SideStory : Juliet ─ジュリエット─

 ※この物語はジュリエットの過去を描いたものです。



 一歳から三歳。私は親に捨てられクルースニクの裏路地で喚いていた。そこで不幸中の幸い、クルースニクでいうとこの獅子の野郎に拾われ、育てられたらしい。


「お前は今日から俺の傘下だ。……おいクソガキ一号、この二号の面倒を見てやれ!」

「わ、分かりました!」


 五歳から七歳。獅子の野郎にこき使われる日々を送ることになった。気に食わない獅子の元から逃げようにも、私にはどこも居場所がねぇ。


「あんたは二号やから、えーっと……ニーゴって呼ばせてもらうわ! うちのことは一号だから、イチゴって呼んでくれや!」

「あ、あぁ……」

「ほな、よろしくな!」

 

 世話係として任命されたのはクソガキ一号と呼ばれていた少女。私よりも三歳か四歳ぐらい年上。短い銀髪に緑色のゴーグル。そんで妙に自信に満ち溢れていた。特に変な訛りがあるせいで『変なヤツ』というのが第一印象だ。


「ええか? うちらは山羊ヤギから食べもん盗むのが仕事や」

「は? 山羊ヤギから野草でも盗むのかよ?」

「そーそー、盗んだ野草でうちらもメェ・・いっぱい元気に……って、そっちの山羊ちゃうわ! 山羊っていうのはこのクルースニクでの名称やて!」


 その日から私はコイツにクルースニクでの格について。自分たちの役回りについて教えてもらう日々を歩んだ。


「ニーゴ、よく覚えときぃ。この教会には顔を出したらアカン」

「……? 何で顔を出したらいけねぇんだ?」

「ここはKresnikクルースニク協会の本部や。おっそろしいVictoriaヴィクトリアってバケモンが住んでてなぁ。うちらをお構いなしに殺そうとするんや」


 ヴィクトリア婆の話を聞いたのはこん時が初めてだった。イチゴの話を半信半疑で聞いてたが、バケモンと呼ばれていた理由も今なら分かる。


「ほな、死ぬまで借りとくで~!」

「て、てめぇ! 俺の水を返せぇ!」

「にーちゃん! 食われる前に食わんとここでは生きてけんで~!」


 一ヶ月ぐらい経って分かったのは、私たちの役回りが食糧集めだということ。子供に同情しそうなヤツらに声を掛けて、食糧をかっさらい突っ走るだけ。今思い出してみりゃあ、とても簡単な仕事だ。


「このクソガキ……ッ! 俺のパンを盗もうとしやがって!」

「うぐぁッ……!?」


 だがこん時の私にはまだ実力も思い切りもなかった。同情を誘うのが下手くそだったのか、それとも気に入られるのが下手くそだったのか。私は食料を上手く盗むことができず、山羊共に殴られ蹴られの暴行を受けた。


「ちッ、一号がこんだけ優秀なのに……。二号はほんと役立たずだな。パンの一個すら奪えねぇのかてめぇは?」

「私だって、山羊から盗もうと努力を──」

「黙れ役立たずがッ! 俺は努力を言い訳にするクソ共が嫌いなんだよッ!!」


 手ぶらで獅子の野郎の元まで帰れば、罵られながらまたボコボコにされた。毎度毎度、獅子の側近共は私が苦しむ姿を見世物にしてやがる。


「おい一号! ちゃんとコイツの教育したんだろうな!?」

「は、はい……」

「ってことは、こいつの物覚えがわりぃのか……。利用できると思って育ててみりゃあ、とんだただ飯喰らいだったな」


 飯抜きなんてしょっちゅうだった。朝なのに薄暗い。掃除がされてないから埃が舞う。ベッドのシーツにはダニが増殖し、身体が痒くなる。そんな牢獄みてぇな部屋で、空腹感と殴られた痛みをじっと堪える日々だった。


「ニーゴ、これ分けたるわ!」

「……でもこれ、お前の夕飯だろ?」

「ええんやええんや! ニーゴは育ちざかりやからな!」


 それでもイチゴだけは私に唯一手を差し伸べてくれる。お腹を空かせた私は、イチゴから食べ残したパンや水を分け与えてもらった。


「ニーゴ、これを獅子のとこに持っていき!」

「これ、お前が盗んだ食べもんだろ? 手柄はお前の──」

「気にせんでええ! うちがもっと山羊から盗めば、ノルマは余裕で達成できるんやし!」


 山羊共から食糧をかっさらうことができない時、イチゴは奪い取ってきた自分の食糧を私に譲ると『盗みの手柄』として獅子に渡すよう言われた。そのおかげで獅子の野郎から暴行を受ける回数も少なくなり、少しずつだが仕事をこなせるようになった。


