SideStory : Kaito Kirisame D ─霧雨海斗D─

※この物語はアレクシアが無風の渓谷へ訪れた時のお話です。



「……ん? ここはどこだ?」


 気が付けば俺が立っていたのは見覚えのない部屋の中。確か最期に見た光景は俺を刺し殺そうとするミネルヴァさんの姿だ。


「この部屋全部、鏡なのか……?」


 辺りを見渡すと床や壁がすべて鏡で作られていた。どの鏡を見ても俺の冴えない顔が映っている。


『おはよう親父、今日も仕事なのか?』

『あぁそうだね。最近忙しくなり始めた』


 右手側の鏡に映し出されたのは懐かしい実家のリビング。寝起きの俺が、行方知れずの親父へ声を掛けていた。


『親父の仕事って出版系の仕事で……確か編集者だったよな? 忙しいってどういう時なんだ?』

『新米作家さんを数人掛け持ちすることになった時だよ。また新しく一人増えたんだ』

『へー、ラブコメとかそういう系統のラノベ?』

『詳しくは言えない。けど三次選考を通過した作家に将来性を感じてね。父さんから声を掛けたんだ。売れる作品を一緒に作っていかないか……って』


 スマホを片手にコーヒを飲んでいる親父。そういえば俺の親父は出版社で働いていた。特に手掛けていたのはライトノベル。何度も編集者はブラックだって言ってきたっけ。


「うおッ、びっくりしたぁ……!」


 懐かしむように眺めていると右手側の鏡が粉々に割れる。思わず声を上げ、その場で呆然すれば今度は左手側の鏡から声が聞こえてきた。


『お帰り親父。今日は遅かったな』

『ただいま海斗、まだ起きていたのか。ノゾミ文香フミカも寝ているだろうに、どうして海斗は起きているんだ?』

『このラノベが面白くてさ! これって親父が担当した作品なんだろ?』

『またそうやって仕事の話を聞こうと……。家ぐらい仕事のことは忘れさせてくれ』


 俺もラノベを読み漁るのが好きだ。だからこそ親父が編集者で丁度良かった。仕事関係の話を求めると嫌な顔をされたが、それでも親父は色んな話をしてくれたっけ。

  

『なぁ親父、何で異世界がこんなに流行ってるんだ?』

『どうしてそんなことを父さんに聞いて……?』

『だって最近本屋とか行くと異世界ばっかだろ? 普通に何でなのか気になってさ』


 左手側の鏡に映る回想みたいなものを見つめ「こんなことも聞いたな」と懐かしむ。鏡に映る親父はソファーに座ってから天井を見上げた。


『海斗は、異世界が好きか?』

『ん? 好きかって聞かれたらそりゃあ好きだよ。嫌な現実を忘れられるファンタジーな世界って面白いし、何よりも爽快じゃん』

『じゃあ海斗、異世界に行ってみたいか?』

『あー……ハーレムな展開で美少女に囲われたり、魔物をチート能力でぶっ倒せるなら行ってみたいなぁ』


 甘い理想を抱いていた頃の自分を苦笑してしまう。今となっては絶対に行きたくないって答える。アレクシアと共に歩んだ道はあまりにも過酷すぎるからだ。


『親父は作品を見直す時に、こういう異世界に行ってみたいとか考えたりするのか?』

『父さんは、異世界が何なのか分からなくなってるんだ』

『……? 分からなくなるって?』

『前までは異世界っていうのは人に夢を与える世界だと思ってた。けど実際は人の欲望や欲求を満たす世界になっているような気がして……。考えれば考えるほど、頭が痛くなる。職業病だなこれは』


