8:23 Abyss of Serpent ─大蛇の深淵─


「……?」


 焙烙玉による爆破。

 その爆風に巻き込まれた影響で私は気を失っていたらしくふと目を覚ます。大蛇の風穴の底に叩きつけられたのか。それとも深淵で待ち構えるナニカに飲み込まれたのか。


(これは……)


 視認すればそのどちらでもないと判明する。私の身体は凹凸の激しい地面と接触寸前で静止していた。言い方を変えれば浮いているとも言えるだろう。


(……落ちてきたのはあそこからか)


 ゆっくりと上半身を起こして状況把握を優先した。見上げれば私たちが落ちてきた風穴。その四方八方には同じような風穴が無数に作られている。広い空間なのか落石の度に音がよく反響した。


「……どういう原理だ?」

 

 私は右手を地面へと触れる。何の変哲もないのだが実際に私は浮いている状態。周囲ではラファエルたちも倒れた状態で宙に浮いていた。


「分かんねぇんだよなぁそれが」

「……先に起きていたか」

「いーや、今起きた」


 隣から声を掛けてきたのは仰向けの状態で頭の後ろで手を組み、くつろぎながら天井を見上げるロック。私は右手を地面から離すとその場に立ち上がる。


「つかさ相棒」

「……何だ?」

「何か下から聞こえね?」


 そう言われて耳を澄ますと下層から聞こえてくるのはナニカが這いずり回る音。よく見渡せば周囲は円形の崖。音の正体を確かめる為に下層を覗き込んでみる。

 

「……」

「んぁ? 何が見えんの?」

「大蛇と異形共。後は抜け殻・・・だ」

「へー、誰か一人は落ちるヤツじゃん」


 波状運動をしながら蠢くのはアフェードロストの地下で遭遇した大蛇。穴の中へ息を潜め獲物を待つのは例の異形共。そこが巣窟だと一目で分かる脱皮の抜け殻。それらが無数に蔓延っていた。


「やはりあの抜け殻は異形共のものだったか」 

「どっかで見たのか?」

「エメールロスタ周辺にあった村だ。そこでアレと同じものを見かけた」


 廃村にこびりついていた脱皮の抜け殻。その中身は例の異形共。ロックは話を聞くと身体を起こし、私の隣まで歩み寄る。


「……恐らくあの異形共は食屍鬼を改良した類だろうな」

「食屍鬼がアレになんの?」

「あぁ、ストーカー卿とやらが手を加えているらしい。過去に寄生型やら海洋型やらと遭遇したことがあるが……どの類も元は食屍鬼だ」


 異形共の身体の大きさは各々で違う。一メートル未満もいれば二メートルを優に超える類もいる。どうやら脱皮を繰り返してその肉体を成長させていくらしい。


「あれは……脱皮だっぴ型といったところか」

「ふーん、んじゃあさ。あんときの食屍鬼はその脱皮型から逃げてたってわけじゃん」

「あぁ、人間のみを餌にしてここまで母体を増やすのは不可能に近い。通常の食屍鬼共も餌にしているはずだ」


 大蛇の風穴へ訪れるまで雪月花の領地で食屍鬼と遭遇した覚えはない。住処になりそうな廃村で食屍鬼を見かけなかったのもすべてはこの脱皮型が原因。私は考える素振りを見せる。


「んぁ? なんか気になることでもあんの?」

「いや、まだ気にはならん」

「気が付いたときには遅いやつじゃん」

「……ん、んんっ?」

 

 会話を交わしていると背後から聞こえてくるエリンの声。気が付いたらしく上半身だけ身体を起こす。そして連鎖するようにラファエルやベッキーも次々と目を覚ました。


「僕らは、どうなったんだ……」

「あ? バケモン共の寝床で寝てたけど?」

「寝起きに冗談とか、マジにキツイからやめてくんない……?」

「冗談じゃねぇんだなぁそれが」


 ふと視線を東の方角へ移せば奥まで続いているであろう細い通路。引き返すことができない以上、このまま進むしかない。


「……この音は」

「んぁ? なんか落ちてくることね?」

 

