8:29 Protagonist Compensation ─主人公補正─


「さぁシエスタ、何で『生存補正』を弄ってたのか白状してもらおうか?」


 俺の『主人公補正』が死を跳ね返し、他者へその死を擦り付けるという現状。てっきりそれが奇術の本質だと思いきや、シエスタという少女が変な機械を弄っていたことが原因だった。

 すべてが明らかになった俺は正座をしているシエスタに不信感に満ちた眼差しを送る。


「そりゃー!? そのー!? 悪気はないんだぜよー!?」

「悪気がないなら何で『生存補正』をピンポイントで弄ってたんだ?」

「すっからからんな脳味噌のてめーでも分かるやろうがい! ユーがダァーイすることはわしもダァーイするんじゃぞい!」

「はぁ?」


 シエスタは反論しながら勢いよく立ち上がると俺の右脚に何度も頭突きをしてきた。俺が首を傾げていればシエスタは頭突きから右脚へと掴みかかり、前後へと激しく揺らす。


「キミは覚えてないのかしらぁ? おれは終幕の大図書館にある死者の書からクリエイト! ……されてるのぞよ。あんたが三途の川を歩いたら、ワタクシも金魚のフンになるんやよ」

「えっと、つまり消えたくないから……生存補正をずっと百パーセントにしてたってことか?」

「もちろんさぁ。ルーティーンは遊びじゃないんだよ遊びじゃ!」


 俺の死はシエスタにとっても死を意味する。だからこそ生存補正を調整して何とか生き延びようとしていた。シエスタの言い分に俺は腕を組んでその場に俯く。


(……そうだ。この変な機械、他にもダイヤルがあったよな?)


 右脚にしがみついたシエスタをそのまま連れながら、左端のダイヤルのプレートから一つずつ確認することにした。


(左から『能力のうりょく補正ほせい』『外見がいけん補正ほせい』『幸運こううん補正ほせい』『成長せいちょう補正ほせい』『生存せいぞん補正ほせい』か……。主人公補正はこれだけ分裂してるってことだよな?)


 能力補正はその名の通り『身体能力』とかを弄れるもの。外見補正もその名の通り『容姿の印象』を操作できるもの。幸運補正は『運』を上げれるもの。成長補正は『成長効率』を上げるもの。そして問題となる生存補正は『生存能力』を自由に弄れるものだ。


(待てよ? 生存補正に頼らなくても他の補正値を変えればもしかして……)

 

 微かに見えてきた希望。自分自身を変えられるきっかけ。主人公補正という奇術の中身が垣間見えてきたことで、俺は顎に手を当てて思考を張り巡らせる。


「……? シエスタ、この変な台って?」

 

 ふと視線に映ったのは補正値を弄る機械に備え付けられた小さな台。ちょうど本を置けるぐらいの大きさで、台の下から何本ものコードが機械に繋げられ、側面には赤いボタンが一つ付いていた。


「わしにも分からん」

「……ほんとか? 嘘をついてないよな?」

「ふんむ、マジだぜそりゃ。私がいつから嘘を付いていると錯覚していた?」


 何故か胸を張りながら知らないと豪語するシエスタ。俺は苦笑しつつも小さな台を調べてみることにした。


(多分何か乗せるんだろうな……って言っても、乗せられるものなんて本ぐらいしかないか)


 俺は試しに魔女の馬小屋に殺された『牧貝香』の本を手に取り、小さな台の上に乗せてみる。やっぱり小さな台は本の大きさにピッタリのサイズだ。


「うひょー! わちはワクワクが止まらねぇぜおい!」

「なんで盛り上がってるんだよ……」


 本を置くと好奇心旺盛なシエスタは小さな台へ駆け寄り、瞳をキラキラと輝かせて何が起きるのかを期待する。俺は溜息を付いた後、取り敢えず物は試しだと側面に付いた赤いボタンを押してみた。