「なぁ、どうしてお前は私の面倒を見てくれんだ?」

「なんや急に?」

「だっておかしいだろうが。私はお前に何もしてやれてねぇし、足を引っ張ってばかりだ。それなのにどうしてそこまで私のことを……」


 獅子の野郎共が寝静まった夜。私は暗闇に閉ざされた部屋の中でイチゴにそう尋ねる。弱肉強食の自然界と変わりないクルースニクで、私を気に掛ける理由は何なのか。どうしても気になった。


「んー、特に理由はないで!」

「……ふざけてんのかお前?」

「冗談やじょーだん! ほんまはニーゴを妹やと思ってるからやで」

「私がお前の妹だって?」


 イチゴはベッドから起き上がると、枕元に置かれていた緑色のゴーグルを私に見せてくる。


「このゴーグル、ちょっとかけてみ?」

「はぁ? 何でかけないと──」

「ええからええから! きっと驚くでぇ!」


 私はイチゴに言われた通り、試しにそのゴーグルを掛けてみた。そん時の衝撃は今で忘れられねぇ。


「何だよ、このゴーグルは……?」

「どや、凄いやろ? このゴーグルはなぁ、うちの故郷で作られたんやで! 赤外線を分析して、熱を判別できる発明品や! 」

「何に使うんだよ? 風呂の湯を沸かす時にでも使うのか?」

「そーそー、これを使えばいい湯加減……って、ちゃうわ!」


 緑色のレンズの向こうに映り込んだのは青と赤で区別される世界。イチゴが真っ赤に映し出され、それ以外の箇所はすべて真っ青だ。未知の道具にそん時の私はただ唖然とした。


「……そういや、お前の故郷ってどこなんだ?」

LostBearロストベアからずーっと東にEldoradoエルドラドっていう大陸があってなぁ。うちの故郷はそこにあるんや」

「んだよそういうことか。お前のその変な訛りはその大陸特有のものかよ」

「せやで! ロストベアに来てから、うちのような訛りはあんま見ぃひんけど」


 イチゴの話によりゃあ、故郷のEldoradoエルドラドって大陸はこのロストベアから何千キロも離れた位置にあるらしい。その話を聞いた私は、あることが気になってしまった。

 

「そんな遠いところから、なんでこのクルースニクまで来たんだ?」


 イチゴがどうしてこのロストベアまで遥々訪れたのか。どうして獅子の野郎の下に付いているのか。私はゴーグルを返しながらそう聞いてみりゃあ、


「吸血鬼に大陸を支配されたからや」

「支配されたって……」

「……エルドラドはな、最も小さい大陸なんや。吸血鬼が支配するのも時間の問題やった。うちらの大陸には吸血鬼を退治する組織もあらへんしな」


 吸血鬼に故郷を支配された。そんな規模のでけぇ話を聞かされて、私は言葉を失っちまう。


「せやから、エルドラドからここまで逃げてきたんや。うちのおかんやおとん、仲いいおばちゃんやおっちゃんたちとな」

「……? でもお前は一人じゃねぇか──」


 そう言いかけ、私はすぐに言葉を止めた。こん時の私は一段と察しがわりぃ。そのせいでイチゴは気まずそうに俯く。


「船旅の道中で……まぁ色々と事故があったんや。そんで運よくうちだけロストベアに流れ着いて、クルースニクで獅子のにーちゃんに拾われて、今に至るってわけや」

「……」

「ほんまはな、吸血鬼を退治してくれる組織があるRosaliaロザリアGroliaグローリアって国に行きたかったんや。エルドラドを、うちらの故郷を助けて欲しいって要請を出したかったんやけど……」