 と考え始めた時、上空から風を切って落下してくる物体。壁際の穴から凄まじい勢いで落ちてくると、そのまま足場には乗らず、下層の地面へと衝突した。


「な、なにが落ちてきたのよ?」

「……死体か」

「えっ?」

「異形共に切り刻まれた死体だ。小さな異形共が喰らいやすいよう四肢が切断された餌」


 怯えたエリンにそう返答しつつ下を覗き込む。落下した物体は村人の死体。四肢が綺麗に切断され、胴体は四等分に切り分けられている。そこに群がるのは大蛇や小さな脱皮型たち。


「ちょ、ちょっとたんま! 今いる場所ってマジで化け物の住処なの!?」

「んぁ? さっきそう言ったじゃん」

「じゃ、じゃあここから早く離れた方がいいんじゃない!? もし下から化け物が上がってきたら……!」

「それはないだろう」


 立ち上がって避難しようとするベッキーへ私はそう否定した。その根拠を視線で訴えてくるベッキー。私は下層の脱皮型と大蛇を見下ろし、自身の根拠をこう説明した。


「親玉は落ちてきた獲物だけに手を出すよう命令を下している」

「は? そんなの分かんないでしょ? 今は私たちに気が付いてないだけとか……!」

「お前が幼児のように喚いているこの現状で見つかっていないとでも?」


 反論に対して淡々と返答すれば、ベッキーは喉に言葉を詰まらせて狼狽える。私は目を細めつつ落ちてきた風穴を見上げた。


「……風穴が傾き始めれば習性かのように撤退し、迷い込んだ餌を細かく切り刻む為の配置につく。野放しにされてるとは思えん」

「つまりあの怪物たちを率いる何者かが……風穴のどこかにいるってことかい?」

「そうなるな」


 整えられた体制。黒幕となる頭脳がどこかで息を潜めている。私はラファエルの要約に軽く頷いた後、唯一進むことができそうな東側の通路へ視線を移した。


「……そうだ! ミール様やヤミさんはどこに!?」

「ま、まさかこの下に落ちたとかじゃ……」

「落下してきた風穴は俺らと同じだしそれはねぇだろ。多分この先に進んだんじゃね?」 


 ミールたちの身を案じるラファエルとエリン。二人に向けて親指で指し示すのは私が見ていた通路。


「どちらにせよ後には退けん。親玉を始末しない限りは」

「まっ、さっさと面会と行こうぜ。ボスがどんなツラしてんのか気になるし」

「あんた、こんな最悪な状況を楽しまないでよ……」

「楽しめば最悪じゃねぇんだよなぁ」

 

 調子のいい返しをするロックにエリンは思わず苦笑した。その能天気な態度のせいかおかげか、緊張感に包まれた空気が少しだけ和らぐ。


「そうだベッキー、君に副団長の職を任命するよ」

「は? あたしがやんの?」

「ハンヌが戦死した以上、君にしか任せられないんだ。頼まれてくれるかい?」

「ま、まぁそこまで言うならやってあげなくもないけど……」


 副団長の役職を渋々引き継ぎながらもやや頬を赤らめるベッキー。そのやり取りを聞いたエリンは少しだけ暗い顔をしていた。


「あ? 選ばれなくて落ち込んでんの?」 

「そ、そういうわけじゃ……!」

「まっ、あの女が死んだら今度はお前が副団長だ。もうちょい耐えればいいんじゃね?」

「あたしにばっちし聞こえてんだけど?」

 

