8:26 Medusa A ─メデューサA─

 アダールランバの城内。

 自室で身支度を終えたクレスは掃除が施されていない廊下を早足で歩き、城門まで向かっていた。その隣を歩くのは秋月騎士団のガブリエル。


「クレス、本当に独りで大丈夫なのかい?」

「あぁ問題ない」

「でも相手は情報のない大蛇の風穴だろう。僕としてはあまり行かせたくはない」


 単独で攻め込もうとするのは大蛇の風穴。彼もまたルミやラミと同様に例の手紙に目を通し、ミールの為に風穴の奥底まで潜ろうとしていた。


「ガブ、いくら何でも心配しすぎだ」

「いやいや、せめて僕ぐらいは護衛として傍に置いたって──」

「怪我人を連れて行く間抜けがどこにいる。……それにガブ、無理してるのがバレバレだぞ」


 原罪による襲撃で負わされた傷が未だ完治していないガブリエル。クレスにそう言及されると「バレてたんだ」と軽く微笑む。


「それよりもラミは?」

「落ち着くまで部屋に閉じ込めてあるよ。見張りの騎士も一人付けているから大丈夫」

「……どうだか。こういう時は大抵ロクなことが起きないんだ──」

「クレス様、騎士団長!」

 

 クレスがそう言いかけると凄まじい形相で一人の騎士が二人の後を追いかけてきた。クレスは「そら来た」と不安を募らせ、その場で振り返る。


「君は確か見張りを任せた……。何かあったのかい?」

「ラミ様が部屋から脱走をして!」

「脱走だって? 君が部屋の前で見張りをしていたんじゃ……」

「それが、部屋の窓から脱走したようです」


 窓からの脱走。騎士からその話を聞いた二人は無言で顔を見合わせ、同時に城の天井を見上げた。

 

「ラミを閉じ込めた階は?」

「三階だよ」

「……冗談だよな?」

「あの子ならやりかねないと思うけど」


 ラミが閉じ込められていたのは城の三階。そこから飛び降りたのかとクレスは思わず眉を顰める。しかし彼にとって最も気掛かりなのは『そこまでして脱走をした理由』だった。


「それとですね。この手紙が部屋の中に落ちていたのですが……」

「手紙?」


 騎士から渡された手紙を受け取ったクレスは「まさか」とその中身に目を通す。そして顰めていた眉を徐々に上げ、隣で首を傾げるガブリエルの方へ顔を向けた。


「ガブ、手紙をラミに渡したのか?」

「その手紙って、例の差出人が書かれていない……」

「そう、例の手紙だ」

「悪いけど僕は一切関与してないよ。騎士団の保管庫に届けて、それ以降は触れてすらいないからね」


 返答を聞いたクレスは考える素振りを見せ、渡された手紙をじっと眺める。彼の脳裏を過るのはとある憶測。


(城内の何者かが──この手紙をラミに見せたのか?)

 

 ガブリエルと自分以外の者が目にするとややこしいことになる。だからこそ厳重に保管するよう心掛けていた。……にも関わらず、騎士団の保管庫から手紙が持ち出されてしまった。


「すまないガブ。のんびり歩いてる場合じゃなさそうだ」


 しかし今は妹のミールを含め、ラミすらも大蛇の風穴へと向かった現状。手紙に関する疑心は後に回す判断を下し、その場から駆け出す。


「クレス」

「どうした?」

「君たち雪月花はきっと分かり合えるよ」

 

 そう告げるガブリエルの顔は「勇気を出して」と言いたげな顔。クレスは少々呆気にとられ、軽く頷いた後、


「……ありがとう」


 感謝の気持ちを伝え一気に城内を駆け抜ける。その最中に脳内に甦るのは、雪月花の瓦解が起きる直後にミールと交わした会話。


『ミール、聞いてくれ。俺は戦いとは、吸血鬼とは無縁の国を建てる。そこで一緒に暮らそう』


 雪月花の演説が始まる前、クレスはミールへそう手を差し伸べていた。吸血鬼と正面から衝突しようとするスノウに、大切な妹を渡すわけにはいかなかったのだ。


『ごめんなさい兄様。私は兄様と姉様……どちらかを選ぶことはできません』

『──! なぜ、選べない……?』

『姉様も兄様も大好きだからですッ! 大好きだから、どちらかを選ぶなんて……私にはできませんっ……』


 だがミールがその手を握ることはなかった。姉であるスノウも兄であるクレスも、ミールにとってはかけがえのない家族。どちらかを選ぶ行為はどちらかを捨てる行為に近かった。