「うおおぉっ!? 何が起きてるんだよこれ!?」

「マジックショー開幕じゃないの!? そうじゃないの!?」


 その瞬間、『牧貝香』というタイトルの本のページが次々と飛び出し、見る見るうちに人型を模っていく。


「──ん? あれ、俺はなんで?」

「……嘘だろ?」

 

 俺は信じられない光景に息を呑む。何故ならページで模られた人型は──魔女の馬小屋で殺された『牧貝香』本人となったからだ。


「おまえ、あの時の……」


 見た目は全く変わりがない。俺を見て心当たりがあるような口ぶりをしているため記憶もあるんだろう。だけど声は通信機器を通しているようにややノイズが走っていた。


「何でお前が生きてるんだ……?」

「いや俺も知らねぇって。ていうかここどこなんだよ? 俺はまた異世界転生でもしたのか?」

「……ごめん、俺にも分からない。そこの台に本を乗せたらお前が出てきたんだよ」

「は? それ蘇生魔法じゃね?」


 蘇生魔法。

 よくある単語を言われて俺は考える素振りを見せる。でも仮に死者を生き返らせる装置だとしても、この空間は『主人公補正』の仮想空間であって現実じゃない。


「何だよ! やっぱり魔法とかスキルとかあるじゃん! んじゃあここから俺の成り上がりを見せてやる──」

「ひょい」


 そう言いかけた途端、牧貝香は再び紙のページへ変わり果てると元の本へと吸い込まれていく。その本を持っていたのはシエスタ。何を思ったのか小さな台から取り上げたらしい。


「今のは、何だったんだ……?」

「旅人ぉ、おいらがトリセツ持ってきたぞぉ!」

「ん? これは……?」


 何かを模倣してるであろう声真似をしながらシエスタが渡してきたのは一枚のプレートと説明書らしき紙。俺はその二つを受け取ってまずはプレートの方を確認してみる。


「補正値の変換……?」

 

 刻まれていたのは『補正値の変換』という名称。それだけでは全く見当がつかないので説明書に目を通してみる。


『補正値の変換。それは死者の書に書き記された主人公たちの補正値を──自分自身の補正値として変換する力である』

(自分の補正値として変換する……?)

『例えば君の補正値が『100%』あるとしよう。補正値の変換とはその『100%』のうち『20%』『50%』を死者の書の補正値から引用することを意味する。これによって君は死者の書に描かれた人物の力を扱うことができるだろう』

「……! それって……!」


 説明通りに受け取るなら補正値の変換をすれば『他者の能力を扱える』ということだ。加護、災禍、奇術、それらを俺が使えるのかもしれない。


『ただし補正値の変換はあくまでも死者の書だけに限る。生きている者の補正値を君自身の補正値に変換することはできない』

(なるほどな……。変換できるのはこの終幕の大図書館にある本だけってことか)

『加えて補正値の変換を行うには死者の書の主人公と輪廻りんねの契約を交わす必要がある』

「輪廻の契約……?」


 輪廻の契約。

 聞き覚えのない名詞に俺は眉を顰めながら、次の行に書かれた詳細部分に目を通してみる。


『輪廻の契約とは主人公の霊魂を自身の肉体へ憑依させる為に必要な儀式。契約を交わす相手に必ず対価を払わなければならない。対価の種類は復讐の代行、愚痴の聞き役、握手を交わす……といったように相手によって重さが異なる』

「……対価」

『しかし補正値の変換とは即ち霊魂の憑依。魂の同調率を誤れば肉体を乗っ取られる危険性もある。百パーセントまで補正値を変換すれば君の肉体は君のものじゃなくなるだろう』