 ロックによる不吉な冗談と適当な励まし。その言葉を聞いたベッキーは思わず頬を引き攣る。


「……よし、進んでみよう。今の僕らにできることはそれしかない」


 そして先頭を歩かんとするラファエルの一言によって、私たちは奥まで続くであろう東側の通路を進み始めた。



────────────────────



「──あれ?」


 気が付けば見知らぬ図書館。

 俺はラミに殺されかけ、クレスに医務室まで運んで貰ったはず。その後は医師の人から治療を受け、ベッドの上で安静にしていた。


「どこだよ、ここは……?」


 それが知らぬ間に図書館に立っている状況。巨人じゃないと手の届かない本棚が無限に並び、大図書館と呼ばれるのに相応しい広さもある。


「俺は医務室にいたよな? もしかして、もしかしなくても夢でも見ているのか?」


 多分だけどここは夢の中だ。取り敢えずは大図書館を歩き回ってみることにした。


(夢の中、にしては意識がハッキリとしてるよな……) 


 二つの疑問点。

 一つ目は夢にしては意識がハッキリとし過ぎていること。絨毯が敷かれた床を踏みしめる感覚、古い本から漂う独特の香り。何もかもが現実に近しい。


(それとなんだこの感覚……? 本当に俺の夢の中なのか?)


 二つ目は『自分の居場所』とは思えない感覚。確かにこの大図書館に俺はいてもいいが、すべてを自分の場所とは主張できない。例えるなら近所の広い公園を歩く感覚に近いかも。


「ん? 本のタイトルが、少しおかしいような……」


 どこまで歩いても本棚ばかり。ならばと本棚に並べられた本の背を観察してみる。


「『Kaoruカオル Makigaiマキガイ』? 著者名もタイトルと同じだし、自己啓発とかそういう本なのか?」


 丁度いいところに木の椅子が置かれている。俺は奇妙なタイトルの本を読むことにした。


『彼、牧貝マキガイカオルの父親は牧貝零士れいじ、母親は牧貝ゆり子。奈良県の鹿山かやま病院で産まれた。よく泣き、よく笑う、感情豊かな赤ん坊だった』

(奈良県ってことは、日本人だよな?)

 

 最初の文章は牧貝香の生まれを淡々と語るもの。だけど俺は奈良県という名詞が出てきたことにどこか違和感を覚えていた。


『彼は赤羽あかばね高等学校へ入学をし、どっぷりとハマったコンテンツは漫画やアニメ。特に異世界をテーマとしてライトノベルを好み、ソーシャルゲームの周回をしながらライトノベルを読み漁っていた』

(ライトノベル、ソーシャルゲーム……。やっぱりこの本に書かれてる舞台は日本人だ)


 この一文で俺は確信する。赤羽高等学校っていう学校名なら聞いたことあるし、何よりも日本で流通しているライトノベルやソーシャルゲームという名詞が証拠になる。


『高校二年生の半ばでトラックにねられ、彼は命を落としてしまう。深夜までソーシャルゲームを続けていた為、寝不足によって注意力が散漫していたのだ』

(マジかよ。そんなあっけなく死んで──)

『しかし彼は別世界へと飛ばされる。そう、夢にまで見ていた念願の異世界へとやってきたのだ』

「……は?」


 あまりの唐突な展開に思わず声を上げた。異世界へとやってきた。それは異世界転生をしたって意味だ。まだページは少し残っている。


『森の中を彷徨っていると彼はクラスメイトの嘉月カゲツ雪兎ユキトと出会う。同じ境遇だと悟った彼は雪兎と共に行動することにした』

「雪兎……!? 何でここに名前が……!」

『するとそこで教徒らしき男性に声をかけられる。話によれば異世界転生者は英雄と謳われているらしい。彼は雪兎と共にその男性に付いていくことにした』


 薄っすらと漂う嫌な空気。俺は息を呑んだ後、次のページを捲る。


『連れて来られた場所は魔女の馬小屋と呼ばれる教団の本部。スマートフォンで飾られた建造物に二人は驚く。話によればスマートフォンは異世界転生者を象徴する証らしい』

「魔女の、馬小屋……」

 