『なので兄様……。私は、私の国で暮らします。大好きな兄様と姉様が、雪月花がまた一つに戻るまで』

『ミール……』

『もしその時・・・が来たら、姉様と兄様と私の三人で──素敵なお茶会を開きましょう』

『……分かった』


 哀しみを堪えながら声を震わせながら笑顔を取り繕うミール。クレスはそんなミールの姿を前にして、言葉を呑み込まざるを得なかった。

 

(ミールを、失いたくはない……)


 両拳を握りしめて城内を駆け抜ければ、城門付近に手配されていた愛馬に飛び乗る。


(ここから近い大蛇の風穴は、カルメラ叔母さんの畑がある山林)


 そして大蛇の風穴の方角をスマートフォンに保存してある地図で確認し、出発しようとした瞬間、


「はぁはぁっ! クレス、待ってくれ!」


 城内から現れたのは息を切らしながら全力疾走するキリサメ。クレスを呼び止めて両膝に手を突いて呼吸を整える。


「すまないキリサメ。今から外出の予定があってな。話は帰ってきた後に──」

「……大蛇の風穴に行くんだろ?」

「──! なぜそのことを知ってるんだ?」


 手紙の中身を内密にしていたはずが、ラミに留まらずキリサメまでも知っている事実。クレスは慣れた手つきで愛馬の向きを変え、キリサメを見下ろした。


「この手紙が落ちててさ。もしかしたらと思って……」

(ラミの部屋に落ちていた手紙か?)


 キリサメが右手に持っていたのは例の手紙。クレスはそれを受け取ると中身に目を通す。文の内容も筆記体も酷似している……のだが、


(いや、少し違うみたいだな)


 紙の材質や汚れなどが違うことから異なるものだとクレスは確信した。何者かが意図的に手紙をばら撒いている。クレスはその事実を懸念点に置いてからキリサメに手紙を返した。


「キリサメ、これは俺たち雪月花の問題だ。お前を巻き込むわけにはいかない」

「あー、その、違うんだクレス。大蛇の風穴にアレクシアがいるみたいでさ」

「何だって? 誰からその話を聞いたんだ?」

「それが、なんていえばいいんだろうな」


 その問いかけに口をもごもごと動かすキリサメ。クレスは疑念を抱きつつもしばらく返答を待つことにする。


「分からないんだ」

「分からない? どういうことだ?」

「手紙を拾った時に『アレクシア・バートリも大蛇の風穴に呑み込まれちゃってるよ』って声だけが聞こえてさ。気のせいでもなくて、本当にハッキリと聞こえたんだよ」


 手紙を拾った際に何者かが呼びかけてきた。神妙な面持ちでそう語るキリサメを他所にクレスは西の方角へ顔を向ける。


(……俺たちをいざなおうしているのか?)


 城全体に情報が洩れているのではなく何者かが情報を与えている。その奇妙な行動は特定の人物を誘導するため。クレスはそんな憶測を立て、改めてキリサメと視線を合わせる。


「だがキリサメ、本当にいいのか? お前はまだ奇術を扱いきれていない。そんな状態で大蛇の風穴に向かえば……」

「それについてなんだけどさ。今の俺の補正値をもう一度見てくれ」

「……? あぁ分かった」


 クレスは妙に自信を持つキリサメに促されるがまま、自身の奇術で主人公補正の数値を確認し、


「キリサメ、お前……何をしたんだ?」


 その数値に思わず目を見開いた。キリサメは安堵するように胸を撫で下ろすと真っ直ぐな眼差しでクレスを見上げる。


「詳しいことはきちんと話す。だからさ、頼む。俺も大蛇の風穴に連れて行ってくれ」


 迷いは断ち切れたと言わんばかりのキリサメ。クレスはしばらく口を閉ざした後、緊張が解けたように頬を緩め、


「分かった。後ろに乗れ」 

「……! ありがとなクレス!」


 右手をゆっくりと差し出した。キリサメは感謝を伝えながらもその右手を掴むと愛馬の後方へ飛び乗る。


「出発するぞ」


 そして西の山林にある大蛇の風穴へと愛馬を走らせ始めた。


 

