Recollection : Medusa ─メデューサの記憶─
※この物語は二ノ眷属であるメデューサの過去の物語です。
生まれはロストベア大陸。
雪月花の領土から遥か西の方角にある
「
「わぁ……ありがとうブルーノさん! 大切に飾らせてもらうわね!」
メデューサはそんなシルレベンで振り子時計として
「この時計、本当にあのブルーノが作ったのか?」
「どういう意味ですかそれ!?」
「悪い悪い。すぐにネジを無くして、毎日のように店主から怒鳴られてたブルーノが手掛けたと思えない程に素晴らしい出来だからさ」
「もぉ! じゃあ返してくださいよ! 俺の家で使うから!」
送られた先はバルディ家夫妻の家。
不思議そうにブルーノを見つめる可愛らしい赤子を抱えるのは夫の
振り子時計のメデューサはそんな夫妻の元へ出産祝いとして送られたのだ。
(これは、何だろう? 全部が変な風に動いてるけど……わたしと同じ時計なのかな……?)
人ではない道具が自我が芽生える瞬間はいつなのか。
それは人に使われるとき。人の役に立つとき。メデューサの自我が芽生えたのは夫妻の元へ送られるこの瞬間。初めて人間を見たときは自分と同じ時計なのかと錯覚をしていた。
「……よし、この辺りに飾ればいいだろう」
「ふふっ、これならどこからでも時間を見れて便利です」
「大丈夫よ、ママが近くにいるから!」
「ぐすっうぅぅ──あっぁあぁあぁああぁっ!」
「ほらよしよし~! 怖くないわよー!」
(あっ……また夜中に起きてる)
バルディ夫妻の家で過ごし始めてから一ヶ月目。
メデューサは人間という種族を理解すると同時に母親の辛さを、子育ての大変さを知った。人間には睡眠時間と自分の時間が必要だ。しかし母親のヴェラにはその時間すらない。
朝から夕方にかけては家事をこなしたり買い物をしに出掛ける。それだけでも大変だというのに、そこに二人の赤ん坊という重荷を背負う。
夜は夜泣きで毎日のように起こされ、十分な睡眠時間を取れず、いつも泣き止むまで赤ん坊のそばにいる。
(……泣きたくないのかな)
人が人を育てる意味。母親という過酷な道を歩む意味。振り子時計のメデューサからすれば不思議なことだった。
「ふぅ、今日も朝帰りだな」
「お帰りなさいあなた。お仕事お疲れさま」
「ヴェラ、どうして起きて……」
「ふふっ、今日はこの時間に帰ってくると思って起きてたの。ちょっと早い朝ごはんを用意しておいたわ」
メデューサは『人間は生きていく為にお金が必要だ』と理解した。それと同時に父親の辛さも知った。朝早くからお金を稼ぐために出かけ、帰ってくる時間はいつも深夜過ぎ。悪い日には帰ってくることすらできない。
帰宅したときの顔はいつも疲弊しており、休みの日は家事を手伝い、赤ん坊のお世話をする。ゆっくりと身体を休める日がないのだ。
(……逃げたくならないのかな)
人が自由を捨てる意味。父親という名の労働の奴隷道を歩む意味。振り子時計のメデューサからすれば理解の及ばないことだった。
(もうすぐ、七年と四か月ぐらいなのかな……?)