 この時の親父は「異世界は人に夢を与える世界」とぼやいていた。異世界で過ごした今なら、何となく親父の言いたいことが分かる。 


「……っ! また割れたのか?」


 親父のぼやきを最後に左手側の鏡が粉砕してしまう。次に声が聞こえてきたのは床一面に広がる鏡。


『海斗、少しいいか?』

『親父……? 別にいいけど、どうしたんだよ?』


 自室の勉強机で課題をこなしている時、部屋の戸が叩かれ親父の声が聞こえてきた。俺はシャープペンシルを止めて、親父を部屋の中へ招き入れる。


『このラノベ、つい最近一巻が売り出されたんだが……読んだことあるか?』

『あぁこれね。一応、読んだは読んだけど……』


 親父が手に持っていたのは『陰なる魔王の無双ライフ ~チート級の終焉スキルでSSSランク勇者共の人生を終わらせます~』という題のライトノベル。親父が担当していた作品だ。


『読んだ感想は?』

『えっ、感想?』

『そうだ。どうだったのか聞いてみたくて』


 親父が担当した作品の感想を俺に求めてくるのは初めてだった。だから少し驚いて言葉を詰まらせてしまう。


『えーっと、まぁ面白いと思う。あんま目立たない高校生が魔王になって、異世界で威張り散らしてた勇者たちを倒したりさ。他の異世界より爽快感があったよ』

『逆に微妙だった点とかは?』

『微妙な点……あー、あそこかな。眷属を仕えさせてるのはいいんだけど、ちょっと強すぎじゃねって。強いのが当然だとは思うけど、それじゃあ主人公の出る幕ないし……』


 俺は役に立てるように一巻の感想を親父に伝える。感想を聞いた親父の表情は険しくなっていた。


『ほらでも、このラノベを書いた人って嘉月カゲツ真尋マヒロさんだろ? 新米作家だってネットで見たし、これからもっといい作品を書けるって俺は期待してるからさ!』

『……』

『ていうか、親父が俺に感想を聞いてくるなんて意外だったよ。何で急に感想なんか求めてきたんだ?』

『それは……父さんの方で色々とあってな』


 俺が作家の人を擁護しながら感想を求める理由を尋ねても、親父は険しい顔をしたまま何も教えてくれない。その時の親父の顔が床の鏡に強調して映し出されると、粉々に弾け飛ぶ。


「残ったのは……天井だよな」


 最後に残ったのは天井の鏡。何が映し出されるのかと顔を上げれば、親父と俺がソファーに座ってテレビを見てる光景だった。


『あっはは、何だよそのドッキリ! 絶対に引っ掛からないだろ! なぁ親父?』

『……』

『親父? どうしたんだよ?』


 俺は親父の反応を鏡越しに見て思い出す。ドッキリ番組を二人で見た翌日に──親父は家に帰って来なくなった。


『海斗、もしも異世界がこの現実のどこかに存在するとしてだ。その異世界に父さんたちのような人間が転生して……何をもたらすと思う?』

『えっ、何だよ急に? そんな変な話をしても俺の笑いのツボには──』

『答えてくれ』

 

 この時の俺は冗談なのかと笑い飛ばそうとしたけど、親父の顔は大マジだった。だから俺は不思議に思いながら、


『どうなんだろ。その異世界の発展具合とかにもよるんじゃね? それこそ中世ぐらいの時代だったら、スマホや知識とか未知のものだしさ。俺たちでも文明とかその辺を発展させられると思うぜ』

『……そうか。海斗の意見を聞けて良かった』

『でもどうしてそんなこと聞いたんだ? 親父もラノベ書こうとしてるとか?』

『いや、父さんは書かないよ』


 親父は立ち上がると掛けてあったコートを羽織ってリビングから出ていく。俺は不安が募り、その後を追いかけた。


『なぁどこ行くんだよ? こんな時間に仕事があるのか?』

『少し野暮用があってな』


 スマホと財布だけを持って外へ出ようとする親父。仕事の鞄を持っていなかったから、俺はコンビニでも行くのかと思っていた。


『海斗、父さんが感想を聞いたあの本……覚えてるか?』

『あぁうん、覚えてるけど……』

『あの本を最新刊まで必ず読んでおいてほしいんだ。いつ何があってもいいように』

『いつ何があってもって……。どういうことだよそれ?』

 