 イチゴは俯きながらゴーグルを頭に付け、ベッドのシーツを両手で握りしめた。


「断られたんや」

「は? 断られたのか?」

「せやなぁ、『そんな余裕はない』ってビシッとあしらわれた」

「ひでぇ連中だな」

「はははっ! まぁ向こうの気持ちもよう分かるで! 大陸跨いでやってきたうちから、急に無茶なことを頼まれて……正味しょうみ、『堪忍しとくれー!』って感じやろ!」


 沈み切った空気を和ませようと空元気で振る舞うイチゴ。私は散々な人生を歩んできたイチゴに同情したが、大した言葉もかけてやれねぇ。


「せやけど、うちは絶対に故郷を取り戻すで!」

「取り戻すって……。吸血鬼と戦えんのかよお前?」

「ふっふっふ、甘いでニーゴ! これを見てみぃ!」


 イチゴが胸を張りながらベッドの下から大きな箱を引きずり出す。そこには分厚い本、設計図、鉱物のようなものが入っていた。


「何だよこれ? ガラクタか?」

「そーそー、ガラクタ集めがうちの趣味……って、ガラクタちゃうわ! この箱にぎょうさん詰まってんのは宝物や!」

「宝物?」


 どっからどう見てもガラクタ。けどイチゴは誇らしげにそんなガラクタを私に一つずつ見せつけてきた。


「まずこの本はな? うちの故郷から持ってきたすっごい本や!」

「おい、全然すごさが伝わんねぇぞ」

「中をちょびっと読んでみぃ! きっと驚くで~?」


 私はクスクスと笑っているイチゴから手渡された分厚いを本を広げ、中身の内容に目を通してみる。


「ん? あー、えー、何が書いてあんだこれは?」


 そん時の私には何も分からなかった。だが今の私にはよく分かる。箱に詰め込まれた本はイチゴの故郷で、エルドラドで培われた技術が載せられた技術書だ。


「ニーゴは電気デンキっちゅうのを知ってるか?」

「デンキ?」

「せやで、この本に書かれてんのは主に電気についてや。電気が流れるもんを導体どうたい、流れんもんを絶縁体ぜつえんたいって、うちらは呼んでて──」

「待て待て、何言ってんのか全然分かんねぇよ!」


 喋りが止まらないイチゴを私は大声で言葉を遮って、強引に止めさせる。イチゴは「ごめんごめん」と謝りつつ、分厚い本の表紙を指差した。


「まぁうちらの知識や知恵が書かれた本ってことやで!」 

「はぁ……?」

「ほな次や! この鉱物を見てみぃ!」


 透明色に赤色、青色、緑色の色が混ざった鉱物。分厚い本を私から取り上げ、今度はその鉱物を渡してくる。


「んだよこの石ころは?」

「石ころちゃうわ! 電気石デンキセキっちゅう偉大な鉱物や!」

「ほーん、この石のどこが偉大なんだよ?」

「ふっふっふっ、この設計図を見てみや!」


 押し付けるように渡してきたのは大量の設計図。一枚一枚中身に目を通してみりゃあ、そこには何に使うのか分からねぇ丸い部品や四角い箱の作り方が書かれていた。


「電気石はなぁ、偉大な発明品・・・に使われてるんや!」

「発明品だぁ?」

「まずはこの設計図、これは電球デンキュウっちゅう発明品! 火が無くても、真っ暗な部屋をピカピカ照らしてくれるんやで!」

「は、はぁ……? 火がねぇのに、明るくなるのかよ?」


 次々と設計図に書かれた発明品の説明をされたが、何を言ってんのか一つも理解できねぇ。川や井戸水が無くても食い物を冷やせる発明品、勝手に服を洗ってくれる発明品、とにかく何もかもがぶっ飛んでいた。