七年の月日が経過し赤ん坊にも自我が芽生え、自身の手足で立ち、自身の口で言葉を喋れるようになった。
「ママー! お出かけしようよー!」
「ふふっ、お洗濯が終わった後でね」
母親におねだりをする元気な少女は長女の
「ママ、今日はパパ帰ってくるの……?」
「ごめんね、今日は帰りが遅くなっちゃうみたい」
「……そうなんだ」
母親へ父親の帰りを聞く控えめな少女は次女の
(わたしの方が、ずっと前からいるのに……)
振り子時計のメデューサに起こる心境の変化。最初、子育てという修羅の道を夫婦が歩んでいるときは何とも思わなかった。むしろ可哀想だと憐れむほどの同情。
しかし七年も経って娘が自我を持てばその光景が妬ましく思えてきたのだ。毎日のように見せられる家族の戯れは、メデューサにとって非常に妬ましく、非常に疎外感を感じていた。
「ちーくたっくー! ちーくたっくー!」
「お、おねーちゃん、何してるの……?」
「みてノルマ! あの時計から変な音がするんだよ!」
だがある日のこと。
長女のノーラがメデューサを見上げながら時計の針音に合わせて首を左右に振っていた。ノルマも恐る恐るメデューサを見上げる。
「あの時計って……まえからあったのかなぁ?」
「お、おかーさんが言ってたよ。私たちが赤ちゃんの頃にプレゼントされたって」
「へー、そうだったんだぁ! じゃあ私たちのおかーさんだね!」
ノーラたちの母親。メデューサは『おかーさん』と呼ばれたがしっくりとこない。何故なら本当の母親、ヴェラのように子育てを励んだわけではなかったから。
「お、おかーさんはもういるよ?」
「んっとぉ、じゃあおとーさん!」
「おとーさんもいるよ……」
「えー……じゃあ、うーん、うーん……」
ノーラたちの父親。それでもメデューサはしっくりとこない。何故なら本当の父親、ラウロのように家族の為にお金を稼いできたわけではなかったから。
「あっ、妹はどう?」
「えっ? ど、どうしていもーとなの?」
「だってだって! あの時計がお家にきたの、わたしたちが赤ちゃんの頃だったでしょ! だから、わたしたちはおねーちゃんだよ!」
(二人の、妹……)
言ってしまえば少女の空想に満ちた発言。だがそんな発言でも『妹』と呼ばれてメデューサは初めて長針に温かいものを感じた。疎外感に苛まれていた日々が嘘のように、自分が家族の一員のような一体感を覚えたのだ。
「じゃあ名前つけよ! えっとぉ、えーっとぉ……あっ、いいの思い付いた!」
「ど、どんな名前……?」
「
(ノーマ……わたしの、名前……)
長女のノーラ、次女のノルマ。二人の名前を組み合わせて三女の
「ただいまノーマ! 今日はおかーさんとお散歩にしてきたよ!」
「あら、ノーマってこの時計の名前?」
「そうなの! わたしとノルマのいもーと!」
その日からノーマとノルマは振り子時計のメデューサに声をかけてくれた。朝起きればおはよう。寝るときにはおやすみ。出かけるときは行ってきます。帰ってくればただいま。
本当の妹のように接してくれたため、メデューサにとってはその瞬間が唯一の楽しみとなっていた。
「聞いてくれヴェラ。俺、やっと『銅の階級』まで上がれたんだ。これで少しは稼ぎも良くなると思う」
「ほんとう!? 良かったわねあなた……!」
七年前と比べ並ぶお皿の枚数が二倍の枚数になる食卓。嬉しそうにぱちぱちと軽く拍手するヴェラ。長女のノーラは野菜スープを口に運びながら、母親と父親の顔を交互に見る。
「ねぇねぇ! おとーさんの仕事ってなに?」
「ふふっ、私たちのお父さんはね。悪い悪い吸血鬼から人間を守るお仕事よ」
「わ、わるい吸血鬼がいるの……?」
「そうよ。でもお家にいれば大丈夫! お父さんがお家を守ってくれるから!」
メデューサはこの食卓で初めて吸血鬼の存在を知った。人間たちと敵対する種族。人を超えた肉体を持つ種族。人の生き血を啜る種族。様々な情報を初めて耳にした。
「ノーラとノルマは?」
「大丈夫よ。もうぐっすり眠ってるわ」
ノーラとノルマが深い眠りについた深夜のリビング。夫妻だけの時間。床には就かず、向かい合う形で机を挟んで座りつつ、夫のラウロは神妙な面持ちをする。
「それであなた、大事な話って?」
「……実は、今『
人間に敵対する吸血鬼たちを粛清する組織。銅の階級とは組織内の一つの階級で、昇級したラウロは戦況が悪化していることを上層部から伝えられたと語る。
「押されつつ……?」
「最近、ヴェラの故郷
「ぼ、防衛線が突破されたって一体何が……?」
母親ヴェラの故郷である
「俺にもそこまでは分からない。でも多分、吸血鬼の侵攻が始まりつつあるんだ。マルタードが吸血鬼の手に落ちるのも時間の問題だろうな」
「そんなっ……」
