SideStory : Yukito Kagetu A ─嘉月雪兎A─

 ※この物語は『アレクシアが雪月花の領土で奮闘する時系列』でユキトとセシリアが何をしていたのかを描いた物語です



「美少女さん、僕たちはどこに向かってるの……?」


 青く澄んだ空模様の下。

 小鳥が囀る山林。整備された道を軽い足取りで歩くセシリア。その後ろを歩いていたユキトは顔を上げてそう問いかける。


「いい質問だね美少年くん。私たちは今『子供の国』へ向かっているのさ」

「……子供の国って?」

「君にこの格言を与えよう。『美少女に求めてはならない。常に美少女に求められる立場であれ』」

 

 向かう場所は子供の国。

 それ以外の情報を与えられなかったユキトは首を傾げる。これで格言を与えられるのは何十回目だろうと。

 

「しかし、しかしだよ美少年くん。美少女は求められるのも嫌ではない。折角だから教えてあげよう」

「うん」

「原罪のニーナくんに頼まれたのさ。この辺りに迷い込んだ異世界転生者トリックスターたちの様子を見に行ってほしいとね」


 セシリア曰く、異世界転生者たちが集団で転生をしてきた。危険因子となるかならないかを見極め、あわよくば優秀な人材は吸血鬼の陣営に引き込む。目的を聞いたユキトは静かに俯いた。


「どうしたのかな美少年くん? 美少女とのデートに不満でも?」

「ううん、不満というか……。集団で転生してきたって珍しいから……」

「暗いね、暗いよ美少年くん。美少女が花園を羽ばたく蝶だとしたら今の君は石の裏のダンゴ虫だ」

「それ、酷いこと言ってるよ……」


 いつまでも陰鬱なユキト。

 呆れたセシリアはユキトの腕を掴み隣まで引き寄せた。


「君にこの格言を与えよう。『美少女に気を遣わせてはならない。常に美少女に気を遣う立場であれ』」

「ごめん美少女さん。まだ明るく振る舞うのに慣れてなくて……」


 そしていつもの格言。

 ユキトはセシリアと出会いそこそこの月日を共に過ごしている。過ごす中でセシリアに課題として与えられたのは『美少年』というあだ名に見合った性格に矯正すること。

 自信に満ちた美少女の隣に立つのは自信に満ちた美少年。ユキトはセシリアの美徳を強引に押し付けられていたのだ。


「美少年くん、大学デビューだよ大学デビュー。髪色を派手な色に変えたり、性格を強引に明るくしたり……とにかく大学デビューを意識すれば万事解決!」

「……美少女さん、その言葉どこで覚えたの?」

「うん? この本が異世界転生者の鞄に入っていたのさ」


 セシリアがどこからともなく取り出したのは一冊の雑誌。表紙に書かれているタイトルは『☆根暗なあなたに必見☆良い大学デビューと悪い大学デビュー☆』というもの。ユキトは「何でそんな雑誌を持っているのか」と半目になる。


「ほらこのページに書いてあるだろう? 髪色を金髪に染めると印象が変わるって」

「印象は変わるけど大半の人は似合ってないかな。身だしなみとか顔つきで過去は隠せないと思うし……」

「う、うん? ならこれはどうだい? お酒に強い男子は女子からモテる!」

「お酒が強いことを自分の魅力にしたくないよ。それと今はお酒に弱いアピールする男子が多いから……。どちらにしてもお酒を魅力にするのは良くないと思う」


 淡々と毒を吐いていくユキト。セシリアは彼の意外な一面に驚き、堂々と見せつけていた雑誌を徐々に降ろす。


「……美少年くん、君は存外毒を吐くみたいだね」

「えっと、何のこと?」

「じ、自覚がないのかい……?」

 

 惚けているわけではなく本当に理解していない顔。セシリアは苦笑交じりに隣を歩いているユキトの顔を見上げた。彼の中には毒沼の恐ろしい怪物が住んでいるのはないかと疑いながら。

 

「後、美少女さん」

「ん? 何だい?」

「多分だけど、大学デビュー自体が良い言葉じゃないからあんまり使わない方がいいかも……」


 苦言を呈されたことでセシリアは持っている雑誌とユキトの顔を交互に見た。そして平然を装いながら草むらへと華麗に投げ捨てる。


「美少女も時には過ちを犯すことがある」

「そうなんだね」

「そうなのさ」

 