「……ほんでな、グローリアのねーちゃんにーちゃんに手を貸してもらえんなら、うちが吸血鬼を退治できる武器を発明したろうと思うてる」

「武器を発明して……どうすんだよ?」

「うちらの故郷を取り戻せる、うちらのような困ってる人を助けられる……そんな組織を作って吸血鬼と戦うんや!」


 理想を語り続けるイチゴ。そん時の私には夢も理想もねぇまま生きていたからか、イチゴが少しだけ羨ましく思えた。


「せやから、まずはこの町で獅子になる! 仲間はそこで集えばええやろ? うちは天才発明家やからよゆーやで!」

「天才発明家……」

「ニーゴもうちの仲間に入れたるわ! 気長に待っときぃ!」


 その日から少しずつだがイチゴとの心の距離が縮まり始める。私の中で「こいつはいいヤツだ」と信頼できるようになった。


「いいかよく聞けぇ! 俺らは来週の今日、クルースニク協会をぶっ潰す!」

「おぉ、ついにあのクソババアをやるんだな兄貴!?」

「あぁ、俺らはこの日の為に戦力を寄せ集めてきた! 今がクルースニク協会を潰す好機だ!」


 私の評価は平行線のままだったがイチゴの評価は右肩上がり。獅子の野郎はクルースニク協会を潰す作戦にイチゴを参加させやがった。


「クソガキ二号、てめぇはここに残れ」

「はっ? どうして私だけ残らされて……」

「てめぇに何ができる? 何もできねぇ役立たずなんて必要ねぇんだよ」

「必要、ない? 私が?」


 他の連中は全員参加すんのに私だけが獅子の野郎の住処でお留守番。まともに人も殺したことがねぇ。まともに殴り合ったこともねぇ。そんなひよっこの私はお留守番が丁度いい役目だ。


「……なぁイチゴ、ほんとに大丈夫なのかよ? クルースニク協会はかなりヤバいんだろ?」


 クルースニク協会を襲撃する前日。ベッドの上で横になりながら、私に背を向けていたイチゴにそう尋ねた。


「任せときぃ! 獅子のにーちゃんから『クルースニク協会を潰した後、幹部に任命してやる』って言われてるんや! よゆーで乗り越えたるわ!」

「そ、そうか……! まぁイチゴなら大丈夫だよな!」

「うちを誰だと思ってんねん! 未来を担う偉大な発明家やで!」


 今思い出してみればイチゴは私に顔を見せていない。多分、あの時イチゴは怯えていたんだと思う。けど呑気な私は何にも気が付いてやれねぇ。


「今頃、イチゴたちはクルースニク協会で……」


 翌日の昼頃、私は獅子の野郎の住処で留守番をしていた。酒と葉巻の臭いが染みつくソファに座りながら天井を見上げ時間を潰す


「おかしいな、アイツらが帰ってこねぇ」


 夕暮れ時になってもイチゴたちは一向に帰ってこない。私は流石におかしいと住処を飛び出し、クルースニク協会を様子見することにした。


「まさかやられた……って、んなわけねぇか。百人ぐらいで襲撃してんだ。ババア一人じゃ何もできねぇだろ」


 自問自答で解決する。けどこん時は自分にそう言い聞かせてたかったんだと思う。嫌な予感を自己暗示で誤魔化そうとしていたんだ。


「……ここに、いるはずだよな」


 クルースニク協会の扉の前に立つと息を呑み、意を決して中を覗き込めば、


「──」


 私は言葉を失っちまった。教会ってのは白くて綺麗な場所だって聞いたことがある。けどそこは違う。とにかく赤い、臭い、汚い。この三つの要素に尽きるぐらい──地獄のような場所だ。

 