「それに吸血鬼との戦いも激しくなる一方で……。この国すらもいつか吸血鬼の手に落ちるはず。だからヴェラ、早い段階で南の国へ逃げる手立てを考えるのと……あの二人がリンカーネーションに入ろうとしたら止めてくれ」
「……ええ、分かったわ」
ラウロが遠回しに告げているのは『リンカーネーションの戦死者が時間と共に増えていく』こと。大切な娘たちを危険な戦場へ送り出したくはない。ラウロはヴェラに母親として娘たちを止めることを願った。
だが子というのは親の姿を見て育つ。憧れや将来の夢はいつでも親から影響を受けやすいものだ。
「お母さん、私……リンカーネーションに入りたい」
「えっ?」
最初にそう言いだしたのは十八歳を迎えた長女のノーラ。すっかり大人びた姿はやはり父親のように真っ直ぐな瞳を持ち、頑固たる意志を持つ風貌をしていた。
「えっと……どうしたの急に?」
「今お父さん、最前線で戦ってるんでしょ?」
「……! どうしてそれを知って……!」
「お母さんの部屋にあるお父さんからの手紙を見たの。マルタードを守るために吸血鬼と戦ってるって書いてあった」
父親のラウロは一ヶ月は家に帰ってきていない。それは吸血鬼の侵攻が金の原産地マルタードのすぐそこまで迫っていたから。ラウロはシルレベンから援軍として派遣されており、最前線で吸血鬼と死闘を繰り広げていた。
「だめよ! あなたをそんな危険な場所に送り出すなんてできない!」
「そ、そうだよお姉ちゃん! 吸血鬼ってすっごく怖い怪物なんだよ!?」
母親と同じく否定するのは十六歳を迎えた次女のノルマ。乙女らしい可憐な姿は母親のように優しい瞳を持ち、やや謙虚さを備え持つ風貌。
「でもお父さんは今この時だって戦ってる! ずっとお父さんに守られる人生なんて嫌なの! 今度は私もお父さんと吸血鬼と戦って……家族とこの家を守りたい!」
「だめ、だめなのノーラ! お母さんは、大切なあなたを送り出すことなんて──」
「──ッ! じゃあもういい! 私が勝手に志願するから!」
「待ってノーラ!」
その日から長女のノーラは家を飛び出したまま帰ってこなかった。母親のヴェラは何日も待ち続けたが顔すら見せない。対して次女のノルマは二人きりの家に気まずさを覚え始める。
(もう、声もかけてくれないよね……)
勿論成長した二人はメデューサに挨拶すらしてくれない。ただ時間を確認するだけの振り子時計。かつて与えられたノーマという名すら長らく呼ばれていなかった。
「ノルマ、あなたのお姉ちゃん……本当にリンカーネーションに入って、今お父さんと最前線にいるみたいなの」
「そうだよね。お姉ちゃんは一度決めたら聞かないし」
「……国を出る前ぐらい、顔を見せてほしかったわ」
流れた月日は半年。
母親のヴェラは派遣された夫のラウロの手紙で初めて知った。ノーラがリンカーネーションの一員となり、父親と共にマルタードで最前線にいると。
「あなたは大丈夫よね? 吸血鬼と戦うなんて言わないわよね?」
「……うん、言わないよ。私は吸血鬼が怖いから」
二人の日々を見守るだけの振り子時計としての時間。それが何日も、何ヶ月も続いた。三女の妹としてではなくただの振り子時計として、長針と短針を動かし続け、銀の振り子を揺らす。
憂鬱な気分の中、メデューサがふと我に返ると扉のノック音がした。ヴェラが「はーい」と返事をして玄関まで駆けていく。
「どちら様……ってあなた! 帰ってこれたの!?」
扉の先に立っていたのは一年ぶりに姿を見せたラウロ。次女のノルマも父親に会いたかったのか二階から降りてくる。感動的な家族の再会。抱き合うものだとメデューサは思い込んでいたが、
「あなた? どうしたの、そんな顔して……」
ラウロは目を見開き、絶望に満ちた顔をしていた。まるでおぞましい何かを目にしたかのように、ただ正方形の木の箱を持ってそこに立つだけ。
「そうだ! ノーラは、ノーラはどこにいるの? 一緒にいたのよね──」
長女のノーラの姿を探しながらそう言いかけると、ラウロは持っていた正方形の箱をヴェラに押し付ける。手に伝わるのは少しだけ重い感触と箱の内面に物体がぶつかる衝撃。ラウロは俯いたまま何も答えない。
「この箱……中に何が入って──」
首を傾げ正方形の箱を空けて中身を視認すれば、ヴェラは一瞬にして声を失い顔を真っ青にさせる。その顔は父親のラウロとまったく同じ顔。呼吸が止まり、数秒間の沈黙の後、
「いやぁあ"あ"ぁあぁああぁあぁあぁっ!?!」
ヴェラの悲鳴がリビングに響き渡る。抱えていた正方形の箱を思わず落として、二歩三歩と後退りをした。ノルマは何が入っていたのかと落ちた箱を遠目で眺め、
「ひッ──?!!」
短い悲鳴を上げた。
メデューサもまたその箱を見ると箱からゆっくりと転がる球形。凹凸があるのかピタッと止まる。
(──ノーラ、お姉ちゃん?)