 他愛もない会話を交わしていれば向かう先の展望が開けた。二人を迎え入れるように建設されたのは都内でよく見かける校門。黒の六角形校章に『紫黒しこく高等学校』と刻まれたプレート。

 草刈り等の手入れが施されていないグラウンド。運動部が使用しているボロボロの部室。亀裂の入った本校舎。ユキトはその景色に圧倒されて足を止めてしまう。


「学校全部が、この世界にそのまま……」

「何を驚いているんだい美少年くん? 学校の一つや二つ、君の世界にもあっただろう?」

「……異世界転生者だけなら分かるけど、学校も一緒にあるのはおかしいから」


 異世界転生者トリックスター単体ではなく学校の校舎が丸ごと目の前にある事実。セシリアはユキトの主張を聞くと腕を組んで小首を傾げる。


「ふむ、言われてみれば私も初めて目にしたよ」

「美少女さん、異世界転生者たちってここにいるの?」

「その通りだとも。さぁ美少年くん、新たな異世界転生者たちとの面会と行こうじゃないか」


 二人は正門を通り抜けてグラウンドの上を前進する。整備されていない地面は凹凸が激しく歩きづらさを感じさせた。雑草は好き放題に生え、歪な形をした石ころは無造作に転がる。


「美少女さん……」

「なに、気にする必要はない。私たちは美少女と美少年だ。拒まれることはない」


 本校舎の二階。二人に向けられる数人からの視線。警戒するユキトをセシリアは余裕綽々な態度で落ち着かせると校舎の玄関へ足を踏み入れた。


「これって、血痕だよね?」

「美少年くん、プロポーズならもっとロマンチックな月夜の元が定石だろう?」

「そっちの結婚じゃなくて……。ほらこれ見てよ」


 ユキトが指差すのは下駄箱に付着した古い血痕。セシリアは血痕をじっと見つめると、二階へ続く階段へ視線を移し静かに微笑んだ。その微笑みに込められたものは『好奇心』と『またこのパターンか』の二要素。

 二人は異世界転生者たちが待ち受けているであろう二階までの階段を上がり、廊下を歩いて人の声がする教室まで向かう。


「おいおい榊原さかきばらくん? もうちょっと踏ん張って貰えるかな? 座り心地最悪なんだけど?」

「……ッ!」


 教室を覗くと視界に映った光景。

 首輪を付けられた女子生徒に囲まれながら、黒板の前にある人間椅子に座るのは冴えない顔をした男子高校生。その人間椅子となっているのは榊原と呼ばれた男子高校生。耳にピアスを空け、ワックスで整えられた金髪から粗暴な性格だと見て取れる。

 ユキトとセシリアが顔を覗かせると自然と視線は二人に集まった。


「初めまして異世界転生者トリックスター諸君。美少女と面会の時間と行こうか」

「君たちは……あぁさっきの侵入者さんたちね」

 

 わざとらしく人間椅子にしている榊原に体重を乗せ、足を組んで傲慢な態度を取る青年。セシリアは警戒する素振りも見せず、傲慢な青年へと歩み寄る。


「ようこそ僕の国へ。僕は大島オオシマ アキラ。お前は誰なの?」

「美少女の名はCeciliaセシリア Bathoryバートリ。そして彼は助手の美少年くんだ」

「セシリアってことは、名前的にこの世界の人間か?」

「ご名答。物分かりが早いのは美少女からの好感度も高くなるものだ」


 傲慢な態度を取る高校生の名はアキラ。

 セシリアの名を聞いただけで適応力の高さを見せつけ、傍に立っていた女子生徒から洋菓子を自身の口元まで運ばせる。


「もぐもぐっ、美少女は足りてるんだけど? 自分を売り込みに来たの?」

「まさか。私は君と交渉をしに来たのさ」

「交渉?」


 セシリアはアキラに異世界の勢力図を簡潔に説明を始めた。人間と吸血鬼が戦争を繰り広げていること。異世界転生者は吸血鬼陣営に不可欠な存在であること。そしてセシリア自身が吸血鬼側に付いていることを。