 親父は俺にあのライトノベルを最新刊まで読んでくれと伝え、玄関で革靴を履くと外へと出ていく。


『二人のことを頼んだぞ』

『えっ? 留守番ぐらいで大袈裟じゃね?』


 最後に聞いた親父の言葉。部屋の中で木霊するように響き渡ると、天井の鏡が粉々に割れてしまう。そして辺りが暗闇に閉ざされた瞬間、


「──っ!?」


 俺の意識は現実へと逆流し、瞑っていた瞼を半目で開いた。映り込んだ景色は刺々しい岩壁に、大空を漂う白い雲。


「……ん?」


 後頭部に当たるのは固い地面ではなく、柔らかいもちもちとした感触。多分、俺は膝枕をされている。


「君にこの格言を与えよう。美少女の前で眠ってはならない、常に美少女を眠らせる立場であれ」

「……アレクシア?」


 ひょこっと視界に青髪の少女の顔が映り込むと、よく分からないことを言い出した。俺は青髪からアレクシアだと認識し、そう呟く。


「……? 私は美少女だ」

「ははっ……お前、変な主張するようになったのな」


 美少女と自称したアレクシアに俺は思わず苦笑してしまう。冗談で笑わせようとしているのか。それとも自分の容姿の良さを利用する方針に変えたのか。

 

「やれやれ、私の主張は少なからず事実だよ。君に膝枕をしている私は絶世の美少女だ。君は美少女の言葉を黙って鵜呑みすればいい」

「あれ、なんか違うような──って、お前誰だよ!?」


 顔をハッキリと認識すると、俺はやっとのことで別人だと気が付き、驚きのあまり身体を起こした。


「私は美少女だ。君のような脇役にとっても世界にとってもね」

「いやあの、お前の名前を教えろよ?」


 女の子座りをしていた少女は長い青髪をなびかせながら、無言でその場に立ち上がり、岩壁を視線でなぞりながら顔を上げる。


「……! おい、岩が落ちてくるぞ!」


 こっちに向かって落ちてくるのは巨大な岩石。俺は四つん這いになってそこから離れようとした。けどその少女は岩石を見つめるだけ。


「美少女の談笑を邪魔するなんて、罪深い落石だと思わないかい?」

「何してんだよ!? そのままだと潰され──」

「君にこの格言を与えよう」


 俺がそう言いかけた時、美少女の両腕を禍々しい銀の籠手こてが、両脚を薄汚れた銀の具足ぐそくが覆えば、


「美少女の邪魔をしてはならない。常に美少女に邪魔される立場であれ」

「マ、マジかよ……?」


 振り上げた右拳で巨大な岩石を真っ二つに叩き割った。そして微笑みながら、叩き割った岩石をサマーソルトしながら他所の方角へ蹴り飛ばす。


「儚い尊さと底知れぬ強さを兼ね備える。そんな美少女の名はCeciliaセシリア Bathoryバートリさ」

「セシリア・バートリ……お前、スフィンクスが言っていたもう一人の娘か!」

「美少女に介抱された君は幸せ者だよ。特に美少女の膝枕は他の脇役に妬まれても仕方がない。例えばそう、嫉妬心が憎悪に変わり君を殺そうとしてもだ」


 セシリアはアレクシアは同じバートリ卿から生まれた。顔立ち、髪色、体型などは瓜二つだと思う。だけど中身はまるっきり違った。


「じゃあ、今のはバートリ卿から受け継いだ血涙の力……」

「そう、この力はバートリ卿の血涙だ。しかし、しかしだよ。美少女の血涙は君が知るほど安い力ではない」

「安い力じゃない……?」

 

 首を傾げている俺の前でセシリアは銀の籠手や具足をその場から消すと、


「つまりはこういうことさ」

「──!」


 熱風を巻き上げながら右手に大剣を召喚した。セシリア二人分の長さに、三枚の刀身が重なっている。真っ赤な獄炎が燃え盛っているというのに、セシリアは汗一つ掻いていない。