箱から覗かせたのはノーラの生首。
死の間際に生を懇願する顔。死を受け入れる前に刎ねられた恐怖に満ちた顔。どうとでも捉えられるその顔。しかし誰もがこれだけは読み取れていた──心の底から後悔していると。
「最前線で、伯爵の群れに遭遇して。撤退の最中に、他の奴を守ろうと果敢に飛び出して。首が、首だけが、俺のところに飛んできたんだ」
両膝を突きながら頭を抱えるラウロ。
メデューサは人間がいずれ死ぬと理解
「そ、そんな……ノーラっ……」
「どうして、どうして止めなかったんだよぉ!? 俺は言っただろ!? リンカーネーションに入ろうとしたら止めてくれってッ!!」
「言ったわ、言ったわよ! でもすぐに家を飛び出して、探しても行方が知れないままで……私だって、私だって手は尽くしてたわッ!」
愛する娘を失ったことによる喧騒。
次女のノルマは涙をぽろぽろと流しながら壁に手を突いて座り込んでいるだけ。一家団欒のリビングで起きる責任の押し付け合い。
(どうして、こんなことになっちゃったんだろ……)
クルースニク協会創設者ヴィクトリア・ウィルキー。いつの日か彼女はアレクシアに対してこうぼやいた。『時間とは人を変えてしまう遅効性の毒』だと。メデューサは今まさにその言葉に相応しい状況下で抱いた感情は、
(あの頃に、戻りたいよ……)
過去に戻れたらという哀しみ。
バルディ家が仲睦まじかったあの頃に、自分が三女のノーマと呼ばれていたあの頃に戻りたい。時を刻む振り子時計は──この時初めて『過去』を望んだ。
「俺に文句があるなら出て行けよ! 人の金で暮らすただメシ食らいがッ!!」
「言われなくても出ていくわ! こんな家もうこりごり!」
崩壊の零時。
まず母親のヴェラと父親のラウロの喧騒が絶えず、ついにヴェラが家を出て行ってしまった。家に残されたのは父親のラウロと次女のノルマ。
「ちッ、飯ぐらい用意しておけよぉッ!! 使えねぇなお前はぁッ!!!」
「いたいッ……や、やめてお父さんっ……!!」
崩壊の一時。
性格が豹変した父親ラウロによる家庭内暴力。次女のノルマを鬱憤晴らしと言わんばかりに殴り蹴りを繰り返す。気が弱いノルマは反抗できず、ただその運命を受け入れるしかなかった。
「ねぇ聞いた? マルタードの話……」
「知ってる知ってる。リンカーネーションの最前線が崩壊したんでしょ? 吸血鬼が更に侵攻してくるらしいわ」
「まぁどうにかしてくれるわよ。ここなら安全だし、いつもリンカーネーションがどうにかしてくれてるしね」
崩壊の二時。
マルタードで吸血鬼を食い止めていた最前線の崩壊。リンカーネーションは劣勢の状況。しかしシルレベンの民たちは『どうにかしてくれるの精神』で危機感を覚えなかった。
「ギャハハハハハッ!!!」
「ウゥウウゥウウゥッ……!!」
「うあぁああぁッ!?! 何で食屍鬼が街にいるんだよぉッ!?!」
崩壊の三時。
吸血鬼によるシルレベンへの襲撃。予兆もなしに食屍鬼や吸血鬼が国へと紛れ込み、市民たちを次々と喰い殺す。
「すみませんすみません……。常識的に考えて敵国に宣戦布告するより、襲撃した方が効率良くないですか……」
指揮をするのは六ノ罪
そんなレイラを狙うのは酒場の物陰と裏路地に身を潜めていた男女のリンカーネーション。片手に銀の杭を、片手に両刃の剣を握っていた。
「ここで仕留めッ──」
「うおらッ──」
二人は同時に飛び出してレイラに向けて剣を振り下ろす。しかしおどおどしていたとは思えないほど機敏な動きをし、両手の散弾銃を構え、秒で引き金を引いて二人の頭部を吹き飛ばす。地面に転がるのは頭部のない肉体。
「すみませんすみません……。声出す前に斬りかかった方がいいですよ……」
再びおどおどした態度に変わったレイラ。彼女は邪魔な瓦礫を散弾銃で薙ぎ払い木端微塵に破壊しながら進む。