────────────────────



 氷の皇女が統治するエメールロスタ。

 玉座に腰を下ろしたスノウは静かに窓の外へ視線を移す。視線の先では仲睦まじくじゃれ合う三匹の青い小鳥。


「……」


 両端の小鳥が真ん中の一匹を可愛がるようにじゃれ合う光景。そんな光景を眺めながらもスノウは足を組み直す。


「皇女殿下、僅かながらお時間を頂いてもよろしいでしょうか?」

「……いいでしょう。入りなさい」

「はっ、失礼いたします」


 王室の外で呼びかけるのは氷月騎士団の団長ローレン。スノウから許諾の返答を聞けば、一通の手紙を片手にスノウの前で俯きながら片膝を突く。

 

「何の用件があって私の元へ?」

「皇女殿下宛にアフェードロストの騎士から手紙が届いておりまして」

「手紙ですか」

「はい、こちらがその手紙です」


 片膝を突いたローレンは俯きながら、目の前まで歩み寄ったスノウへ手紙を献上する。スノウは無表情のまま受け取るとローレンを見下ろした。


「騎士団長、あなたに聞きたいことがあります。嘘偽りなく答えなさい」

「はっ、何なりと」

「今朝からルミが姿を見せませんが、何か心当たりは?」

「ルミ様ですか。確か数時間前、二階西側の廊下でルミ様を見かけました。何やら焦った様子で廊下を走っていましたが……それ以降、私は姿を見かけておりません」


 周囲を包み込むのは静寂。ローレンは微塵も身体を動かさず、ただスノウの返答を待つのみ。

  

「……分かりました。ではもう下がりなさい」

「はっ、失礼いたします」


 数十秒後の静寂の後、やっとのことで返ってきた答え。ローレンは心の中で叱責を受けなかったことに安堵すると王室を後にした。


「主人の元へ顔を出さない使用人……不敬極まりないですね」


 一人残されたスノウは玉座へ再び腰を下ろし、足を組みながら手紙の封を開けようとする。しかし封が既に開けられていることに気が付き、スノウは眉を顰める。


「それだけに留まらず、主人宛ての手紙を盗み見るとは……。このような不敬な行為、どう処罰を与えましょうか」

 

 スノウはぼそぼそと独り言を呟きつつも手紙の内容に目を通す。読み進める最中、スノウの表情は何一つ変わらないままだったが、


「……」 


 すべてを読み終われば玉座からゆっくりと立ち上がり、窓の外でじゃれ合ってた小鳥たちへ再度視線を向ける。


「どうやら──」


 窓の外にいたのは両端の二匹のみ。可愛がられていた真ん中の一匹がどこかへ飛び去った後らしく、残された二匹は他所を向いて互いに無関心の状態。


「──不敬者が増えたようですね」


 氷の皇女であるスノウもまた無関心とも呼べるほどの無表情でそう呟き、自身の王室からやや早足気味に出ていった。


 

────────────────────



「はぁはぁッ……こいつら、何なのよ……」

「あ? 蛇女だろ?」

「知ってるわよ! 私が言いたいのは、変な力を使えるこいつらは何なのかってこと!」


 ロックとエリンを囲むのはメデューサが作り直したステンノとエウリュアレ。二人は背中を合わせながら前方に立つステンノたちを見据えていた。


「ほらあれじゃね。眷属っつーのだろ」

「それも知ってる! そうじゃなくて、眷属はどうして変な力を使えるのかって聞いてるの!」

「んぁ? 質問ループしてんじゃん──」

「来るわよッ!」

 

 ステンノの深緑の炎球が上空から降り注ぎ、エウリュアレが六本の腕を巧みに動かし大剣で斬りかかる。ロックとエリンは囲まれた現状を打破するために別の方角へ飛び出すが、


「くッ、身体が思うように動かなくッ……!」


 ステンノが二人を視界に捉えられる位置へと移動をしたため、全身が突然鈍くなり、ほぼ棒立ち状態へと成り果ててしまう。


(しつけぇぐらい俺らを目で追ってきやがる……。メデューサってのに知恵でも組み込まれたか?)