「その獄炎、ケルベロスの……!」


 三枚の刀身は三つ首を象徴し、纏う獄炎はケルベロスの力。気が付いた俺が思わず声を上げると、セシリアは近くの岩に大剣を突き刺す。


「生き別れた二人の美少女はバートリ卿から血涙の力を継いだ。……しかし、継いだ力の特質は二つに分かれてしまったのさ」

「性質が分かれた……?」

「一つはAlexiaアレクシア Bathoryバートリが継いだ"抽象化ちゅうしょうか"の性質。眷属の力の一部分を抜き取り、自身の力へと変える。覚えているだろう? 君が新たな名前を与えていた日々を」

 

 抽象化。確かにアレクシアが継いでいたのは『ケルベロスの獄炎』だったり、『ラミアの蔓』だったりと一部分だけだった。眷属すべての力を引き継いでいたわけじゃない。

 

「そして美少女の私が継いだのは具象化ぐしょうかの性質だ」

「具象化って何だよ?」

「なに、簡単な話さ」


 セシリアは俺の顔を見つめながら、突き刺していた大剣で岩を木端微塵にしてしまう。大剣をよく確認してみると、熱風と共に三枚の刀身が別々の向きで飛び出していた。まるでケルベロスの三つ首のように。


「そうか! 眷属の力をそのまま武器に変える性質……!」


 具象化。眷属から継いだ力をそのまま現実へと形にすることができるということだ。抽象化と大きく違うのはセシリアの力ではなく、あくまでもケルベロスの力だという点だ。獄炎の色が蒼色じゃないのがその証拠。


「正解した君には美少女ポイントを二点あげよう。十点溜めれば美少女からご褒美が貰える。美少女との交流に励むといい」

「何だよそのよく分からないポイント制度とポーズは……?」


 セシリアは両手で銃のハンドサインを作ると、その銃口をこちらにビシッと向けてくる。掴みどころのない性格に俺は苦笑してしまう。


「よし、特別に紹介しておこう。この剣の名前は『三獄炎さんごくえんケルベロス』というらしい」  

「は? らしいって……お前が付けたんだろ?」

「不正解、君の持ち点は二点から一点へ。美少女のご褒美から遠のいてしまったようだね。可哀想に」

「じゃあさ、誰がその名前を……?」

 

 セシリアの視線が俺の背後へと向けられた。誰か立っているのかとゆっくり振り返ってみる。


「名前を付けたのは美少年くんだ」

「美少年くんって……」


 立っていたのは俺と同じぐらいの高校生。普通の黒髪で、俺より低い背丈。美少年かと言われたら人によって好みが分かれる顔立ち。クラスの中ではちょっと目立たないタイプ。


「学校の制服……ってことは、お前も異世界転生者トリックスターなのか?」

「……」

「……おーい?」


 呼び掛けてもまったく喋らない。ただ俺のことをじっと見つめるだけ。寡黙すぎる性格に、俺は頭を悩ませてしまう。


「美少年くんは私のパートナーだよ。君よりも柔軟な発想力と想像力を持つ異世界転生者トリックスターと断言してもいい」

「想像力とか発想力なんて、比べるもんじゃないだろ──」

「更に言えば、死人の君を甦らせたのは美少年くんだ」

「……えっ?」


 すっかり忘れていた。俺はミネルヴァさんに殺されたんだ。ここで普通に喋ってること自体おかしかった。しかも生き返らせたのは俺の前に立つ異世界転生者。少しだけ混乱する。


