッテくれるよネ? ワタシのオネエちゃんになってくれるって、イッタもんネッ?」
「……ごめんなさいメデューサ。私はあなたのお姉ちゃんにはなれません」
「ナ、ナンデ、ドォシテッ……!?」
微かな希望を抱いている純粋無垢な少女の表情。ミールは面と向き合ってメデューサの言葉を否定する。
「あなたは多くの人を悲しませて、多くの人の命を弄んで、それでも我が身を可愛がろうとしました。なのであなたの前にいるのはお姉ちゃんではありません」
「エッ、エッ……?」
「私は雪月花の三女
無垢な少女の顔は一瞬にして絶望に変わる。私はその様子を眺めながら鐘鳴刀に付着した血液を振り払い、
「未来永劫、この世に生まれ変わることなく──」
「ヤダッ、ヤダヤダヤダァッ!! ワタシは、ワタシはァッ……!!」
そう小さく呟いた後、ミールとメデューサに背を向ければ、
「──永久に眠れ」
「イ"ヤァア"ァァア"ァア"ァア"ーーッ!!」
桃色の『ワスレナグサ』で飾られた細剣がメデューサの眉間を貫いた。
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