 輪廻の契約を交わすための対価。補正値の変換における注意点。それらを一通り読み終えると、俺は海中のワカメのように身体を揺らしているシエスタを見た。


「なぁシエスタ、この説明書ってお前が書いたのか?」

「ノォウッ!」

「じゃあさ、これどこにあったんだ?」

「落ちてたよん。石ころみたいにどんぐりころころっ……とな!」


 ぎこちない前転をしつつ指を指すのは主人公補正を弄るための機械の裏側。俺は説明書を作った人物が誰なのかと頭を悩ませる。


「はぁ、多分考えても答えは出ないよな……」

「まーまーそうしょげるでないしょげるくん。飴ちゃんあげよっか?」

「俺はキリサメな?」

「嘘だッ!!!」

「嘘じゃねぇよ!?」


 変わらず人格が不安定なシエスタ。調子が狂わされた俺は取り敢えず死者の書で補正値の変換を試験することにする。


(って言ってもなぁ……。さっきの牧貝香みたいに本人が姿を見せるんだろ? 生前で俺と仲がいい人を呼ばないと……)


 手に取るだけであれば選べる死者の書は膨大な数になるが……『俺と交流したことがある人』と条件を絞れば、選択の幅は急激に狭まってしまう。どうしたものかと俺は死者の書に記載された名前を一つずつ確認していく。


「そうだ、あの三人なら……なぁシエスタ!」

「なんじゃい?」


 考えながら死者の書を選んでいる最中、脳裏に浮かんだのはとある三人。俺はシエスタを手招きし、近くまで呼び寄せ、その三人の名前を伝える。


「この三人の名前が書かれた死者の書を探してくれ」

「にゃるほどぉ。これで補正値の変換を試せるってわけじゃな」

「そうそう! この三人なら話が通じると思って──」

「だが断る! ……ちゃーはぁあぁぁあん!」


 無限に並べられる死者の書からピンポイントでその三冊を見つけるのは厳しすぎる。だからシエスタに頼もうとしてみた結果──俺の言葉を大声でそう遮ってワケの分からない台詞を叫びながら逃げていく。


「あーあ! 本が見つからなかったら俺が死んじゃうかもなー!」

「──! ちょちょちょーい! 今何と仰ったのですかぁ!?」

「死者の書が見つからなかったら俺が死ぬかもしれないって言ったんだ。あぁ俺が死んだらシエスタも消えちゃうんだろうなー!」 

「待ちんしゃい! シエスタはまだ消えとうない!」


 俺がわざとらしく声を上げるとシエスタは両足でブレーキをかけ、すぐさま俺の前まで戻ってきた。そしてどこからか半月型の白いポケットを取り出し、そこに右手を突っ込む。


「何を言ってるんだ? まだうちのターンは終了してないぜッ!」

「えーっと、それ二十二世紀型のポケットか?」

「ドロォー! ゴッミィッ! ドロォー! ゴッミィイィッ!」

「無視かよ……」


 ポケットから飛び出してくるのはボールの空気入れ、鍋の持ち手の部分、キーボードの『S』のパーツ。絶妙なモノを次々と取り出していくうちに、シエスタは両手を突っ込み、


「てれれてっててれぇー! 死者の書ー! ……ほい授けよう」

「あ、あぁ、ありがとう」


 三冊の死者の書をどこかで聞いたことある効果音と共に高く掲げてから、俺に何食わぬ顔で渡してくる。未だにシエスタのノリに慣れないけど、とりあえず目的の三冊を手に入れることができただけ良しだ。


「まずは──不知火シラヌイ 氷璃ヒョウリからだ」


 不知火シラヌイ 氷璃ヒョウリ

 魔女の馬小屋で『魔女の壺』として仕えていた異世界転生者。選んだ理由は話が通じそうなのと奇術の能力が強力だから。


(……いや、試す前に死者の書に目を通しておいた方がいいな)

 

 事前にその人物について知るべきだと考え、俺はしばらくヒョウリの死者の書を初めから最期まで読み通す。


「そうだったのか。ヒョウリはただ……」

 