「どうやって俺を生き返らせたんだ?」

「奇術だよ。美少年くんはどうしても君の命を救いたかった……だから美少女はその慈悲を汲み取ってあげたのさ」

「嘘だろ? そんな奇術があるはず……」

「しかし現に君は人として生きている。この美少女の前でね」


 セシリアはケルベロスを具象化させた大剣を消し去ると、俺たちの横を通り過ぎてどこかへ歩いていく。


「美少年くん、美少女同士の再会は近い。……しかし、月夜が見えないのはとても残念だね」

「……」

「君にこの格言を与えよう。美少女の前を歩いてはならない。常に美少女の後ろを歩く立場であれ」


 それだけ伝えると白い煙の向こうへ姿を消してしまう。俺はその後ろ姿を呆然と眺めていれば、


「……」

「えっ? あ、あぁ、ありがとな」


 美少年くんに手を差し出されため、俺はその手を掴んで立ち上がった。


「えーっと、美少年くん……って呼べばいいのか?」

「……」

「ま、まぁ生き返らせてくれて助かったよ。ところでここはどこなんだ? 俺はアレクシアたちと合流したくて──」


 気まずい空気。一応感謝の言葉だけは述べて、アレクシアたちと合流するために美少年くんへそう尋ねた。


「君の名前は……霧雨キリサメ海斗カイト君」

「へ?」

「そして君のお父さんは──霧雨キリサメ大智タイチさんだよね」

「なっ、どうして親父の名前を知ってんだよ!?」


 だが美少年くんは俺の名前と、話してもいない親父の名前を小さい声でぼそぼそと呟く。俺は驚きのあまり声を上げ、掴んでいた手を離した。


「……僕の名前は嘉月カゲツ雪兎ユキト。ユキトはユキウサギでユキト」

「嘉月雪兎? 名字はどっかで聞いたことが……」

「お父さんの名前は──嘉月カゲツ真尋マヒロ

「嘉月真尋って、あのラノベを書いた作家……!」


 嘉月真尋。この世界に存在する眷属と酷似した設定を描いていた作家の名前。俺の親父が唯一感想を求めてきたラノベ。親父が行方を暗ます前に読んでおくよう促してきたラノベ。それを書いた作家だ。


「君のお父さんは、僕のお父さんを担当する編集者。名前はよく聞いていたから、知っていた──」

「ちょ、ちょっと待て! そもそも息子のお前が何でこの世界にいるんだよ!?」

「君もある程度は知っているでしょ。異世界転生者トリックスターが皆……向こうの世界で最期を迎えてるって。だから僕もその時を迎えたんだと思う」

 

 雪兎は冷静に自分が死んでいると予想を立てた。こんなに潔く認められるなんてどこの異世界転生モノの主人公だよ。

 

「あれ?」

「どうしたの?」

「なぁお前さ……『ユキウサギ』ってペンネームで小説書いてなかったか?」


 ふと思い出したのはそんなペンネーム。ネット上の小説投稿サイトで日間ランキングに載っていた異世界モノの作品。ペンネームは確か『ユキウサギ』だ。雪兎をそのまま読むと『ユキウサギ』になる。


「……書いてたよ。ユキウサギってペンネームでね」

「やっぱり! お前がユキウサギ先生だったんだな! 俺さ、ずっとユキウサギ先生のファンでさ! 過去の小説とか全部読み漁って、ずっと応援してて……!」

「ずっと応援してた……。もしかして君は『買い切り』さん? 僕が小説投稿し始めた時から、いつも感想を書いてくれてた……」

「そうそう! 他の異世界モノとは違う独創性に溢れててさ! 特に『悪人勇者と善人魔王の世直し計画』って小説がもうドハマりして……!」


 芸能人やアイドルを前にしたファンは上手く喋れないって聞いていた。その感覚が昔はよく分からなかったけど、今ならよく分かる。上手く喋れないのは話したいことがありすぎて、どこから話せばいいのか分からなくなっているんだって。