「まったく、人ん家を荒らすんなら──掃除屋の一人でも連れてきなァ」


 そんな地獄にババアが立っていた。足元には胴体から斬り離された獅子の野郎の生首。周囲には傘下の連中の死体が山積みの状態。


「おや、チビ助。あんたがこのクソ共の掃除屋かい?」

「わ、私は……ちがっ……」

「ならとっとと失せなァ。ここは見世物小屋じゃないよ」 


 不気味に微笑むババアに怯えた私はすぐに逃げ出そうとした。そん時、ババアが右手に緑色のゴーグルを持っていることに気が付く。


「そ、そのゴーグルは……?」

「ふっ、チビ助……あの若すぎる女の知り合いかい?」

「わ、私は獅子の野郎の仲間だ! そんでそのゴーグルの持ち主の友達で──」

「そうかい、そりゃあ残念だったねぇ。あの子はここから旅立った・・・・ばっかさ」


 ババアは必死に説明する私を鼻で笑う。「旅立った」その言葉を聞いて、私は唖然とする。


『うちらの故郷を取り戻せる、うちらのような困ってる人を助けられる……そんな組織を作って吸血鬼と戦うんや!』


 頭ん中を過ぎるのはベッドの上で夢を語っていたイチゴの姿。現実を突き付けられた私は膝から崩れ落ちた。


「どうして、どうしてイチゴが……! あいつが死ぬ必要があったんだよ……!?」

「……」

「あいつは、私とは違った……ッ! 夢もあって、吸血鬼を倒すために頑張って、故郷を取り戻すために生きてたんだッ!!」


 イチゴを失った哀しみより自分自身に対する怒りが込み上げる。何の力にもなってやれなかった自分が嫌いになる。ババアはそんな私をただ傍観した。


「……"良い人間であればあるほど損をする世界"」

「はっ……?」

「あたしが尊敬する人物に言われた言葉だよ。良いヤツほど早々にくたばっちまう。これもどうりなのかもしれないねェ」


 人を殺したことに、イチゴを殺したことに対して罪悪感を感じていない。自分に対する怒りの矛先は、いつの間にかババアへと切り替わっていた。


「……殺してやる」

「あぁそうかい。あたしゃあ構わないよ」

「ぜってぇに殺してやるからな──ババアッ!!」


 私は獅子の野郎の元住処へと帰宅し、イチゴがベッドの下に隠していた箱を漁り、何冊も重なった分厚い本を手に取る。


「イチゴ、私はお前の仇をぜってぇに討つ……!!」


 何の夢も持たずに平行線で生きてきた私にとって初めての目標。それが『ババアを殺すこと』だった。


「くっそぉ、よく分かんねぇ……! どうすりゃこの発明品は動くんだよ!?」 


 それからのことはあんま覚えてねぇ。ただひたすらにイチゴが残した本を読んで勉強し、必要な部品を色んな所からかっさらい、研究に時間を費やす日々が続いた。


「んぁ……? 私は、眠っちまってたのか?」


 私は天才でも秀才でも凡人でもない──ただのクソガキ。だから人の二倍、三倍、四倍と頑張るしかない。ひたすら時間を懸けて、分厚い本を読み漁って、私なりに努力をした。


「おい、殺しに来てやったぞババア!」

「おやおや、こんばんはが抜けてるだろうチビ助や」


 目標を立てた一年後。私は電気石を素材にした武装で自身を固め、ババアを殺すためにクルースニク協会へ突撃する。脅しをかけるように、電気を流した金具へ火花を散らした。

 

「うるせぇババアッ! あの世でイチゴに詫びてきやがれぇッ!!」

「ふっ、言うようになったじゃないかチビ助」


 ババアを相手に健闘はした、互角に渡り合った。そん時の私はそう思ったが、よく思い出してみれば手加減されていたに違いねぇ。


「……ちっくしょう」

「まったく、そんな物騒なもんをどこで盗んできたんだい?」


 手加減されていたのに私は負けた。そりゃあ負けて当然だ。このババアは百人相手に無傷で勝っている。私みてぇなクソガキなんかが、敵うはずもねぇ。


「ババアを殺すために、私が発明したんだよ……」

「発明ねぇ……?」 

「……イチゴが残した発明品でお前をぶっ殺す。その為に、私はずっとずっと考えて──」

「ふっ、あの子は生きてるよ」

「は?」


 ババアは仰向けに倒れた私へ緑色のゴーグルを投げ渡してきた。一年前に見た、あのゴーグルと一緒だ。


旅立った・・・・と言っただろう。あたしがいつこの世から旅立ったと言ったんだい?」

「じゃ、じゃあイチゴはどこにいんだよ!? 旅立ったってどこに行ったんだ!?」

「あたしゃあそこまでは知らんよ。ただ北を目指して旅立ったことは知ってるけどねぇ」


 イチゴは殺されていない。私が転がっているゴーグルを手に取ると、ババアは一年前のあの日のことをこう語った。


『殺るならはよ殺りぃ……! うちは死ぬ覚悟はできてるんや!』

『おや、その変わった訛り……あんたはエルドラド出身かい?』

『……! 婆ちゃん、うちの故郷を知ってるんか!?』

『ふっ、遠い昔に上陸したことがあるだけだよ。しかし不思議なこともあるもんだねェ……どうしてエルドラド出身のあんたがロストベアにいるんだい?』 


 イチゴは故郷が吸血鬼に支配されたことや、ロストベアまで船で逃げてきた経緯をすべて話したらしい。


『まったく……セリーナがいなくなっちまってから、グローリアの雲行きが怪しくなっちまってる』

『……ば、婆ちゃん、うちを殺すんやろ? はよ殺してくれ!』

『死に急ぐんじゃないよ。あたしゃあ、エルドラドに生まれた者たちを殺す気はないからねぇ』


 ババアはエルドラドに住む者たちに借りがあるだとか言っていた。だからイチゴを殺さずに見逃したと。


『故郷を取り戻したいのなら北に向かいなァ』

『き、北に? なんで北に向かうんや?』

『ここから北西にはEmeLエメール Lostaロスタって国がある。グローリアの犬共よりはァ、あんたの話を聞いてくれるよ』


 そうやってババアに言われたイチゴは、故郷を取り戻すためにエメールロスタを目指すことに決めたらしい。

 