 ロックが右手に握りしめていたのは焙烙玉ほうろくだまの栓。瞬間、二人が先ほどまで立っていた位置が爆発し、辺りは爆煙に包み込まれた。


「よっと」

「キャアァアァアッ!?! アタクシの、アタクシの目がぁあぁぁッ!!」

「ネエ様ッ……!!」


 ロックは爆煙の中を走り抜け、ステンノの眼球を短刀で何度も斬り刻む。一帯に響き渡る長女の叫び。次女のエウリュアレは大剣を一度だけ力強く振り回し、霧払いをした。


(殺っちまえばパワーアップした蛇女がまた出てくるだけ。対策は視界を塞ぐことぐらいだが……。残りのなんちゃら玉も残り一つ。そろそろ詰みじゃね)


 爆煙はあっという間に晴れて視界は開けてしまう。本来であればステンノの目をロックが潰し、エウリュアレの目をエリンが潰さなければならない状況だったが、


「くッ……あッあぁぁあ……ッ!!」

「んぁ? 捕まってんじゃん?」


 戦い続けていたことで限界が近かったエリンは、エウリュアレに捕縛されてしまい、その蜷局を巻いた下半身で締め上げられていた。ロックは呆れた様子でエリンを見つめる。


「キミ、ウゴかない方がいいヨ? ウゴいたら……この子がどうなっちゃうのか分かるでしょ?」

「くッあぁぁあぁあぁッ……!?」

(まっ、思ったよりも時間は稼げただろ)


 ロックは握りしめていた短刀をすぐに放り投げて、視線だけ壁に飾られた時計たちへと向けた。


「私のことは、いいからッ──くぁあぁあッ……!!」

(おっ、稼げた時間……。数分どころか十分超えてね──)

「あぁ、やっと前が見えてきたわッ……! 小童が、よくもアタクシの目を潰してくれたわねッ!?!」

「──ッ!!」


 時計を見ながら他所事を考えているロック。その背中にステンノは深緑の炎球を衝突させ、壁際まで吹き飛ばす。


「ロックッ……」

「いッつぅ……ていうかあっちぃなおいッ……」


 騎士団の制服が黒く焦げ、酷い火傷を負った背中。ロックはその場に立ち上がってからステンノたちの方へと振り返る。


「ボクとネエ様をアイテによくガンバッタと思うヨ。けど数分ジュミョウが延びただけだったけどネ──」

「数分じゃねぇんだよなぁそれが」

 

 ロックがエウリュアレたちに見せつけるのは焙烙玉の栓。炎球に衝突した瞬間、ロックは『とある位置』へ投擲していたのだ。しかしステンノとエウリュアレは顔を見合わせ、


「クックククッ、愉快な小童ね? そんな玩具を起爆させただけで、起死回生の一手でも打てるのかしら?」

「ハハハッ! オモシロいよキミ、プッハハハッ!! オモシロくて、ヒヒッ、お腹がよじれちゃうッ!!」

「ロックッ……まだ私はッ……」

 

 ロックが誇らしげに掲げるその小さな栓を見て嘲笑う。エリンは朦朧とする意識の中、蜷局の拘束から抜け出そうと必死に抵抗していた。


「ぷっはははっ! ほんとおもしれぇよなぁ? 俺も久々に笑えて笑えて、腹が捩れるどころか、真っ二つに裂けちまいそうだ!」

「ハッハハハハッ!!!」

「クックククッ!!」

「はっはははっ!! 笑えて笑えて仕方がねぇよ、だってそりゃあ──」


 二匹と一人の笑い声が周囲に響く。そしてロックは込み上げる笑いを堪えながら、下劣な笑い顔を浮かべ、


「──起死回生の一手がマジで打てちまうからな」

 

 そんな言葉を吐き捨てると巻き起こるのは焙烙玉の爆発。発生源は宮殿の入り口付近。煙が立ち込める最中、塞がれていたはずの入り口が薄っすらと姿を現す。

 

「クククッ、それが起死回生の一手なのかしら──」


 ステンノがそう言いかけた途端、何かが風を切る音と大きく左右に揺らぐ爆煙。どこからともなく聞こえるブーツの足音。


「人型の蛇は任せましたよ」

「ラミに命令しないで」


 煙をかき分けてきたのは二人のメイド。逆手持ちに構えた銀の短剣でエウリュアレの蜷局を容易く斬り裂くルミと、銀のナイフをステンノの両目に投擲して突き刺し、横蹴りを腹部に打ち込むラミ。