「……これを見て」

「もしかしてこの挿絵……!」

「ちょっと前に新人賞を取ったんだ。君が一番好きな『悪人勇者と善人魔王の世直し計画』で」

「うおぉおぉっ!? マジかよ、すげぇな! この悪人面のイケメンが勇者だろ!? そんでこのめっちゃ人が良さそうな美少女が魔王で……! いやー、自分が昔から応援してた小説が賞を取るとやっぱ嬉しいもんだなぁ!」


 興奮しながら雪兎のスマホに映っている挿絵に食いつく。多分、雪兎には引かれてるだろうけど、それでも恥ずかしさより喜びの方が上回った。


「……君は『買い切り』さんとしてもう・・書かないの?」

「えっ? な、何のことやら……?」

「もう非公開にしちゃったみたいだけど、前は僕みたいに書いてたんでしょ? だから書かないのかなって」

「あー……多分、書かないと思うぜ。俺はお前みたいに文才とかないし、面白い発想もできないし、書いたところで誰も見てくれないしな」


 雪兎に掘り下げられたのは俺の黒歴史。ユキウサギ先生の小説に感銘と衝撃を受けて、俺もいざ小説を書いてみた。けど尊敬していた小説と比べれば比べるほど、自分の才能の無さに絶望してしまい、一週間程度で執筆を断念。

 

「憧れは自分自身を変える」

「ちょっ、その台詞をどうして知ってんだ……!?」

「君の小説、僕は読んでいたからね。ちなみに今のは僕が一番好きな台詞だよ」


 黒歴史の台詞を目の前で言われ、俺は動揺を隠せず目を見開く。登場人物の台詞なんて普通は覚えていない。それでも雪兎が覚えていたのは、俺の黒歴史を本当に好んで読んでいたのかも。

 

「……話を戻すね。君のお父さんは今も元気にしてるの?」

「あー、どうなんだろ? 親父は少し前から家に帰って来なくなってさ。元気にしてるのか分かんないんだ」

「やっぱり、君のお父さんも……」

「ん? やっぱりってどういう意味だよ?」


 雪兎は納得する素振りを見せてから、こっちに真剣な眼差しを向ける。


「僕のお父さんも行方不明になったんだ」

「え? 雪兎の親父も?」

「うん。これは憶測になっちゃうけど、僕のお父さんと君のお父さんは──多分この世界にいるよ」

「……は?」


 語ったのは行方知れずの雪兎の親父について。そして予想だにもしていなかった憶測。俺はアホ面を浮かべてしまった。


「何で、俺たちの親父がこの世界に来てんだよ……?」

「理由は分からないけど、そうとしか考えられないんだ。僕のお父さんがこの世界にやってきて……眷属たちを創り出したとしか思えないよ」

「確かに雪兎の親父さんはこの世界に来てるかもしれないけどさ。俺の親父はまったく関係ないだろ──」


 俺がそうやって否定すると、雪兎は自分のスマホを懐に仕舞う。そして失くしていた俺のスマホを取り出して手に握らせてきた。


「よく聞いて。お父さんが小説の中で描いた眷属たちに、本来弱点や倒し方なんて存在しなかったんだ」

「いやでも、ケルベロスだって爆破で倒せたしラミアは火が弱点だった。スキュラやスフィンクスも、倒し方はそのままだったし……」

「その弱点や倒し方を付け加えたのは──編集者だった君のお父さんだよ」

「……! 親父が、付け加えた!?」


 雪兎は俺にスマホを握らせてから一度だけ強く頷く。視線を移した先は、俺の背後にある上り坂。

 

「一巻にはそれらしき描写文や設定はなかった。でも二巻から少し変わったでしょ?」

「あぁ確かに、二巻から眷属たちに弱点とかそういう設定が加えられたよな」

「修正するよう指示を出したのは君のお父さん。僕のお父さんは指示通りに眷属たちへ修正した。この世界の眷属も弱点が反映されている……つまり君のお父さんが手を加えたんだと思う」


 俺の親父がこの世界で眷属たちを調整している。もし本当なら一体どこに親父はいるのか。そもそも生きているのか。俺は神妙な面持ちで渡されたスマホを見つめた


「……でもそれが原因で、二人は酷く揉めちゃったけど」 

「揉めた? 何で揉めたんだよ?」

 