 脳裏に過るのは魔女の馬小屋での死闘。吸血鬼たちの肩を持っていた異世界転生者、眷属であるスフィンクス。そしてメルの母親だった魔女。様々な想いが込み上げてくる。

 

『異世界転生者が集う部屋で彼らは白川シラカワ 初音ハツネという女子高生と接触し行動を共にしようと誘った。その直後に白と黄の混ざる髪色と真っ赤な瞳をした女性、瞳孔の開いた無邪気な少女が姿を現す』

「この女性はあのニーナって原罪だな……。多分瞳孔の開いた少女は、実習訓練で見かけたあいつだ」

『最後に姿を見せたのは自身を美少女と信じて疑わない美少女。パートナーを探していると説明をし、異世界転生者の品定めを始めた。香は自分が選ばれるとアピールをしたのだが……選ばれたのは雪兎』


 美少女は多分だけどセシリアだ。もう一人のバートリ卿の子供。雪兎とセシリアは魔女の馬小屋で初めて出会ったらしい。 


『その後、魔女の馬小屋を率いる魔女にこう言われた。平和を望む吸血鬼が人間たちから迫害を受けている。どうか手を貸してほしいと』

「魔女はこうやって無知の俺らを騙していたのか……」

『しかし説明を聞いたところで、彼は奇術を持たぬが故に選ばれていない。その運命はどうやっても変えられないのだ』

「……? もうページがないぞ……?」


 残されたのは一ページのみ。どうやってこの本を締めくくるのか。好奇心の赴くままに俺はすぐさま最後のページを捲る。


『翌日、彼はミネルヴァという教徒に後頭部を殴られ気絶させられる。そして気が付けば彼は胸を開かれ──肺が剥き出しの状態となり吊り下げられていた』

「……は?」

『そんな彼の前に現れた三人の少女、二人の少年。そして彼自身を襲ったミネルヴァ。怒りと痛みに身を焼かれ、香はありったけの声量で叫ぶ。攻撃魔法を、治癒魔法を』

「ま、待てよ、これって……」


 血塗れの部屋。吊り下げられた青年。頭の中で木霊する呪文。俺はこの光景をすべて知っている。


『しかし彼は選ばれていない。奇術も持たない。だからこそ何も起こせない。最期に彼は悟ってしまった。自分は主人公になれないのだ、と』

「う、嘘だろ、この本に書いてあるのは……俺が、俺が見たアイツ……」

『歩み寄る理想的なヒロイン。彼はそんなヒロインに見つめられながら、剥き出しの心臓をナイフで一突きにされ──その人生の幕を下ろしたのだった』


 最後の行に書かれた文章。すべてを読み終わると思わず本を落とす。最期の結末は死を迎えるというもの。気味の悪い物語に俺はハッとして周囲を見渡した。


「……まさか」


 手当たり次第に本を抜いてタイトルと著者名を確認する。どれもこれも人の名前。何か嫌な予感がしたため、今度は最後のページだけをすべて確認した。


「これも、これもこれもこれも……! 全部、全部、最後の結末で死んでる! 何だよ、何なんだよこれは……!?」


 最期は必ず死ぬ。ハッピーエンドの一つもありはしない。最期の先が、どの本にも描かれていなかった。

 

「じーっ……」

「……!」


 どこからか感じる視線。俺はすぐに振り返って視線の正体を探る。目に留まったのは積み上げられた本の陰。


(あれって子供、だよな……?)


 こっちを見つめていたのは小柄な体系の少女。長い白髪に黒いリボン、宝石のような青い瞳。妙に白い肌を際立たせる黒いゴスロリ服。抱えているのはボロボロのウサギのぬいぐるみ。