「……まっ、一手を打つのは俺じゃねぇけど」


 ロックは壁に背を付けながらゆっくりとその場に座り込む。そんな彼の元まで後退してきたのは気絶したエリンを抱えたルミ。


「おせぇよアホ。もっと早く来いっつーの」

「あなたは茶会で見かけた騎士……。まさか、あの手紙を送ってきたのは……」

「そーそー、俺だよ俺。念のために送っといてよかったわ」


 彼の脳内を過るのは先日ジャンヌの自室で新武装の紹介が終えた後の会話。


『そういや便箋とかねぇの? 手紙書きてぇんだけど』

『誰に手紙を送る?』

『んぁ? 愛人・・でも友人・・でもねぇやつに送るけど?』


 スノウとクレスへの手紙を書いていた張本人はロック。ルミは表情を険しくさせつつエリンをロックの隣へと下ろした。


「何故あのような手紙を?」

「博打だ博打。皇女さまのことになったら、スノウとかクレスが大蛇の風穴に突っ込んでくるんじゃねって。まっ、その結果ヒステリックな方の姉妹が来たんだけどな」

「ラミはヒステリックじゃないわ。瀟洒しょうしゃな使用人よ」

「へー、最高の自惚れだな」


 ロックの言葉を否定しながらラミもまた飛び退いてルミの隣に並ぶ。三人が見据えるのはステンノとエウリュアレ。

 

「それよりもアレは何ですか?」

「二ノ眷属の蛇女だってよ。よく分かんねぇ力使ってくんだよなぁ」  

「よく分からないで片づけないで。ちゃんと説明しなさい」

「説明できたら苦労してねーの。まぁとにかくなんちゃら蛇女たちの視界に入ると身体が動かねぇし、急にあいつらの動きが早くなったりするから注意で」


 ロックは着ていた騎士団のコートを気絶したエリンにかける。そして伸びをしながら立ち上がれば何度か拳を鳴らした。


「要約すれば『視界を塞げばいい』と」

「そーゆうこと」


 見据える先に立つのは蛇の下半身を再生したエウリュアレ。顔から銀のナイフを抜いて再生するステンノ。獲物を前にした蛇のように縦模様の瞳をぎょろぎょろと動かす。


「ハハハッ! オイしそうなゴハンが増えたよネエ様ッ!」

「クッククッ……! ええそうねエウリュアレ。アタクシたちはとても恵まれているわ」 

「……仕方ないわね。ラミが不意を突いて目を潰すわ──」


 ラミがそう言いかければ遠方から聞こえてくる破壊音。方角はルミたちが姿を見せた入り口側。三人と二匹は一斉にその方角へ視線を向ける。


「音が、近づいてきている……?」


 壁という壁を破壊する音と辺りを小刻み揺らす衝撃。それらは三秒に一メートルずつ、ロックたちの方へ近づいてきた。


「……はっ、やっと本命が来たのかよ」

「本命ですか?」

「んなもん決まってんじゃん。本命ってのは──」


 音の発生源は壁のすぐ向こうにいる。壁の位置は入り口を正面に捉え、右上の壁と左上の壁。


「──この時代で最も相手にしたくねぇ姉弟だよ」


 砂煙と共に一枚の壁も破壊され、空いた穴から降りてくるのは二つの人影。右上の壁からは男性の影、左上の壁からは女性の影がくっきりと砂煙の中に映り込む。


「客人の私に穢れた道を歩かせる不敬者は──あなたたちですか」

「スノウ様……!」

「まさか、零度の冬雪ッ……!」


 雪景色のように真っ白な長髪、微塵も変わらぬ凍てついた顔、肌を貫くような鋭い紅の瞳。右手には持つのは空気すらも斬り裂く氷の刃を宿す大鎌。彼女は氷の皇女スノウ・アーネット。


「顔を出してみれば不快な蛇だらけ──一体どういう教育してるんだ?」

「大バカ皇子……」

「ネエ様、アイツは……紅葉の秋月だよ!」


 紅葉のような毛先を持つ白の長髪、常に未来を見据える現実主義の顔、冷静さを保ち続ける紅の瞳。左手に持つのは長方形の黒い鞘に納められた歪な大剣。彼は月の皇子クレス・アーネット。


「不敬者──」

「お前たち──」


 スノウとクレスはお互いに顔を合わさず、そのまま真っ直ぐ歩きながら肩を並べると、


「──ミールの居場所を答えなさい」

「──ミールを返してもらおうか」


 ステンノとエウリュアレをアーネット家特有の真っ赤な瞳で睨みつけた。

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