 ヒョウリの考えや思想。俺はそれらを理解した後、死者の本を補正値の変換をする為の小さな台に乗せた。


「よし、押すぞ……!」


 赤いボタンを軽く押し込む。すると先ほどと同じように死者の書のページが周囲に飛び交い、目の前に人型のヒョウリを模っていく。


「……う、うん? 僕は、どうなって……?」

「ヒョウリ、だよな?」

「お前は、確か……魔女の馬小屋で見た……」


 現れたのは死者の書から復元されたヒョウリ。俺が呼びかけると目を見開きながら周囲を見渡す。


「こ、ここはどこ? 僕は確かあのミネルヴァってやつに……」

「落ち着いて聞いてくれ。今のお前の状態は──」


 俺は自身の奇術について説明した後、ヒョウリへ魔女の馬小屋の結末を語った。話を聞いていたヒョウリは暗い顔を浮かべてその場に俯くだけ。

 

「つまり、君は僕の力を貸してほしいってことだよね?」

「あぁそうだよ。ヒョウリなら話も通じると思ってさ」

「……カイト、一つ聞いてもいいかな?」

「ん? あぁいいけど……?」


 真剣な眼差しを送ってくるヒョウリ。俺は何を聞かれるのかと警戒しながら次の言葉を待つ。


「僕の力を、君は何の為に使うの?」

「えっ? 何でそんなことを聞いて──」

「答えてカイト」 


 肯定されるか否定されるか。

 この返答によってすべてが決まる。俺はそう悟ったため、しばらく口を閉ざしてからヒョウリを見つめ返してこう答えを返した。


「……もう俺の周りで誰も死んでほしくないんだ」

「それって……」

「俺の主人公補正は生存補正って数値があってさ。今まではずっと百パーセントだった。だからほんとは俺が死ぬはずだった場面で、その死を他の人に擦り付けてたんだよ。ははっ……最低だよな、俺って」


 思わず出てしまう乾いた笑い声。そんな境遇について語ればヒョウリは驚きに満ちた顔で俺を見る。

 

「だからさ、今度は自分の奇術で誰かを救えるようになりたいんだ。戦う為じゃなくて、誰かを助けるための力として使いたい」

「カイト……」

「戦いに一切使わないって約束はできないけど……。俺は相手が吸血鬼でも、人間でも、それ以外の種族でも……分かり合おうとしてくれるなら、この力で必ず助けるよ」


 俺の答えを聞いたヒョウリは目を閉じながら微笑む。そして数秒後に目を開けば、先ほどの真剣な眼差しは消え失せていた。 


「僕は、魔女の馬小屋で君の友人たちと戦った。その時にこう言われたんだ。『支配しようとしている時点でお互いに分かり合えてない。一方的に支配して仲良くなれるわけがない』ってね」

「……」

「だからカイト、僕が輪廻の契約で求める対価は──奇術を支配の為に使わないことだよ」


 求められるのはごく普通の対価。俺は厳しい対価を求められると思っていた為、ヒョウリの答えを聞いて呆気にとられてしまう。


「ヒョウリ、ほんとにそれでいいのか?」

「うん、僕もカイトのように魔女の馬小屋で過ちを犯してきた。この過ちを君となら償えると思ったんだ。……それにカイトはそこにある本を読んで、生前の僕が掲げていた理想に合わせようとしてくれてたでしょ?」

「はははっ、バレてたんだな……」 

 

 ヒョウリの死者の書の内容には『吸血鬼と人間が分かり合える世界を築く』と書かれていた。意思疎通を円滑にするため気持ち程度はその理想に寄せて話をしたが、どうやらヒョウリにはバレていたみたいだ。


「ヒョウリ、俺の目標は異世界転生者トリックスターたちを元の世界に帰すことなんだ。その為に異世界転生の原因を突き止めて、元の世界に帰る方法も見つける」

「ふふっ、折角の異世界なのに……。帰る方法を見つけることが目標だなんて面白いね」

「後はそうだ。種族関係なしに助けるっていうのは俺の本心だからな」


 俺は真の目標を告白すればヒョウリへ右手を差し出す。


「俺に力を貸してくれ、ヒョウリ」

「うん、もちろんだ。僕はこの場で君と──」


 するとヒョウリも微笑みながら右手を差し出してお互いに握手を交わし、


「──輪廻の契約を結ぼう」


 死者の書を置いた小さな台。そこから機械へ繋げられたケーブルが眩く輝き出した。



────────────────────



「──『暴食ぼうしょく』」 


 俺は左手で吸い込んだ岩蛇を、右手から吐き出して岩蛇へぶつける。飛び散るのは岩の欠片。漂うのは視界を塞ぐ土埃。


『カイト、聞こえる?』

(あぁ、よく聞こえるよヒョウリ)