 だが流暢に話を続けるセシリアにアキラは何の興味も示さない。ユキトはセシリアの背後でその様子に気が付き、徐々に不安を募らせる。


「……というわけさ。この世界は私たちが、吸血鬼が優勢な世界。美少女からの勧誘を快く受け入れるだけで、君たちが抱える問題が全て解決するのさ」

「あぁうん。それで?」

「しかし、しかしだよ。美少女は強要するつもりはない。これはあくまでも交渉さ。君が如何なる判断を下しても、美少女は女神のように微笑んでみせよう──」

「あーもういいや。喋らなくていいよ」


 飽きたようにセシリアの言葉を遮るアキラ。溜息をつきながらしっしっと手で追い払う仕草をし、見下すような視線を二人へ送った。


「逆に聞くけどさ。どうして吸血鬼のお前たちが僕に従う選択肢がないの?」

「ふむ、それはどういう意味だい」

「僕の手にかかれば吸血鬼なんて消そうと思えばすぐに消せるってこと。誰かの傘下に入るなんて真っ平御免だね。……お前たちが僕の傘下に入りたいって言うなら話は別だけど」

「きゃっ……!?」

 

 そう淡々と述べながらアキラが右手を手繰り寄せると、右後ろに立っていた女子生徒が引っ張られた勢いで四つん這いになる。


「首輪が付けられた異世界転生者トリックスターたちは君の奴隷かい?」

「ん、奴隷じゃなくてペットだけど? ほらお前、ワンって鳴けよ」 

「ワ、ワン……ぶっぐぇッ!?」 


 恐怖に打ちひしがれながら掠れた声で鳴く女子生徒。声の小ささに不満を感じたアキラは人間椅子から立ち上がり、四つん這いになった女子生徒の後頭部を右脚で踏みつける。


「もっとちゃんと鳴いてよ。飼い主様の命令を聞けないなら……処分しちゃうけど?」

「ワンッ、ワンッワンッ……!!」

「ははっ! やればできるじゃん!」


 女子生徒は青ざめた顔を地べたに擦りつけながら必死に犬の鳴き真似をする。アキラはその滑稽な姿を嘲笑い、何度も後頭部を踏みつけた。途端、人間椅子にされていたサカキバラが身体を震わせつつ、


「もう我慢ならねぇッ!! 調子に乗りすぎなんだよテメェッ!!」


 アキラの胸倉を凄まじい形相で掴み上げる。アキラはサカキバラを鼻で笑った後、軽蔑するような眼差しを送るため顔をゆっくりと上げ、


「椅子が立つなよ」

「ひぐぁあぁあぁあぁぁあッ!?! あ、足が、足がぁあぁあぁあッ!?!」


 両脚の膝から下を一瞬にして破裂させた。何の予備動作も見せなかったアキラ。セシリアは何食わぬ顔で傍観していたが、ユキトは突然の出来事に目を見開いてしまう。

 教室に響き渡るのは両脚を失い尻餅をついたサカキバラの悲痛な叫び。女子生徒たちの悲鳴。四つん這いになっていた女子生徒は恐怖に身体を震わせ、セシリアの右脚を掴む。


「……」

「た、助けて、こんな生活、もうイヤッ──」


 女子生徒が助けを求めた瞬間、宙に舞うのは女子生徒の首。切断面から噴水のように溢れる血液を正面から浴びたセシリアだったが、特に動揺も見せずにバタッと倒れる女子生徒の肉体を静かに見つめる。

 

「あれ? 躾がちょっと厳しすぎたかな?」

「……君にこの格言を与えよう。『美少女を穢してはならない。常に美少女に穢される立場であれ』と」


 余裕綽々な態度を取りつつ流暢に喋り出すセシリア。しかしアキラがセシリアへ視線を移せば、右頬に切り傷が付けられ、周囲の床や壁に亀裂が走る。


「もう喋らなくていいって言ったでしょ」

「ふむ、美少女からの交渉に応じるつもりはないようだね」


 二人に向けられるのは明確な殺意。セシリアはその場で振り返るとユキトに視線を送って教室から出ていこうとする。その後ろ姿を嘲笑いながらアキラは親指を下に向け、

 

「吸血鬼なんて下等種族、すぐに僕が潰してあげるよ」


 絶対的な勝利と揺るがない傲慢さを含んだ言葉を吐き捨てた。セシリアは背を向けたまま、右手を軽く振って別れの挨拶をしユキト共に廊下を歩いて、本校舎の外へと出る。

 訪れた時に感じた二階の窓からの視線はもうない。それはアキラからの関心が失せた表れでもあった。


「ま、待ってあなたたち!」


 二人がグラウンドを歩いていると後方から追いかけてくる一人の女子生徒。二つ結びにした綺麗な黒髪、やや垂れ目な黒の瞳。首元にはペットとしての首輪が付けられている。そんな彼女に呼び止められた二人は振り返ってその場に足を止める。