「な、なぁ、そこで何してるんだ?」

「……?」

「いやいや、君のことだって……」


 試しに声を掛けるとバレていないとでも思ってるのか後ろを振り返る。俺は間違っていることを指摘しながらその子に指を指した。


「……?」

「そうそう、君に聞いてるんだけど……」


 指を指されると自分を指差して首を傾げる少女。もしかしたら迷子なのかもしれない……と考えてもみたが、むしろ迷子なのは俺の方になるかも。


「ついてくるんだってばよ」

「……え?」


 少女の口から出るとは思えない言葉。俺は一瞬だけ唖然としてしまったが、少女はそのまま背を向けてサササッと忍者走りで去っていく。


「なぁ、ちょっと待ってって!」 


 俺ははぐれないように後を追いかけた。大図書館の本棚の角を曲がったり、階段を駆け上がったりする。


「待て待て! あの子、流石に早すぎるだろッ!?」


 子供とは思えない足の速さ。俺はもつれそうなるところを踏ん張って、しばらく少女の後を追いかけ続ければ、


「はぁはぁっ……や、やっと追いついたっ……」


 ど真ん中に置かれる玉座。ごちゃごちゃとしてよくわからない巨大な機械。そして天井にまで配置された本棚。大図書館の中心とも呼べる場所へ辿り着く。


「なっさけねぇーなおい。貴様はミジンコ以下の存在じゃのか?」

「く、口悪すぎじゃね? ていうか、君は誰なんだよ?」

「わいか? わちきはMythミス divineディヴァイン apostleアポストル Quodクオド Eratエラト Demonstrandumデモンストランダム Ignosceイグノスケ Iocusヨクス Siestaシエスタぽよ」


 右手を額に当てて腰を曲げる少女。どこかで見覚えのあるポーズとあまりにも長い名前。俺は呆然としながらしばらく沈黙した後、


「……え? なんて?」


 もう一度名前を聞き返すことにした。少女はそのポーズを解いてから再度同じポーズをとる。


「おれはMythミス divineディヴァイン apostleアポストル Quodクオド Eratエラト Demonstrandumデモンストランダム Ignosceイグノスケ Iocusヨクス Siestaシエスタじゃけん」

「……シエスタでいいか?」

「よかろう」

 

 流石に覚えられないので最後の部分だけを切り取り、シエスタと呼ぶことにした。というか今思い出したけど、あの見覚えのあるポーズは確か『波紋』やら『スタンド』やらが出てくる漫画の三部の黒幕のポーズだ。


「それでさ、シエスタはここがどこなのか知ってたりしないか?」

「アイノウだってばよ。ここは『終幕しゅうまく大図書館だいとしょかん』ってイカれた場所じゃい」

「終幕の大図書館……? えっと、夢の中ではないんだよな?」

「この終幕の大図書館には夢がある! 夢の中ではないのだよバカめッ!」


 今度は五部の主人公のポーズと何かの声真似をした『バカめ』という罵倒。敢えて触れるのは避けるとして、夢の中ではないとシエスタは答えた。ここが夢の中ではないのなら一体どこなのか。


「終幕の大図書館は『死者の書』が集う終着点じゃろうに」

「死者の書?」

「物語という名の人生を終えた主人公たちの本ですん。さっき読んでいたではないかマイファーストハニー」

「……人生を終えた主人公たちの本」


 どう人生を歩もうといずれ人が行き着く先は死のみ。俺が読んでいたあの本はすべて誰かの人生が記された──まさに『死者の書』と呼ばれるのに相応しいもの。


「ならさ、シエスタは何者なんだ? そもそもここはどこなんだよ?」

「きさまの『主人公補正』が作り出した仮想空間だよぉ、とシエスタは言ってみたり」

「仮想空間……? 俺がここを?」

「それだけじゃないんですなぁ。わたしシエスタもいっぱいの死者の書から生まれた主人公だぜい。まとめちゃうとてめーの『主人公補正』から生まれてるます」


 終幕の大図書館は主人公補正が生み出した仮想空間で、シエスタという少女は死者の書から生まれている。さっきから変な口調で喋っているのは、色んな死者の書から人格みたいなのを寄せ集めているからなのか。