「すみませんすみません……。この家に生き残りがいるのバレてますよ……」
人間を皆殺しにする為に向かったのはバルディ家。閉まった扉の前でそう声を掛けるが中から反応はない。レイラは数秒だけ静止した後、両腕を左右に大きく広げる。そして両手に握りしめた大型の散弾銃をクロスさせるように全力で玄関へ叩きつけ、
「居留守はしないでください……」
一軒家ごと瓦礫の山へと変えてしまった。
瓦礫に囲まれた中央にいるのは父親のラウロと次女のノルマ。二人はゆっくりと向かってくるレイラに怯えながら座り込む。
「ま、待てッ!! こ、こいつをやる!」
「お、お父さん……!」
「ほら見ろよ! 結構イイ女だろ!? 血も他の人間より上物だ! こいつをやるから俺の命だけは助けてくッ──ぐゃあぁぁああぁッ!?!」
ノルマの右肩を強引に掴んでいるラウロの左腕。レイラは間髪入れずに肘辺りへ散弾銃を叩きつけ、真っ二つにへし折った。
「すみませんすみません……。手足を折らせてもらいます……」
「いぎゃあぁッ、ぐぎぃいあッ……!! あ"ッあぁあぁあぁッ!!?」
休みもなしに右腕・左脚・右脚を散弾銃で叩き折るレイラ。その光景を次女のノルマは歯をガタガタ震わせながら見せつけられる。
「その非道な行為を止めて──六ノ罪レイラ・オリヴァー」
女性の声に呼び止められるレイラ。ゆっくりその場を振り返ると立っていたのは四卿貴族──哀しみの
しばし互いに沈黙した後、レイラは機敏な動きでバートリ卿の頭部に散弾銃を一発だけ発砲した。
「──血涙」
左目から一滴だけ伝わる血の涙。分散するのは血の霧。撃ち出された散弾銃の弾丸をすべて弾き返す。その一瞬の間でレイラはバートリ卿の隣まで接近し、右手の散弾銃で薙ぎ払おうと試みる。
「争いは何も生まないわ」
血の霧は幾千の剣へと具現化しレイラの散弾銃を弾き飛ばす。レイラは体勢を立て直そうと後方へ飛び退いたのだが、
「右左は確認した方がいいんじゃないかしら」
漂わせておいた血の霧からクラクションを鳴らした大型トラックを一台だけ呼び出し、レイラの肉体ごと瓦礫の山へ突っ込ませ、大爆発を巻き起こした。
「すいませんすいません……。私をこの程度で殺せると思っているなら考え直した方がいいですよ……」
「思ってないわ。だって今のは警告だもの」
しかし衣服が所々破れた程度の様子で顔を見せるレイラ。背中から二枚の蝙蝠の羽を見せつけ、次はないと威圧をかけるバートリ卿。レイラはしばらくバートリ卿を睨んだ後、再びおどおどした態度に戻り、握っていた大型の散弾銃を次女のノルマの足元へ放り投げる。
「すみませんすみません……。あなたのお父さん、その銃で撃ち殺して貰ってもいいですか?」
「……えっ?」
「撃ち殺したら吸血鬼にしてあげます。その人から暴力を振るわれて嫌な目に遭っていたんですよね……?」
実の父親を撃ち殺すよう仕向けるレイラ。ノルマは大型の散弾銃を手に取ると震えながら銃口を父親のラウロに向ける。バートリ卿はその催促に対して反論するようにこう説得をした。
「決して撃ってはだめよ。その人はあなたにとってたった一人の父親なの。失えば残るのは……きっと哀しみだけよ」
「すみませんすみません、父親なんて結局は都合のいい肩書きに過ぎないじゃないですか……。どうせ撃ち殺しても後悔しません……」
「復讐は何も生まないでしょ?」
「けど復讐しないと何も変えられませんよ……」
飛び交う後押しと呼び止め。次女のノルマは引き金に指を掛け、俯いたまま悶え苦しむラウロに銃口を突き出す。
「ま、待てノルマっ……お、俺を撃たないよなっ……? お、お前のお父さんだぞ?」
「……」
「い、今までのことは悪かった……! ノーラを失ってどうかしてたんだっ! これからは仲良く二人で暮らそうっ……なっ、だからやめてくれ──」
「そうやって……私がやめてって言った時……」