 補正値の変換。

 変換した数値は奇術を扱う為に必要な『20%』だ。『暴食の手』の本来の力を発揮するまでには至らない数値だけど、攻撃を防ぐ程度なら十分。


『暴食の手は左手で対象のものを吸い込んで、右手で吸い込んだものを吐き出す仕組みだよ』

(この奇術の注意点は?)

『不用意に接近されないこと。吸い込める量に限度があること。この二つには気を付けて』

(分かった。ありがとなヒョウリ)


 霊魂を憑依させている為、ヒョウリの声が頭に響いてくる。俺は注意点を耳にしつつもアレクシアのそばまで駆け寄った。


「アレクシア、大丈夫か?」

「お前は……何故ここにいる?」

「それは、その、助けに来たんだけど…」

「またその台詞か。つまらん男だな」


 冷めた視線と吐き捨てた罵倒。俺は苦笑いを浮かべることしかできず、なんて言葉を返そうか迷っていた。


「キャキャッ!! オニイちゃんもアソんでくれるのぉ!?」

「だが──顔を見せた時期は悪くない」

 

 瞬間、メデューサが後頭部に生やしている岩蛇を俺たちへ飛び掛からせる。アレクシアは逆手持ちにした刀を巧みに振り上げ、最小の手数だけで岩蛇の頭部から顎にかけて縦に斬り裂いた。


「メデューサとやらを始末するにはどうすればいい?」

「ごめんアレクシア、とにかく今は時間を稼いでくれ。俺から言えるのはそれだけなんだ」

「……そういうことか」


 今はスノウたちが大蛇の風穴を崩壊させている最中。その情報をこの場で伝えるとメデューサに勘付かれる可能性がある。アレクシアは俺の意図に気が付いて納得をすると、


「ならすべきことは変わらんな」


 足元から飛び出した細い蛇を瞬間移動で避けてからメデューサの頭部を華麗に斬り捨てる。左脚に浮かび上がる黒い薔薇の模様と、ネクロポリスの修道女が使っていた瞬間移動。

 俺はその光景を目の当たりにし、アレクシアが黒薔薇十字団の呪印を刻まれてしまったのだとすぐに悟った。


『あの子が、僕の兄者を殺したんだよね。どうして兄者を殺して……』

(聞いてくれヒョウリ。俺はアレクシアに『ケンジロウに降参を呼び掛けてくれ』って頼んでさ。だからお前の兄さんが殺されたのは……降参に応じなかったからだと思う)

『そう、なんだね……』

 

 ヒョウリの声から僅かに怒りを感じ取れた為、俺は最初から殺すつもりではなかったことを説明する。

 けどヒョウリは絶対に納得してくれないと思う。理由はどうであれ、実の兄を殺された事実は弟のヒョウリにとって心のわだかまりとして残り続けるからだ。


「キャッキャッ! オニイちゃんはウゴかないシャボン玉なの?」

『──ッ! カイト、上だ!』

 

 真上から降り注ぐのは深緑の炎。天井をよく観察してみれば何十匹ものステンノが 上半身だけ見せ、ひたすらに炎を放ち続けていた。


「ほんと何でもありだな……!」


 左手を天井に向けてかざし暴食の手で炎をすべて吸収する。そして吸収した炎を今度は右手から吐き出し、天井から生えているステンノへぶつけた。


「キャキャキャキャッ! オニイちゃんすごいすごい! ねぇねぇソレなーに!? マジック、マジックなのッ!?」

奇術トリックだ小娘」


 無邪気に笑い続けるメデューサの耳元へ瞬間移動をするアレクシア。酷く冷めた声でそう囁くと身体を一回転させ、逆手持ちにした日本刀でメデューサの頭部を真横に斬り捨てた。