『婆ちゃん、このゴーグル預かっといてくれ』

『どうしてあたしに預けるんだい?』

『その内、ここにうちの大切な妹分が来るはずやから……渡しといてほしいんや』

『あぁ分かったよ』

 

 そしてイチゴは自分のゴーグルをババアへ預けた。私がクルースニク協会へ様子見しに来たときに渡してもらおうと。


『おおきにな、婆ちゃん! バケモンかと思ったけど、話してみたら親戚のおばちゃんみたいやったわ!』

『ふっ、そうかい』

『妹分にこう伝えといてや! うちがぎょうさん仲間引き連れて、ニーゴを迎えに来る……ってな!』

 

 私は一年前のあの日の話を聞き終えた後、イチゴが託してくれたゴーグルを握りしめる。


「んだよそれ……!? ずっと独りで、独りで頑張ってきたんだよ……! なのに、ほんとは生きてたなんて!」

「……」

「私を、私を一緒に連れてけよ! イチゴ、お前も私のことを──要らないヤツだと思ってたのか……!?」


 とにかく悔しかった。自分が役に立たないとイチゴに思われたのだと錯覚し、この一年間は何だったのかとやるせない気持ちが込み上げた。それにイチゴには面倒ばかりかけて、私からは何もしてやれてねぇ。


「チビ助や、行く宛がないんだろう? あたしのとこに来な」

「はぁ!? 何でお前の傘下に入らねぇと……ッ!!」

「ふっ、あの子と再会した時……情けない自分を見せるつもりかい?」

「……! そんなわけねぇだろうが! 私は、私はアイツよりもすげぇ発明家になってやる! 置いてったことを後悔させてやるぐらいにな!」


 いつかまた会う時、私はイチゴの顔をぜってぇに一発ぶん殴る。ぶん殴って、私がどれだけすげぇのかを見せつけてやると。ババアに向けてそう意気込んだ。


「ならここでその発明家とやらになってみせるんだねぇ。クルースニク協会に住めば、食事や寝床に困ることはない。チビ助にとっても悪い話じゃないはずだよ」

「……」

「ただチビ助が発明したその痺れる力で稼がせてもらうよ」

「なッ、んなことさせるわけ──」

「あたしゃあ等価交換を持ち込んでいるつもりさ。無理な対価を求めてないだろう?」


 住まわせてもらう以上、払うもんは払わないといけねぇ。この先のことを考えりゃあ、ババアの話を呑むしかなかった。


「チビ助の名前は何だい?」

「クソガキ二号って呼ばれてた。ほんとの名前は……私も知らねぇ」

「そうかい。名付け親はとっくにくたばっちまってるから……チビ助の名はJulietジュリエットにしようか」

「ジュリエット? どうしてジュリエットなんだよ?」


 私にジュリエットって名前を付けたババア。由来でもあんのかと聞いてみる。


「ロメオが迎えに来るのを待つのがジュリエットだ。境遇が似ていたからそう付けたのさ」

「それでいいぜ」


 クソガキ二号が酷すぎてジュリエットは大分マシに思える。私は即答でその名前を受け入れた。


「じゃあジュリエット、地下室は自由に使いな。ただ掃除は自分でするんだよ」

「あぁ分かったよババア……じゃなくて、ヴィクトリアばあ

「ふっ、少しは可愛げがあるじゃないか」

「う、うるせぇ!」


 こうしてクルースニク協会の一員となった私は、イチゴの宝物をすべて地下室へ運んだ。こっから私はイチゴのような。いや、イチゴを超える発明家を目指す。その為には天才を越えなきゃならねぇ。


「待ってろよイチゴ。天才発明家をジュリエット様の肩書にしてやるよ」

 

 私はそう呟きながら、アイツの緑色のゴーグルを前頭部に付けた。



 SideStory : Juliet_END

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