そして上げた顔は憎悪に満ちた顔。怒りと憎しみだけに思考が支配され、指に掛けられた引き金は、
「お前はやめなかったくせにぃいぃッ!!」
「ぐほぉああぁあッ!?!」
容易く引かれた。
胸元に風穴が空き血反吐を吐きながら仰向けに倒れるラウロ。その光景を見たレイラは僅かに頬を緩める。
「お前の、お前のせいですべておかしくなったッ!!」
「ごほッ……ま"、ま"でッ──」
「お姉ちゃんが死んだのも、お母さんが出ていったのも、私がこんな目に遭ってるのも……!! 全部、全部お前のせいだッ!! 死ねッ死ねッ死ねぇええぇえッ!!」
弾丸と憎悪を込めては撃ち、込めては撃ち。
気が付けばラウロの肉体は原型を留めずただの肉塊に成り果てる。そして引き金の音だけが響くようになるとレイラはノルマの傍まで歩み寄った。
「はぁはぁッ!」
「……あなたはその道を選んでしまったのね。哀しいわ」
暗い顔をするバートリ卿。対してレイラは機嫌が良さそうに微笑むとバートリ卿と向かい合う。
「バートリ卿……人間の歴史は復讐が積み重ねで成り立ってるんです……」
「……」
「すみませんすみません……。皆殺しが終わったようなので私は失礼しますね……」
ノルマの肩にレイラが手を乗せれば二人は足元の影に溶けていく。バートリ卿は去り際を止めることなく、ただ傍観するのみだった。
「……? この哀しみは……?」
瓦礫の山から感じ取れる哀しみ。バートリ卿は哀しみの根源を探してしばらく歩き回る。
「この時計から……哀しみを感じる」
辿り着いたのは奇跡的に崩れていない一枚の壁。そこに飾られた一つの振り子時計。壊れているのかボーンボーンッと鐘を鳴らし続けている。
(帰ってきて、帰ってきてよっ……お姉ちゃん、帰ってきてよっ……)
バートリ卿の耳まで届くのは家族の帰還を願う少女の声。鐘を鳴らし続けるのはバルディ家に、あの頃のバルディ家に帰ってきてほしいから。胸が締め付けられるような少女の声にバートリ卿は振り子時計へ手を触れ、
「──血涙」
一滴の血の涙を流した。
―――――――――――――――――
「うわぁあん! バートリおねーちゃん……!」
「どうしたのメデューサ?」
「チェキおにーちゃんがイジメてくるのぉ!」
血涙の力を与えられた振り子時計。与えられた名は『
そんなメデューサは蛇の身体を使ってバートリ卿の首元まで登ってくる。
「チェキチェキ、何を言ってヤガる! オイラを丸呑みしたからちょっとチェキッただけだぜい!」
「あーあ、チェキお兄ちゃんって酷いことするわねー」
「スキュラの姉貴もこのガキに甘すぎるんだぜい! ……ってオイラはチェキって名前じゃねぇい!」
カルキノスが足元で跳ねている中で、スキュラはメデューサの蛇の頭部を優しく撫でる。そう、少女はバートリ卿の慈悲によってバルディ家のような正真正銘の家族を手に入れたのだ。
「ワタクシはいつでもメデューサの味方。だからぜーんぶそこのカニが悪い」
「えへへ~! スキュラおねーちゃんだいすきぃ!」
「チェキっと来たぜいッ! 表でタイマンと行こうぜいスキュラの姉貴ぃ! ……相手はオイラのオトートだ!」
「セ、セッシャが助太刀せねばならぬのか?!」
中身は純粋無垢な少女。
だからこそバートリ卿は眷属たちに家族として接してあげるよう伝えていた。哀しみを背負う少女を少しでも楽にしてあげようと。
「ねぇバートリおねーちゃん……ワタシたち、ずっと一緒だよね……?」
「ええ、私も皆もずっとあなたのそばにいるわ」
メデューサが求めるのは家族と平和な日々。
たったそれだけあれば──他に何もいらなかった。
Recollection : Medusa_END
~来週から9章開始予定です~
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