「君は誰だい?」

「私は神楽シガラキ 小春コハル。あなたたちに頼みたいことがあるの」

「ふむ、聞くだけ聞いてみようじゃないか」

「……お願い、アキラの暴走を止めて」


 暴走を止めて。心の底からそう願うような頼み方をされたセシリアとユキトはお互いに顔を見合わせる。


「アキラの幼馴染だからよく分かる。今のアキラは変な力に目覚めたせいでおかしくなってるって。普段はあんな酷いことはしないし、とても大人しい性格だったから……」

「ほほう、君は『彼が力に溺れている』と言いたいようだね?」

「うん。あんまり大きな声では言えないけど、アキラは引っ込み思案だったから……サカキバラ君を筆頭にクラスの男子たちにイジメられてた。いつも椅子にされて、いつも犬みたいに首輪を付けられて……とにかくひどい仕打ちを受けていたの」


 オオシマアキラという男子生徒はサカキバラ率いる男子たちからイジメを受けていた。過去の話を聞いていたセシリアは軽く腕組みをしつつ、微笑みを浮かべてコハルの顔を見上げる。


「他にどんなイジメを受けていたのか知ってるかい?」

「……? 私も詳しくは知らないよ。聞いてもアキラは隠そうとするんだもん」

「隠し事が上手じゃないか。美少女ポイントを二点あげよう」


 両手を銃のハンドサインに変えて奇妙なポーズを取るセシリア。何度か瞬きをするコハル。セシリアはコハルに背を向けた後、ユキトの右腕を掴んで正門まで歩き出す。


「美少女に敵意という名の牙を見せた。つまりこれは宣戦布告みたいなものさ。いずれ暴走と息の根は止められるだろうね」

「ねぇ待ってよ!? それってアキラを──」

「しかし、しかしだよ。私たちが求める異世界転生者トリックスターは彼であって、彼の中身ではないのさ」


 たったそれだけコハルに告げると正門をユキトと共に出ていくセシリア。澄み渡る青い空は雨模様を予期させ、乾いた空気はジメジメとした湿った空気へと成り果てていく。

 

「どうだい美少年くん。『子供の国』という呼び名に相応しい場所だったろう?」

「うん、そうかもね。でもこれからどうするの美少女さん?」

「ふむ、美少女の回答だと『不安の種は即刻排除するべき』と結論付けようではないか。……君もそう思うだろうニーナくん?」

「ふーん、気が付いていたのね」


 岩の影に溶け込んだ人影が具現化していけば姿を現したのは原罪のニーナ・アベル。紅の瞳を陰で不気味に輝かせながらセシリアを見つめた。


「例の用事は終わったのかい?」

「しくじったわ。あと少しのところで邪魔が入ったのよ。……邪魔をしてきたのは勿論あんたの片割れ」

「それはそれはご愁傷様だね」

「あんたはどういうわけ? 威嚇されただけで尻尾巻いて帰ってきたの?」


 ニーナは自身の右頬を指差しながら問い詰める。セシリアは右手の親指で右頬の切り傷を上からなぞり、何故か自信に満ちた表情でニーナと視線を交わした。


「君にこの格言を与えよう。『美少女を挑発してはならない。常に美少女に挑発される立場であれ』」

「まっ、こっちに協力するつもりがないなら国ごと消すだけよ」

「君にもう一つ格言を与えよう。『美少女を無視してはならない。常に美少女に無視される立場であれ』」

「私からの助言よ。その格言、寒いからやめた方がいいわ」


 しつこく格言を述べてくるセシリアに眉を顰めるニーナ。しかしセシリアは気にする様子もなく「やれやれ」と振る舞いつつ、懐から自分のスマホを取り出し、器用に人差し指で操作する。


「ふむ、美少女の極秘スケジュールを調整した結果……子供の国は明日に攻め落とさないといけないようだね」

「ふーん、一応聞いておくけど手助けは必要?」

「美少女と美少年くんさえいえれば何の問題もないさ。それに明日はこの大陸にが帰国する日だろう?」

「あぁそうだったわね」


 セシリアとニーナの会話。

 黙り込んでいたユキトの胸中にあるのは『異世界転生者たち』を可能な限り殺して欲しくはないという想いと『彼』という存在の正体が誰かという疑問だけだった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る