「……そうだ! なぁシエスタ、主人公補正の補正値っていうのを制御する方法を知らないか!?」

「知らない知らないわたしはなにも知らない」

「心当たりとかでもいい! 俺は主人公補正を制御しないといけないんだよ!」

「うるせー! おれは知らねー!」


 両耳を手で塞ぎながら叫ぶシエスタ。俺は手掛かりがないのかと肩を落とし、走ってきた道を振り返る。


「はぁ、じゃあ探してみるしかないな」

「ほなさいなら~」

「め、めっちゃムカつくなお前……」


 シエスタは俺のことを両手を振りながら見送り始めた。俺は最初に立っていた場所まで戻ろうと歩き出す。


(主人公補正が作り出した空間なら、どっかに補正値を弄れる場所が絶対あるはずだよな……)

「とぅる、とぅる、とっとぅる~」

(でも大体こういうのって中心部にあるのが定石みたいなもんだし……)

「ええい、言うことを聞けいこのうすらとんかちめ! 全力フルパワーだぜい!」


 背後から聞こえてくるガチャガチャ音。何をしているのかと振り返るとシエスタが巨大な機械の円形のダイヤルをぐるぐる回していた。よく見ると全部で五つのダイヤルがあり、それぞれ数値を表示する小さな画面が付いている。


「なぁシエスタ……」

「なんだね少年」

「それ、何を弄ってるんだ?」

「分かるわけないね常考」


 左端から四番目までは小さな画面に『1%』と表示されているが、シエスタが動かすダイヤルは『100%』と表示されていた。各々小さな画面から伸びた線を視線で辿ると『21%』という一回りも大きい画面が目に映る。


「それ、いつから弄ってる?」

「永遠に時間を持て余すわたしは、物心つく前からこいつを遊び道具にしてるのだ」


 とてつもなく怪しい。『21%』はクレスが教えてくれた補正値の数字と全く一緒。俺は怪しみながら色々と聞いてみることにした。


「一応聞いておくけどさ。その変な機械が補正値を操作できるもので……それを弄ってるお前が犯人だったりしないか?」

「バーロォ、平成のシャーロックホームズ気取りは辞めた方がいいんだぜい」

「……弄ってるのって、いつも右端だけか?」

「もちろんさぁ。ルーティンだねルーティン。あっ、しかしちょっと前に一度だけ中央のダイヤルで遊んだっちね」


 中央のダイヤル、つまり左から三番目のダイヤル。俺は嫌な予感がしてシエスタの隣まで歩み寄ると、子供が壊した玩具を隠すようにダイヤルの隣を両手で押さえた。


「今さ、何か隠しただろ?」

「ギ、ギギギ、ギックゥゥウ……!?! そ、そんなわけなかろうに!」

「じゃあその手を退けてみろ!」

「やめろー! てめー! 変態不審者めー!」


 俺は隠したものを暴こうと両手を引き剥がそうとするが、シエスタは必死に機械へへばりつく。


「うるせぇっつーの! 早く退けろって!」

「嫌じゃ嫌じゃあっ!! 退きとうなぁーい!」

「あっ、火星人が踊ってる!」


 やけにシエスタの力が強い。ならばと俺が見え見えの嘘を付けば、


「なんですとぉっ!?」

「隙あり!」

「んなぁーっ!?」

 

 易々と引っかかり注目は実在しない火星人へ向けられる。その瞬間だけ力が弱まったため、すぐさま引き剥がし隠されていたものを確認してみると、 


「……『生存補正』」


 貼られているのは『生存補正』と記されたプレート。もちろん数値は『100%』だ。すべてを理解した俺はゆっくりとシエスタを見る。シエスタは冷や汗を掻きながら、下手くそな口笛を吹いていたが、


「やっぱり犯人は……」

「き、きさまのような勘のいいガキは嫌いなのだよ──」

「お前じゃねぇかぁあぁーーッ!?」

「ぎえぴぃいぃいいぃいぃッ!?!」


 俺の怒声によって口笛はシエスタの奇妙な叫びに変わり果てた。

 

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