「ジャア──もう一回ミセてよ」

「嘘だろ!? 今度はエウリュアレの……!」

 

 壁から無数に生えてきたのはエウリュアレの上半身。伸びてくるのは凶悪な大剣を持つ無数の腕。ヒョウリの暴食の手では圧倒的に不利。


「シエスタ、補正値の変換!」

『ういー!』 


 呼びかければ頭の中で響くシエスタの返答。俺の奇術から生まれたおかげか、シエスタはどの死者の書かを言わずとも自然と汲み取ってくれる。


「……七瀬さん、力を貸してください」


 バチバチッと鳴り響く低い音。広い空洞を点滅させるのは身体を駆け巡る白い雷。


「──『青天せいてん霹靂へきれき』」

「キャキャァッ?!!」


 眩い雷光と共に木霊するのは落雷の轟音。空間を斬り裂くように白雷が周囲から迫りくる大剣へと飛び散る。白雷は大剣から腕へ、腕からエウリュアレの上半身まで伝わり、身体の芯まで焼き尽くした。


『キリサメくん、これが補正値の変換なの? とても不思議な感覚ね』

(そうですね。俺もまだ慣れていません)


 神崎カンザキ 七瀬ナナセさん。

 魔女の馬小屋を統率していた魔女本人でもありメルの実の母親。立場は俺と同じ異世界転生者だ。


(でも、ほんとに良かったです。ナナセさんが正気に戻ってくれて……)


 メル曰くナナセさんは元々善人過ぎる母親だったが、雷に打たれたことでその性格が豹変してしまう。だからこそ吸血鬼側の肩を持ち、異世界で魔女の馬小屋というカルト教団を作り上げてしまった。


『ええ、まさか私もこうしてあの頃に戻れるとは思わなかった』


 けど最期には正気に戻りメルを庇って命を落とす。その一連の悲劇が死者の書に描写された結果、


(死者の書から呼び出すときは──『死んだ直後の人物』が出てくるんだな)


 気が狂った魔女ではなく正気に戻ったメルの母親が姿を見せた。俺はこの出来事から"死者の書は死を迎えた直後の人物が姿を見せる"のだと理解する。


『キリサメくん、輪廻の契約で交わした対価……忘れていませんよね?』

(はい、ちゃんと覚えています)