 雪兎はゆっくりと俯けば、足元に落ちている石ころを拾い上げた。


「僕のお父さんは『ただただ強さで世界を蹂躙する物語』を描きたかった。けど君のお父さんは『ただ強さで蹂躙するだけじゃなくて、時に弱さを見せる物語』を描くべきだと訴えた。この相違が二人を揉めさせたんだ」

「眷属たちとチートで無双するか。戦いに破れた眷属の仇を主人公が討つか。きっとさ、そういう感じで親父たちは口論したんだろ?」

「うん、結果としては君のお父さんの指示を聞いたみたいだよ」


 拾い上げた石ころを先ほど見つめていた上り坂に投擲する雪兎。俺は渡されたスマホの画面を見つめる。


「そろそろ行かないと。僕はしばらくこの世界でお父さんを探してみる。君はどうするの?」

「俺はアレクシアたちと合流して、異世界転生者トリックスターを元の世界に帰す方法を見つけるつもりだ」

「……それがいいよ。この異世界は僕たちを利用することだけ考えている。誰かが死ぬ姿は、もう見たくない」


 そう呟いている雪兎の顔はとても悲しそうだった。俺は雪兎がこの世界で友人を失ったのだと悟る。

 

「なぁ雪兎、俺と一緒に来ないか? 吸血鬼とじゃなくて人間たちと暮らした方が安全だろ? セシリアもこの場にいないし、今が逃げ出すチャンスだ」

「ごめんね、僕は一緒に行けないよ。あの子を、美少女さんを一人にしたくない」

「はははっ……お前、セシリアのことを美少女さんって呼んでるのな」


 雪兎は苦笑されても気にすることなく、俺が右手に持っているスマホの画面を指差した。


「電源を切った状態でホームボタンを押してみて」

「ん? それをすると何か起きるのか?」

「仕組みはよく分からないけど……この手順で奇術の所持数とその種類を判別できるらしい」

「奇術の判別……!」


 俺は言われるがまま、スマホの電源を落としてホームボタンを押してみる。


「マジか、電源落ちてんのに画面が点いたぞ」


 普通なら画面は点かない。けど画面には大きく白文字で『1』と、その下側には『変化』と表示されていた。


「君は奇術を一つ持っていて……その種類は変化みたいだよ」

「俺に奇術があったのも驚いたけどさ。変化ってどんな力なんだ?」

「僕にもそこまでは分からない。ただ、僕は君を生き返らせるために使った奇術の種類は復元。種類の名に関連する力になるんだと思う」

 

 今までこれと言って奇術っぽい力を使えたことがない。というか、使い方すら分からない。俺は奇術で活躍できないのかと肩を落とす。


「……そこの坂を上がれば、君が会いたい人に会えるよ」

「会いたい人って、もしかしてアレクシアのことか……?」

「名前は知らない。でも早く行った方がいいかも。その子は君とすぐに会わないと──ヒュドラに殺される未来が見える・・・・・・から」

「ヒュドラ……! あいつは眷属の中でも強い部類だ! 情報がないと絶対に倒せない! 早くアレクシアと合流しないと……!」


 俺はスマホをズボンのポケットにしまってから、雪兎が指し示した上り坂を駆け上がる。


「色々とありがとな雪兎! また生きて会おうぜ!」

「……そうだね。バイバイ海斗」


 振り返らず、ただ坂を駆け上がった。見送るときの雪兎がどんな顔をしていたのかは分からない。

 

「あれ? あいつそういえば『ヒュドラに殺される未来が見える』って言ってたような……まぁ気のせいか」 


 けど今の俺はただ必死に走り続けるしかない。異世界転生者トリックスターとして、唯一無二の相棒として──アレクシアを支えるために。



 SideStory : Kaito Kirisame D_END

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