 その後は正気に戻ったナナセさんに『とある対価』を払うことを約束して、輪廻の契約を交わした。


「……おい」

「え? あぁ何だアレクシア?」

「お前がなぜ魔女の奇術を使える? 一体何をした?」

「いやさ、これが俺の奇術っていうか──アレクシア後ろだッ!!」


 アレクシアの後方から迫るのは深緑の炎を纏わせた大剣の乱舞。俺はアレクシアを庇うように立つと白雷で何とか相殺しようとする。


『ダメよキリサメくん! その威力じゃアレを受け止めきれないわ!』

「……ッ!」


 ナナセさんの言った通り、白雷では強烈な乱舞を食い止めきれない。俺の目の前まで迫りくる大剣と炎の剣先は、いずれ死という概念に変化を見せた……。


「「──ッ!!」」


 が、間に割り込んでくるのは氷の大鎌と黒の大剣。竜巻のように迫りくる炎と大剣の乱舞を一瞬にしてかき消す。


「すまないキリサメ。頭の固い誰かが迷子になったせいで手間取った」

「不敬者、姉上に付いていけなかったと己を恥じなさい」

「姉様、兄様……?」


 間一髪で俺を救ってくれたのは氷の皇女と月の皇子。花の髪飾りを付けた女の子が二人の姿を見て唖然としていたが、俺は胸を撫で下ろしてその場に尻餅をつく。 


「おっ、生きてんじゃん相棒」

「……お前も死に損なったか」


 入口から姿を見せるのは俺を兄弟と呼ぶ例の男。早速アレクシアに呼びかけ、ラミやルミたちと合流する。


「キャッ! キャキャッ! シャボン玉がいーっぱい立ってる! ミンナ、ミンナ、ミーンナ! ワタシのオネエちゃん、オニイちゃんになってくれるんダ!」

「おー、でっけぇガキんちょだなぁおい」


 最深部に全員が揃えば狂喜しながら巨大な頭部を大きく揺り動かすメデューサ。例の男はそんな顔を見上げながら感心していた。


「クレス、大蛇の風穴は……?」

「あぁそれについてだがロックが──」

「おーい、ガキんちょ! そいつが遊んでくれるってよ!」

「キャキャッ、ほんとほんと?! 何でアソんでくれるの!?」 

「な、なに言ってんだよ兄弟!?」


 適当なことを言って俺を指差すのはロック。メデューサは無邪気に喜びながら俺の前まで顔を近づける。するとロックは通信機型のスイッチらしきものを俺に投げてきた。


「今日のお遊びはWeisヴァイス Rouletteルーレットってゲームだ。交互にボタンを押してって、外れを引いた方の負け」

「エッ? デモこれ、ボタン一つしかない──」

「ボタンは一つ、外れは一つ。んで最初はお前の番だぜ兄弟」

「……あぁ!」


 メデューサの言葉を最後まで待たず、俺にニヤッと悪い笑みを浮かべるロック。その意図を汲んだ俺は、投げ渡されたスイッチをメデューサに見せつけ、


「メデューサ──お仕置きの時間だ」


 スイッチを力強く指で押さえると、

 

「ヒギャァアァアァァアァアーーッ!?!」


 大蛇の風穴の至る箇所から聞こえてくる爆破音と空洞を揺るがす振動。同時にメデューサが痛ましい悲鳴を上げる。


「おっ、外れか。良かったなガキんちょ、お遊びお前の勝ちじゃん」

「カラダが、カラダがアツいッ!! ナンで、ドォシテッ……!?」


 岩の壁が崩れていく……いや、剥がれていくと言った方がいいかもしれない。何故ならその下から覗かせたのは爬虫類の、蛇の、ヌメッとした光沢をもつウロコ。


「これが本当のメデューサの体内か」

「そうね。これだとの中の蛙じゃなくての中の蛙だわ」

「言ってる場合か」


 冗談を口にしながらクレスの傍まで歩み寄るラミ。見る見るうちに壁も天井もすべてが蛇の鱗へと変わってしまう。これがメデューサの体内。まるで蛇の蜷局に包み込まれたかのように不気味なものだった。 


「イタッ、イタイッ!! イタイヨォオッ……!! ナンデッ、ドォシテッ、ドォシテミンナッ……!!」

「あの異例たちを更に複製……。まさに厄災そのものですね」


 やっとのことで本性を現したメデューサの頭部。岩ではなくれっきとした肉質のあるもの。苦痛と哀しみにより瞳から溢れ出すのは何粒もの血の涙。壁や天井から量産されていくステンノとエウリュアレの群れ。


「……下らん力だ」

「俺もそう思うよ。ヒュドラでも手強かったのにメデューサはもっと手強くて──」

「下らんというのはお前の奇術に対してだ」

「あっ、あぁ俺の方か……」


 アレクシアが俺の隣に立ち、苦しみ悶えるメデューサを見上げる。俺もまた右手に白雷を纏わせてメデューサを見上げた。


「お前に何があったのかを問い詰めたいところだが……」

「ドォシテ、ドォシテ──ワタシをカワイがってくれないのォッ!!?」」


 メデューサの体内で反響するのは少女の悲痛な叫び声。アレクシアは小さな銀の鐘が二つ付いた日本刀をその場で器用に振り回し、


「まずはこの下らん娯楽・・に終止符を打つ」


 日本刀の鋭利な先端をメデューサへと向けた。

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